87 未来に向けて1
王宮での食事は、和気あいあいとしていた。皆、モニカの守護者になることへの期待に胸を膨らませているようで、表情がとても明るい。
モニカがゲームストーリーの大幅変更を決意したことで、全員が納得できる答えを導き出せた。
その決意を一年生の時にしていたらと悔やむ気持ちもあるが、それだとミランダとビアンカはゲームどおりに、聖女を優先する夫を寂しく待つだけの人生を送ることになっていたかもしれない。
結果的には、今が良いタイミングだった。
楽しい食事会の話題は、もちろんこれからのことだ。
モニカが女神であると公表し、皆を正式な守護者として迎え入れる。そのためには、大勢の証人が必要。
つまり、『守護者の任命式』をおこなう必要がある。
リアナとブラウリオはすでに一年生の冬に、王宮で盛大な任命式を開いた。その時のモニカは完全モブだったが、こっそりとカリストに連れて行ってもらった。
(あの時の二人はとても素敵だったわ。ゲームでも任命式は一人ずつおこなうけれど、全員の任命式を一度にしたらきっと、迫力があるわよね)
ついにルカの任命式を生で見られるのだ。それも、守護者として任命するのはモニカ。ルカはモニカに忠誠を誓うことになる。
(うっ……。私の心臓、耐えられるかしら……)
モニカひとりだけ関係ない心配をしていると、ロベルトが「ところで」とモニカに視線を向けた。
「世間にはどう説明しましょうか。僕たちはモニカ嬢を信じておりますが、明確に女神だと証明する手段はおありですか?」
そう問われてモニカは、ぽかんとしながらロベルトを見返した。
証明と言われても、浄化魔法や治癒魔法などを使っても、聖女と見分けがつかないだろう。
ほかにも皆の記憶を消したように、モニカには特殊な魔法が使えるようだ。ただ、それを使って見せたところで、女神の証明にはならない。女神の力として広く知られているのは、浄化、治癒、結界だからだ。
そもそも皆へは、精霊を見せて、ルーから聞いた情報を話しただけ。女神の力すら皆には見せていないのに、全員が信じてくれた。そちらのほうが異常だったのだ。
(皆もっと、私を疑ってよぉ~!)
ここまで順調すぎたために出現した、大きな壁だ。
「無いです……。どうしましょう……」
「確かに、今のモニカでは、聖女よりも力が強いとしか認識されないだろうな。俺もそうだったし」
カリストは思い出すようにそう述べた。カリストも初めは、モニカを聖女だと疑っていた。
精霊の目を通して、普通の人間では解らない部分まで理解できるカリストでもそうなら、きっと教皇でもモニカを女神とは気づかないだろう。
「精霊に証言してもらうのはどうだろう? 裁判で精霊を証人にする時のように」
ビアンカが、ロベルトに問いかけるように発言した。
この国では時に、精霊が裁判の証人として供述することがある。
精霊は正直者だ。ルーのようにお願いすれば誤魔化すくらいはしてくれるが、明確な嘘はつけない生き物だと言われている。
それゆえに、裁判での証言を引き受けてくれる精霊は大変貴重とされる。
そんなビアンカの名案に、ロベルトよりも先に口を開いたのは、ブラウリオだった。
「それで証明はできそうだけれど、なんかこう……弱いよね」
ビアンカには悪いが、ブラウリオの意見にモニカも納得する。
例えばルーが「モニカは女神さまだよ!」と大勢の前で紹介したとして、国民はどう思うだろうか。
「あの人が女神様?」「精霊が言ってるんだから本当みたいだけど……」「女神様って案外普通……」などと、認められはしても微妙な雰囲気になりそうだ。
「では、あちらの絵画に描かれる女神様のような服装にしてみてはいかがかしら? 当家で最高級の生地をご用意いたしますわ」
ミランダも「弱い」の意図を察したようだ。女神らしさを演出しようという作戦らしい。
「あの、薄い布をまきつけるだけで、何か変わるのか?」
「きっと幻想的な雰囲気に――」
ルカの質問にミランダが答えていると、それを遮るようにカリストの「却下だ」という言葉が飛んでくる。
普段のカリストなら、学生たちの話し合いは見守る姿勢であり、ましてや頭ごなしに「却下だ」とは言わない。
皆は、驚いてカリストを見つめた。
しかし当のカリストは、涼しい顔で食事を続けている。
「わっ私が、モニカちゃんの足元に縋りつくのはどうかしら?」
微妙になった空気を濁すように、リアナが絵画を指さしながら提案した。その絵画には女神の足元に、数名の女性がうっとりしながらまとわりついている。
「聖女が仕える相手としての印象付けには良いですが、聖女のほうが顔が知れ渡っています。視線が下に向かってしまいそうな気がしますね」
ロベルトは絵画を見つめながら、モニカとリアナに顔を置き換えて想像しているのだろうか。考え込みながらそう呟いた。
カリストの「却下」発言以外は、皆の言いたいことはどれも同じだ。
(結局、私がモブ容姿だから、女神に見えないってことよね……)
残念ながらモニカの顔は、人目を引くほど美女でもなければ、ブサイクでもない。模範的に整った顔立ちのせいで逆に目立たない。
生まれ持った容姿はどうしようもないが、雰囲気なら変えられる。
「あの……。それでしたら、女神のオーラを最大値にすることで可能な気がします」
「女神のオーラ?」
皆が同時に同じ質問をモニカへと返した。
モニカは皆にうなずいてから、ルーへと視線を向ける。
「ルー。あの設定画面の出し方を教えて。皆に見せることはできる?」
もう彼はモニカの精霊ではない。これからは設定画面も自分で出す必要がある。
ルーはモニカも耳元へ飛んでいくと、こしょこしょと呪文をモニカへと耳打ちした。それを聞いたモニカは、顔が赤くなる。
「ほっ本当に、その呪文なの?」
「出したい方向へ向けて両手を広げるんだ。一人で見たいときは呪文だけ!」
「ポーズまで……」
ルーが教えてくれる呪文は変だ。記憶を消す呪文は「気のせいですわ」だったし、今回はさらに……。
彼に遊ばれている気がしてきたが、それ以外の方法を知らないモニカはルーに従うしかない。
「モニカちゃん?」
何が起こるのだろうと、リアナが目を輝かせながらモニカを見つめた。
「あの……。呪文を唱えたいので、皆様に少しだけ耳を塞いでいてほしいのですが……」
「えー。なんでだよー? 聞かせろよモニカ」
すでに面白いことが起きそうだと察しているルカが、ニヤニヤしながらモニカの顔を覗き込んでくる。
「こっこれは、女神の機密事項なので……」
苦し紛れの言い訳をしていると、ブラウリオが笑いをこらえながらルカへと視線を向けた。
「ルカ。俺たちはモニカ嬢に仕える身なんだから、指示には従おうよ」
「へいへい」
ブラウリオの発言により、皆は素直に耳を手で塞いだ。モニカはほっとしながら、中央へ向けて両手を大きく広げた。
そしてモニカが呪文を唱える瞬間。
全員が耳から手を離したのはお約束だが、早く終わらせたいモニカが気がつく余裕はなかった。
「 ヴィーナスモニカセッティングオープン! 」
モニカが呪文を唱えるとテーブルの真上には、いつもより大きな設定画面が出現した。どうやら成功のようだ。
(はあ……。よりによってなぜ、魔法少女っぽいのよ……誰の趣味よ……)
このゲームの世界観とは、全く別物ではないか。意味がわからない。
心で泣くモニカとは裏腹に、リアナとルカは大きな歓声を上げた。
「わあ! なにこれ!」
「すげー!」
他の皆も、驚いた表情で設定画面を凝視している。この世界にはまだデジタルなものは存在しないし、魔道具でも投影機のようなものはない。初めての経験のはずだ。
皆の新鮮な反応を見て、モニカの恥ずかしさは吹き飛んだ。早速、画面の説明をしようとしたが、あることに気がついた。
(あら。いつのまにか、つまみが中央よりさらに女神側に動いているわ……!)





