84 皆への告白6
翌日。モニカがバームクーヘンを持って聖木の森へ行くと、ルーとたわむれているルカの姿があった。
草むらに座り込んでいる彼の頭上からは木漏れ日が差し込んでおり、なんとも幻想的な光景だ。
思わずその場に立ち尽くして見惚れていると、二人がモニカに気がついた。
「よう。モニカ」
「モニカ―!」
手を挙げるルカと、嬉しそうにくるくると周りながら飛んでくるルー。
ルーはモニカの頬にぴとりとくっついた。
「モニカ会いたかった! 来てくれて嬉しい!」
「私もルーに会いたかったわ。契約を解除してしまってごめんね」
「ううん、いいんだ。おいらのせいでずっと具合悪くさせてごめん……」
昨日はお互いに、現状を突きつけられたようなもの。自由な精霊であるルーでも落ち込んでしまったようだ。
「ルーが気にする必要はないわ。私もルーと一緒にいたかったもの」
「本当……?」
「ええ、本当よ。ほら、ルーが食べたいって言っていたバームクーヘンも作ってきたの。ローと一緒に食べて」
バスケットの中には、ルーが両手を広げて抱えられるくらいの大きさのバームクーヘンがたくさん入っている。
「わあ! ありがとうモニカ!」
精霊にとっては重いであろうバスケットだが、食いしん坊のルーは迷わずバスケットごと受け取った。
「ローどこ~? モニカがバームクーヘンくれたよ~!」
ふらふらしながら森の奥へと飛び去る姿を見守ってから、モニカはルカのもとへと歩み寄った。
「ルカ様はなぜこちらに?」
「ルーを口説きに。これからどうなろうと絶対にあいつと契約して、いつでもモニカに会わせてやるからさ」
「ルカ様……」
昨日の発言は、単なるルーへの口説き文句ではなかったようだ。
相変わらずルカらしい面倒見の良さに感動していると、ルカが隣へ座れとばかりに地面をぽんぽんと叩いた。
いそいそと隣に座り込んだモニカに向けて、にやりとイタズラするような笑みを浮かべたルカは、モニカへと抱きついてきた。
「きゃっ!」
そのままの勢いで、二人は同時に草むらへと倒れ込んだ。
「ルカ様なにするんですか!」
「たまにはいいじゃねーか。学園ではもう、モニカを独占できないしさ」
「もう……。私たちは十六歳なんですよ。こんなこと……」
そもそも子どもの頃すら、ルカに抱きしめられながら寝ころんだことなどあっただろうか。あの頃は二人して、大の字になって空を見上げていた。
しかし今のモニカの目の前には、ルカの胸元が見える。今ではしっかりと第一ボタンまで留めて、ネクタイまでしている。
「モニカ好きだ」
そんなルカが、急に真剣な声色でそう呟いた。
「え……?」
「子どもの頃からずっと好きだった」
ルカはそう言いながら、モニカの頭上へと口づけた。
「……いけませんわっ」
このような場面を誰かに見られでもしたら大変なことになる。モニカは慌てルカから離れようとしたが、健康を取り戻したモニカでも、騎士の腕力に対抗することは叶わない。
「モニカ。拒まないでくれ。ただ聞いてほしいだけなんだ」
「ルカ様……」
「今さら結婚相手を変えるつもりはねーし。俺が今まで積み上げてきたものを捨ててモニカを選んでも、それはモニカが望む俺の姿ではないだろうしな」
ミランダとの婚約を破棄してモニカを選べば、フエゴ公爵家とセーロス公爵家との間に軋轢が生じる。そうなれば当然、フエゴ公爵は息子の資質に疑問を抱き、再びイサークに目を向けるかもしれない。
それはモニカが望む未来ではないし、ルカ自身もイサークに負けるのは悔しいはず。
「だから、俺を守護者にしてくれよ。それで満足するから」
見上げる形でモニカがルカへと顔を向けると、彼は何とも言えない表情で笑みを浮かべていた。
推しの幸せを願いつつも、彼の全てを受け入れることはできない。
いまさら、崩れてしまったゲームの内容を持ち出すつもりではない。ただ、モニカにも大切な人ができたし、ルカにもまた大切に想ってくれる人がいる。二人きりだった頃とは違う。
「……私よりも、ミランダ嬢のお気持ちを大切にしてください」
「たぶん。あいつは今、モニカが思っているのとは違う行動を取っていると思うぞ」
「ルカ様はご存知なのですか?」
「何も聞いてねーけど。あいつ、変わってるからな」
ルカは思い出すようにくすりと笑った。
「俺さ。モニカと昼休みのことで揉めた日に、ミランダにはっきり言ったんだ。モニカが好きだって。今になって思うと馬鹿みたいだけど、あの時の俺にとってはそれが大人になることで、ミランダへのけじめだと思ってた。
けどミランダはそれを受け入れたんだよ。それでもいいから婚約してくれって。それどころか、俺よりもモニカと仲良くしようとし始めるし、ほんと面白しれーよな、あいつ」
ミランダからは、「政略結婚相手以上には思えないが、家族として困っていたら必ず助けになる」とルカが約束したと聞いていたが、その約束をするまでにそのような経緯があったとは。
(それでも私を受け入れたミランダ嬢って、すごく懐が深いわ)
ゲームのミランダは、ヒロインに対して嫉妬するだけの高飛車なお嬢様として描かれていた。
けれど実際のミランダは、自分が嫉妬しなための策を講じることができる人で、婚約者を大きな心で甘やかせる人、それでいて自由奔放なルカの手綱を握っていられる人だ。
これほどルカに相応しい婚約者はいるだろうか。
ルカ自身も、モニカへの想いを吐露しつつも、無意識のうちに婚約者に興味を持っているようだ。
ミランダのことを楽しそうに話すルカの声が、心地良くモニカの耳に響いた。
「――――ニカ! モニカ!」
誰かが呼ぶ声がしてモニカが目覚めると、モニカを覆うように二つの影が落ちた。
「……先生? ロベルト様も」
「何かあったのか」
(なにかって……?)
心配そうに手を差し出すカリストに起こしてもらいながら、モニカはぼーっと今の状況を考え始める。次第に頭がはっきりし始めると、顔が紅潮し始めた。
「あの……。木陰が気持ちよくて眠ってしまいました」
辺りはすでにオレンジ色に染まっている。あろうことかあのまま、ルカと昼寝をしてしまっていたようだ。
貴族令嬢に相応しくない失態だ。
恥ずかしくて逃げ出したい気分のモニカの足元で、ルカもあくびをしながら目覚めた。
「モニカ……?」
「ルカ・フエゴ。モニカをこんなところへ寝せるとは、どういうつもりだ」
厳しい表情のカリストに対して、ルカは意味ありげに笑う。
「怒んなよ先生。俺は案外、先生のこと気に入ってんだ」
「質問の答えになっていないぞ……」
眉間にシワを寄せているカリストを見ながら、モニカは首をかしげた。今日は休日なので、カリストとロベルトがいること自体が不思議だ。
「ところでお二人はなぜこちらへ?」
「僕はモニカ嬢にご相談がありまして、邸宅へ伺ったのです。そこで先生とお会いしまして」
「俺もモニカの様子を見に行ったんだ。そうしたら、まだ帰っていないと使用人たちが心配していたので、探しにきた」
そう二人が説明した途端に、ルカは慌てて飛び起きた。
「うわっやべっ、騎士団の訓練! 俺、帰るわ! モニカまた明日な!」
「はいっ、お気をつけて!」
慌ただしくルカを見送ってからモニカは、気まずさを感じながら二人を見た。どうやらモニカが昼寝をしてしまったせいで、探させてしまったようだ。
「お二人とも、ご心配をおかけして申し訳ございません……」
「何ごともなかったなら良かった。――悪いが、俺も次の用事がある。送れなくてすまない」
「気になさらないでください。探しに来てくださってありがとうございます」
カリストは急いでいるのに探しに来てくれたようだ。モニカはますます申し訳なくなる。
そんなモニカの身体に、ふわっと風がまとわりつく。
この不自然な風の動きは、カリストによるものだ。どうしたのだろう? と目をぱちくりさせていると、カリストが笑みを浮かべながらモニカの髪をさらりとなでた。
「葉っぱだらけだったから。また明日、モニカ」
「お気をつけて……」
(ひゃ……。私、どんな格好だったの……)
きっとカリストには、子どもか何かに思えていただろう。恥ずかしすぎて両手で顔を隠していると、ロベルトがぼそっと呟いた。
「もうすっかり、恋人同士ですね」
今のどこが恋人に見えたのだろうか。
「そっそれよりロベルト様。ご相談とは?」





