85 皆への告白7
「そっそれよりロベルト様。ご相談とは?」
さっさと話題を変えようと尋ねてみると、ロベルトは暗い表情でモニカを見た。
「ビアンカのことです。彼女は昨日から、神殿に泊まり込んでいるらしくて、連絡が取れないのです……。僕がいけなかったのでしょうか」
昨日のことに関しては、モニカ同様にロベルトも不安を抱えているようだ。
「ロベルト様はなぜ、私の守護者になりたいと……?」
「守護者になることは僕の夢ですし、ビアンカはモニカ嬢になついているので、モニカ嬢の守護者なら彼女も理解してくれると思っていました。けれど……。モニカ嬢はどう思いますか?」
あの時のモニカは、ビアンカの表情が見えなかったのでなんとも言えない。ただ、明確な目的を持って部屋を出たミランダと違い、ビアンカは戸惑っているように思えた。
ルカが話していた、ミランダの思いもよらない行動。どのようなものかモニカも気になる。
「今から、神殿へ行ってみましょう。私は中へは入れませんが、ロベルト様が直接ビアンカに会ってください」
「会ってくれるでしょうか……」
「わかりません。ですが、何もしないよりはビアンカの気持ちを知ることができると思います」
ビアンカが怒っているにせよ、悲しんでいるにせよ、ロベルトがこのまま何もせずに明日を迎えることが良いとは思えない。
「ビアンカの気持ちを遠くから推し量ろうとするのは、僕の悪い癖ですね。モニカ嬢にはいつも気づかされます」
ロベルトはため息交じりに微笑んだ。いつも合理的に解決策を見つけられる彼だが、自分の恋となるとそうはいかないようだ。
モニカとロベルトは、そのまま馬車に乗り神殿へと向かった。
すでに日が暮れてしまったので、神殿の開放時間は過ぎている。ロベルトは門番に話して、ビアンカを呼び出すことにした。
しばらくして神殿から出てきたビアンカは、ロベルトを見つけるなり全速力で駆け寄り、そのまま彼の首に抱きついた。
その光景を、モニカは馬車の中から見つめた。
(ふふ。あとは二人の問題よね)
あの様子では、ビアンカはロベルトを嫌いになったわけではなさそうだ。
それならばなぜ、ミランダとビアンカは神殿に籠っているのか。リアナと何をしているのだろう。
とても気になるが、再会の喜びを分かち合っている二人の邪魔をするわけにもいかない。御者に馬車を出すよう伝えようとしていると、馬車の扉をコンコンと叩く音が聞こえた。
「先生……!」
「モニカも来ていたんだな」
「はい。ロベルト様の付き添いです。私は帰るところですが、お送りしましょうか?」
「レナセール家まで付き添うよ。探すと言った手前、俺かロベルト・スエロが送り届けなければ恰好が付かないしな」
カリストは、ロベルトがモニカを送るつもりであの場を去ったようだが、今のロベルトはすっかりとそれを忘れているはず。モニカはくすりと笑いながら、カリストを馬車の中へと招き入れた。
「先生も神殿に用事だったのですか?」
「ああ。近ごろ、先代聖女の体調があまり良くなくてな。聖女に守護者が一人しかいないから、無理をしているようだ」
「そうでしたか……」
ゲームでは攻略の進行速度が悪いと、先代聖女にその症状が現れる。緩やかにバッドエンドへ向かっている状況は変わらないようだ。
「先生は、神殿でミランダ嬢にお会いしませんでしたか?」
「直接は会っていないが、神官の話によると神殿の書庫で調べ物をしているらしい」
「何を調べているのでしょう……?」
「さあな。あいつらはあいつらで、考えがあるのだろう」
(ルカ様とロベルト様を守護者にせずに、この状況を好転させるような考えでもあるのかしら……)
ゲームの知識があるモニカでも、ミランダが何を考えているのかまったく見当がつかない。確かにルカの言うとおり、ミランダはモニカの想像と別の行動を取っている。
(明日はどうなるのかしら……)
そして、翌日。
今日も休日なので学園は休みだが、八人全員が聖木の森へと集まっていた。
皆の表情はさまざまだ。ルカはのんきにルーと遊んでいるし、ロベルトはビアンカと和解したのか、平穏を取り戻している。ブラウリオは一日以上もリアナを取られて機嫌が悪そうだ。カリストは言うまでもなく、いつもと変わらない。
一方、女性陣は三人とも疲れた表情をしている。特にリアナの疲れ具合は深刻に見える。聖女の務めをこなしつつ、二人に付き合わされていたのだろう。
ブラウリオが不機嫌な要因の一つでもあるようで、先ほどから彼は冷たい笑みをミランダへと向けている。
そんな中で、目にクマを作っているミランダは、それでもはつらつとした態度で切り出した。
「皆様に、ご覧いただきたいものがございますわ!」
ミランダがみんなの前に突き出したのは、数冊の本。ビアンカも同様に何冊か本を抱えている。モニカは首をかしげた。
「そちらは……?」
「こちらは、聖女の守護者が男性である理由。そしてこちらは、守護者の人数に関する記録ですわ」
それは、聖女に関する記録の本だった。
ミランダが初めに開いた本には、こう記されている。
『初代聖女の守護者を選定する際に議論されたのは、性別や職業についてだ。聖女は時に、魔獣と戦う必要がある。それゆえ守護者は、精霊と契約できる能力に加えて、それ相応の戦力を有している男性が相応しいとされた』
『国の有識者によって、聖女の守護者が選定された。しかし聖女の夫と守護者の間で揉め事が多く、この選定方法には問題があると判断された。次代の聖女からは、聖女の夫となる者を守護者に入れるべきだとの意見が取り入れられた』
『二代目聖女の守護者選定の際に、聖女の婚約者を加えた。しかし、聖女は他の三人の守護者と性格が合わず、思うように力を発揮できなかった。そのため、有識者による選定自体に問題があると判断。三代目からは、聖女
による選定へと切り替えた』
守護者の選定方法が、ゲーム仕様になるまでの経緯が詳しく書かれていた。これは教科書にも載っていない内容だ。聖女の私生活にも関わる内容なので、教科書には載せなかったのだろうか。
ミランダは次々に本を開いては、皆へと読み聞かせた。
『三代目聖女の水属性守護者は身体が弱かったため、水属性を二人体制とした』
『十五代目聖女の風属性守護者は王族であったため多忙であり、守護者の職務のほとんどは彼の部下が代理した』
『十八代目聖女の土属性守護者は事故で亡くなったため、後任の守護者が選ばれた』
後半は守護者の人数に関する記述の抜粋が多い。
ゲームでは途中で守護者を変えることはできないし、四人以上を選ぶこともできない。しかし実際は、さまざまなパターンがあったようだ。
「学園の教科書には綺麗なことしか書かれておりませんが、歴代聖女にはさまざまなご事情がございましたの」
ミランダもそれを皆に知らせたかったようだ。
「それで、何が言いたいんだ?」
「今回のようなパターンも存在したということですか?」
ルカとロベルトが立て続けに質問したが、ミランダは首を横に振った。
「残念ながら、守護者が一人だけのパターンはありませんでしたわ。着目していただきたいのは、こちら。三代目聖女の水属性守護者の二人体制ですの」
「二人体制ということは、守護者が五人おられたのでしょうか……?」
モニカがそう質問すると、ミランダは瞳を輝かせながらモニカに顔を向けた。
「そうですの! 聖女の能力によって差はございますが、四人以上の守護者を得ることも可能だそうですわ。リアナ嬢でも、五人目は可能だと神官様がお墨付きをくださいましたの!」
「でも、リアナはブラウリオ一人だけがいいんだろ? だからモニカが……って、もしかして……」
ルカは苦い物でも食べたかのように顔を歪めると、ミランダはそれに対抗するようににっこりと笑みを浮かべる。
「先生は確かに、リアナ嬢よりモニカ嬢のほうが能力が上だとおっしゃいましたわ」
確かにカリストは一昨日の説明で、そう話している。ミランダはそれを覚えていたようだ。
(ってことは、私も五人以上の守護者を得られるってこと……?)
モニカがその考えに至ると、ミランダはすかさず続けた。
「ですから――、私とビアンカも、モニカ嬢の守護者にしてくださいませ!」
ミランダはビアンカの腕に抱きつきながら、モニカへ期待の眼差しを向ける。それはビアンカも同じだ。「モニカ……」と拾ってほしそうな捨て犬みたいな顔をしている。
モニカはそんな二人を、ぽかんとしながら見つめた。
「あの……。そのために、神殿に籠っていたのですか?」
「ええ。精霊に聞いて確かめることもできましたが、先生は慎重な方ですもの。確実な証拠がないと反対されると思いましたの」
モニカはてっきり、二人が婚約者の行動に不満を抱いて、その対策をしているのだと思っていた。
けれどそれはゲームの二人を想定しての、モニカの想像にすぎなかった。本当ミランダは、モニカが思いもよらない策を考え出したのだ。
しかもカリストに反対されないために、目の下にクマを作りながらこれらを調べた。
モニカは驚きながらカリストの顔を見る。いつも余裕がある態度のカリストも、今ばかりは反応に困っている様子。やや遅れて返事が返ってきた。
「……よく調べたな。たいしたものだ」
「それでは!」
ミランダの期待に応えるように、カリストはうなずいた。
「俺は反対しない。モニカ次第だ」
バトンを渡すようにカリストは、モニカの肩に手を乗せた。
モニカ自身も反対する理由などない。ゲームでは、認められつつも決して心を通わせることはできなかった攻略対象の婚約者たちが、自ら仲間になりたいと願っている。これほど嬉しいことはない。
「私も、お二人が守護者になってくださるなら、とても嬉しいです」
「きゃ~! やりましたわビアンカ!」
「ああ! やったなミランダ」
二人は努力が報われたように、満面に笑みを浮かべながら喜び合った。
そんな姿を見ながら、ルカがモニカの横へとやってくる。
「ほらな。ミランダはこーゆーやつなんだよ。面白れーだろ?」
「ふふ」
先ほどまではルカ自身も驚いていたのに。ミランダのこのような姿は、彼にとっては自慢のようだ。
「ビアンカ、驚きました。昨日は何も話してくれなかったので。どこでそのような考えが浮かんだのですか?」
ロベルトが質問すると、ビアンカは高揚を沈め切れない様子で話し出した。
「初めは、『聖女に仕える役職をもらおう』とミランダが誘ってくれたんだ。けれど、聖女に仕える役職はどれも聖職者でなければいけなくて。それでもなにか手伝えることはないかと思って、神殿にある資料を読ませてもらったんだ」
二人も初めから、守護者になる可能性を探っていたわけではないようだ。
昨日のあの状況なら、婚約者に裏切られたと感じてもおかしくない。それでも、手伝いたいと思えた二人はとても素敵だ。
「私まで手伝わされて疲れちゃったよモニカちゃ~ん」
「お疲れさまリアナちゃん」
リアナがぐったりとしながらモニカへ抱きついてきたので、モニカは労うように背中をぽんぽんとなでた。
(皆の頑張りのおかげで、最悪な事態にならずに済んで良かったわ)
ミランダとビアンカに反対されていたら、モニカにはもう良い考えが浮かばない。リアナが再び苦しむことになるかもしれなかった。
「これで、私がリアナちゃんの守護者になる条件は整いましたね」
ほっとしながらそう呟くと、リアナはモニカから離れてキョトンとした顔になる。
「え……? 私がモニカちゃんにお仕えするのよね?」
「え……? 私は、リアナちゃんにお仕えしようと……」





