83 皆への告白5
「……はい。私はその……、かつてこの地を救った女神の生まれ変わりなんです」
モニカも、聖木の森で精霊に教えられるまで知らなかった。カリストには、女神の力を扱えるよう訓練を受けていたことを、皆に話して聞かせた。
これはあくまで女神についてであり、この世界が乙女ゲームであることは伏せてある。
話を聞き終えたルカは、納得したように「わかる気がする」と呟いた。
「俺にとってモニカは、心の支えみたいなもんだから」
それから寂しそうに「でも神は手に入らないんだよな……」と。
それに賛同したようにリアナがうなずいた。
「その気持ちわかるわ。モニカちゃんって、手に入れたと思っても、気がつけば手からすり抜けて消えてしまう感じがするのよね」
(それは、モブだからかもしれません……)
けれど二人が言いたいこともわかる気がする。神を気軽に目にすることはできないが、この世界に存在しているのも確かだ。
モニカのあの設定画面は、神がこの世界へどのくらい干渉できるかの設定なのかもしれない。その表現がモブと女神。こじつけすぎるだろうか……。
そんな考えが浮かんでいると、モニカの視界にビアンカが顔を出した。
「私にとっても、モニカは女神様のようだった。モニカがいなければ、ロベルトへの想いは伝わらずに終わっただろうからな」
「僕にとっても、モニカ嬢は女神でした。僕の気持ちを理解してくれて、望む環境へと導いてくれたのですから」
「私にとっても、モニカ嬢は女神ですわ! 私が毎日、女神様へお願いしていたことを叶えてくださったのですもの」
ロベルトとミランダまでも、賛同する。ミランダは毎日お願いするような可愛いところがあったらしい。
(それは、私にとっては推し活だったのですが……)
女神といえる証拠はなにも出していないのに、これで納得してくれるとは。これも女神のオーラによるものなのだろうか。
戸惑いながらカリストへ視線を向けると、「良かったな」と言わんばかりに彼はモニカの頭を優しくなでた。
「皆への理解も得られたことだし、これ以上は隠さずに会話できるな」
「はい……」
話が逸れてしまったが、今はモニカの精霊をどうするかについて話していた。ルカは真剣な表情でカリストを見た。
「先生。モニカはどういう状況なんですか」
「状況は先ほど説明したとおりだ。付け加えるとモニカは女神なので、本来ならばかつてのように直接、精霊たちと契約できた。だがこの地を救った時とは違い、今のモニカは人間の身体で存在している。その上、属性も持たない身体だから、精霊との契約には負担がかかりすぎている」
「つまり、女神の代理として生まれた聖女と、条件はさほど変わらないということですね?」
ロベルトの質問に、カリストはうなずく。
「そのようだ。ただ、モニカは女神本人だから、聖女よりも格段に能力は強いが。――それらを踏まえると、やはりモニカは精霊と契約していない状態のほうが望ましいと思う」
カリストの理論は、的を射ているようにモニカも思える。けれど、ここで精霊を手放したら、リアナの守護者になるという目的すら果たせない。これだけ打ち明け話をしたのに、何も得られないのは悲しすぎる。
「あの……でも。一人だけでも駄目ですか……?」
「俺を守護者にするつもりなら、そのほうが安定するはずだ」
そう言われてモニカは言葉に詰まった。ルーと離れるのは嫌だし、リアナの守護者になるために契約を維持したい。けれど、カリストとも一生を共にしたい。
(私はヒロインではないのに、欲張りすぎなのかしら……)
そもそも彼らは、ヒロインであるリアナのために用意された者たち。それをモニカが欲しがること自体が、おこがましいのかもしれない。
けれど、大切に想うほど譲れない。
どちらかなど決められなくて悩んでいると、ルカが声を上げた。
「ちょっと待てよ……。守護者って……、そんな約束してたのかよ!」
「俺はそのために、モニカを支援してきた」
それを聞いたルカは、怒りを抑えるようにうつむいた。
(ルカ様、どうしたのかしら……)
今の状況にルカが怒るようなことなどあっただろうか。そう疑問に思っていると、ルカは決意したようにモニカを見つめた。
「……モニカ。その火属性の精霊、俺が引き取るよ」
「えっ――」
「おいらはヤダ!」
モニカが返事するよりも先に、ルーが怒った様子で二人の間に飛び出してきた。
そんなルーに対して、ルカは冷静な口調で返す。
「モニカがこのまま辛い思いをしても、お前は平気なのかよ」
「おいらはモニカと一緒にいたいだけだし……」
聖木の森にいる精霊たちは、聖木を守るために存在している。人間と契約しなければ森の外へは出られない。
ルーがモニカと一緒にいるためには、契約状態を維持するしかないのだ。
「俺が毎日でも会わせてやるからよ。モニカを好きな者同士、俺たち気が合うと思わねーか?」
にこりとルカに笑みを浮かべられ、ルーは迷うようにたじろいだ。ルーはもともと、ルカの召喚に応じてオーブから出現した。それなりに惹かれる部分がなければ、精霊は召喚になど応じない。
モニカの存在がなければ、ルカが熱心に口説き落として契約を結んだ関係かもしれない。
そんなルカに、モニカを好きな者同士で気が合うと言われて、ルーは迷っているようだ。
「でも……確証がないし……」
ルーが迷う気持ちも、モニカにはわかる。もしもまたモニカの設定がモブ側に大きく動いたら、ルカはモニカを認識できなくなる。
学園へ通っている間はそれでもモニカから会いに行けるが、卒業したら簡単にはできなくなる。
「それは心配すんな。俺、モニカの守護者にしてもらうからよ」
「へ……?」
突拍子もない発言に、モニカは無意識に間抜けな声を上げた。
「いいじゃねーか。俺とモニカの仲だろ」
「ですが――」
(ルカ様は守護者にはならないと、ミランダ嬢と約束したのよね……)
婚約式の日に、ルカの守護者入りを望んでいたモニカの気持ちを知ったミランダは、とても不安そうだった。ミランダが賛成するとは思えない。
そんなモニカの懸念をよそに、ルカはモニカの顔を覗き込んでくる。
「俺。モニカが見たいもん全部見せる代わりに、言ったよな。裏切るなって」
「こっ……ここで、それを使うのですか?」
確かにモニカは約束した。ルカが公爵を目指すと決意した、あの馬車の中で。
けれどそれは、ルカが公爵や騎士団長になるための手伝いをやめないという意味だった。
「俺が守護者になる姿。見たかったんじゃねーの?」
モニカの気持ちを全て見透かしたような笑みを浮かべながら、ルカはモニカを見下ろした。
その表情があまりに魅力的で、モニカは悔しく思いながら唇を噛みしめた。
なぜこうも推しという存在は、ファンの心を鷲掴みにしてくるのだろうか。
「そういうことでしたら、土属性は僕が引き受けます。僕もモニカ嬢の守護者にしてください」
「ロベルト様まで……」
「僕の夢。モニカ嬢ならきっと叶えてくださると信じています」
そう言われると非常に断りにくい。しかしロベルトも、ビアンカが大切だからこそリアナの守護者になることを諦めたはず。
(二人ともどうして……)
「……お二人とも。私より先に、了承を得るべき方がいらっしゃるはずですよ」
身体を動かせないモニカの視界には今、ミランダもビアンカも映っていない。二人は今、どのような表情をしているのだろう。せっかく仲良くなったのに悲しませたくない。
「ルカ様のお気持ちは把握いたしましたわ」
「私もロベルトの気持ちは承知した……」
ミランダとビアンカがそう発言したあと、ミランダがすっとモニカの視界に顔を覗かせた。
「モニカ嬢。今のお返事は、明後日にさせてくださいませ。失礼ながら、本日はお先に失礼いたしますわ」
「はい……。お気をつけて」
にこりと微笑んだミランダは、それから颯爽と歩き出しながら、ビアンカとリアナの手を取った。
「ビアンカ、作戦を練りますわよ」
「あっうん……」
「それからリアナ嬢には、お知恵をお貸いただきますわ」
「へっ。私?」
ビアンカを連れて行くのはわかるが、揉めていたリアナまで連れて行くとは。
状況が読めないのはモニカだけではないようだ。その場に残された男性陣も、ぽかんとしながら三人が去った扉を見つめた。
(ミランダ嬢。どうするつもりなのかしら……)
カリストに送ってもらい邸宅へと戻ったモニカは、その夜、不安な気持ちを抱えながら厨房の暖炉でバームクーヘンを作っていた。
モニカの身体に関しては、精霊と人間との間に結ばれた『契約者同士はお互いに、度を越えた要求をしてはならない』という盟約の条件を盾に、カリストがルーとローの契約を一旦解除させた。
明後日のミランダの返答次第で、ルーとローの未来も変わることになる。
(二人には結局、人間の都合を押し付けてしまったわ……)
契約を解除する際の二人は「おいらたち、空気が読める精霊だから!」とこの状況を受け入れてくれた。
状況が切迫していなければ、モニカもわがままを言えたが、こればかりはどうしようもない。
モニカがリアナの守護者にならなければ、バッドエンドまっしぐらだ。
当初の予定であった、モニカが複数の精霊と契約することが失敗に終わった今。モニカが橋渡しの役目として、カリスト、ルカ、ロベルトの三人を守護者にするのは、正直に言うと良い案だと思った。
けれどそれには、ミランダとビアンカの理解が必要。結局のところ、話が元に戻ってしまった部分がある。
帰りがけにルカは「あんま、心配すんなって」と声をかけてくれた。ルカには、ミランダがどう考えているのか分かっているようだった。
(とにかく明日は休日だし、お詫びもかねてルーとローにバームクーヘンを渡しに行こう)
翌日。モニカがバームクーヘンを持って聖木の森へ行くと、ルーとたわむれているルカの姿があった。





