88 未来に向けて2
(あら。いつのまにか、つまみが中央よりさらに女神側に動いているわ……!)
モニカはここでやっと気がついた。皆の態度の変化に。
二年生の初めに、『モブよりの脇役』くらいの位置にバーのつまみを動かした際は、確かに皆のモニカに対する態度はあっさりとしたものだった。
しかし、皆と交流しているうちにいつの間にか、またモニカが輪の中心になっていた。だからこその、この状況だ。
一年生の時は、それがリアナの攻略の妨げになっているようで気にしていた。けれど今回は、ブラウリオがリアナを独占していたこともあり、この状況をすんなりと受け入れていたようだ。
ひとまず驚きを納めたモニカは、皆へと設定バーの説明をすることにした。
「こちらが女神のオーラを調節するものとなっております。そちらのバーの中央付近につまみのようなものがありますよね? つまみの位置によって、女神のオーラの強弱を変えられるのです。女神側につまみを移動させれば、人々は女神のオーラに当てられて、私を『特別』だと嫌でも認識するはずです」
今の皆が熱心にモニカの話に耳を傾けているのも、そのオーラによるものかもしれない。
けれど、一年の時は人を操っているようで嫌だった設定も、今はそうは思わない。
ゲームアイテムによってルカの好感度を上げてしまったあの時とは違い、今の皆とは確かな友情によって結ばれている。全てがオーラによるものではないと思いたい。
「ただ、こちらを手動で動かすには三年生まで待つ必要がありまして、皆様にはそれまでお待ちいただくことになります」
モニカが説明を終えると、ロベルトが軽く手を挙げた。
「手動とおっしゃいましたが、自動でも動くのですか?」
「こちらは、私の女神としての活動によっても変動するみたいなんです。そうよね? ルー」
確認のためにルーに尋ねると、ルーはうんうんと小さすぎてよく見えない首を縦に振った。
「攻略マックスで女神オーラマックス! けどモニカは女神さまだからチートで動かせちゃうの!」
「こいつの言葉は、時々わかんねーんだよな」
「ご解説をお願いしますモニカ嬢」
ルカとロベルトの発言にモニカは苦笑した。ルーは日本に詳しすぎる。
「つまり私や私の守護者になる皆様が、能力を上げたり、信頼関係を築くことで、こちらのバーは女神側に動くのです」
今までルカからもらったログボのアイテムを使えば、イメージアップアイテムはいくらでも作れる。それを作って皆に渡せば楽に女神のオーラをマックスにすることも可能だ。
けれどモニカはもう、それをしたくない。中身が伴わない関係は、時に虚しさを感じてしまうから。
「っということは、僕たちがモニカ嬢の守護者になると宣言したので、そちらの位置まで動いたということですか?」
再びのロベルトからの質問に、モニカはこくりとうなずく。
「そうです。二年の初めは半分よりも少なかったので」
「それなら、俺たちが精霊の力を自在に操れるようになれば、それよりも早く女神のオーラが強くなるってことだよな?」
理解したようなルカに、モニカはにこりと笑みを返した。
「はい。私も頑張る必要がありますが」
「がんばろうぜ! 皆でがんばったら、早くモニカが女神として認められるじゃねーか!」
「そうですね。こういったことは、早いに越したことはありません」
意欲的なルカとロベルトに続いて、リアナも「私もモニカちゃんにたくさんお祈りする!」と元気よく宣言した。
それにより、残りの皆もそれぞれに同意の意思を見せる。
(ここからは、皆で一緒にこのゲームを攻略することになるのね)
リアナを主人公としたストーリーは完全に崩れたので、モニカもこの先はどうなるか想像もつかない。
けれど、この八人がそろえばきっと、素敵なハッピーエンドを迎えられる気がする。
ゲームでは叶えられなかった、攻略対象も、その伴侶も、皆が幸せになれる結末を。
皆とは、それを叶えられるだけの信頼関係が生まれた。ゲームアイテムに頼らない、本当の友情だ。
これからの計画も決まり、皆はほくほくと満たされた気持ちで、馬車乗り場へと向かう回廊を歩いていた。
今日は休日なので王宮の回廊も人がまばらだが、モニカたちの周りだけはパーティー会場のように華やかな雰囲気だ。
モニカの前を歩いているルカは、ずっとルーと何かを話している。仲良しな二人を微笑ましく見ていると、ルカが急に後ろにいるモニカへと振り返った。
「モニカ。これやるよ」
彼は何かを放り投げてよこしてきた。
それを慌ててキャッチしたモニカは、手の中を確認して目を見開く。
(ルカ様のピアス……?)
入学以来、ルカが肌身離さずいつも耳につけているピアスだ。それをなぜか、モニカにくれるようだ。
「あの……。大切なものなのでは?」
「別に? なんとなくモニカっぽいなーと思って買っただけ。それに、もう一つあるし」
ルカはにやりと笑みを浮かべながら、サイドの髪をかき上げた。いつもは髪で隠れている側の耳にも、同じピアスがつけられていた。
(うっ。ルカ様、その髪のかき上げ方もかっこいいわ……。そして片耳ピアスキャラだと思っていたのに、裏設定? 見えないところまでオシャレしちゃう推しが尊い……。っというか、私がいただいて良いのかしら? ログボではないのに?)
「それがあれば、ルーが自由に行き来できるんだってよ」
「えっ?」
ルカの説明でオタク思考から我に返ったモニカに、ルーが続ける。
「モニカに会いたいから、ちょちょっと加工しちゃった」
「そんなことできるの……?」
「おいら、すごい精霊だから! ルカが大切にしている対の物と、おいらの羽の鱗粉があればできちゃうの」
ルーの説明によると精霊は、主人が大切にしている物へ一時的に宿ることができるそうだ。精霊使いが、武器に精霊の力を宿して戦ったりできるのは、その原理なのだろう。
その原理を応用してルーは、ルカのピアスを糸電話のように加工したようだ。
ただ、それをできるのは一部の精霊だけらしい。ルーは女神だったころのモニカのことも知っているので、精霊の中でも古参のようだ。
(これがあれば、ルーと好きな時に話せるってことよね?)
ルカは、モニカとルーがいつでも会えるようにと、ルーと契約を結んだ。
おかげでこうして、聖木の森へいかなくてもルーと交流できる状態になったが、それもルカと会える時だけだ。
夜に部室で一人きりの時は、やはり寂しさを感じると思っていたが、これがあれば今までと変わらずルーと交流できる。
「わあ! 嬉しいです。ルカ様、ルー、ありがとう」
笑みを浮かべなが二人にお礼を述べたモニカは「家で大切に保管させていただきますね」と付け加えた。
さすがにこれを身につけるのは、ミランダが良く思わないはずだ。
そうモニカは考えたが、当のミランダは「常に身につけていたほうが便利ではなくて?」と首をかしげる。
「よろしいのですか?」
「モニカ嬢は私たちのご主人様になるお方ですもの、気にしませんわ。――それにルカ様は、私のために片耳を空けてくださったのですわよね?」
そう問われたルカは、ため息交じりに笑みを浮かべた。
「ああ、そうだ。好きなの選んで来いよ」
「あら。私っぽいものをルカ様が選んでくださるのでしょう?」
「お前っぽいってどんなんだよ」
相変わらずの二人のやり取り見守ってから、モニカは改めてルカのピアスを見つめた。心なしかキラキラ光っているのは、ルーの鱗粉だろうか。ルーの気持ちが込められているようだ。
ミランダの許可も得られたし、これは常に身につけよう。そう決意したモニカだが、さらなる問題が浮上する。モニカはピアスの穴を開けていないのだ。
「ねえ、ルー。こちらのピアスを、イヤリングに加工しても大丈夫?」
「ダメ! これは一組になってるから行き来できるの!」
「そうなの……。このままだと落とさないか心配だわ」
「ピアスの穴を開けりゃいいじゃねーか」
ルカの気軽な提案に、モニカは身震いする。
「痛いんですよね……?」
モニカがピアスの穴を開けていない理由はそれに尽きる。わざわざ好んで、痛い思いはしたくない。
するとルーが「おいらに任せて!」と、モニカの耳にぴとりとくっついた。
「えっ? ルー?」
何をするつもりだろう。モニカがびくびくしていると、集まって来た皆が一斉に顔をしかめた。
「皆様……?」
まだ何も起きていないのに、なぜそのような顔をするのか。ますますモニカは不安になる。
「ご覧になって」
そして、ミランダから渡されたコンパクトミラーを見たモニカは驚愕する。
なぜならモニカの耳に、ルーの小さな人差し指が貫通していたのだ。
どうやらルーは、モニカのためにピアスの穴を開けてくれたようだ。それも、モニカの心配に配慮して痛くないように。
確かに指が貫通しているのに、痛くも痒くもないのが、逆に恐ろしさを増大させる。
王宮に、モニカの巨大な悲鳴が響き渡った。
その夜。モニカは寝室にあるドレッサーの前で、熱心にピアスを見つめていた。
あのような悲鳴を上げたモニカだったが、いざルカのピアスを通したあとは、嬉しさが止まらずにいる。一晩中、見つめていても飽きそうにない。
そして、ルーからはどのようにして連絡がくるのだろうか。それを今か今かと待ち構えている。
すると耳元で、前世で聞き慣れた機械音が聞こえてきた。
『プルルルル、モニカいる? プルルルル、ルーだよ!』
(ふふ。やっぱりこれは電話なのね)





