80 皆への告白2
「ううん。私も守護者は一人だけって決めていたから、気にしないで!」
「えっ……?」
彼女の笑顔に対して、顔をこわばらせたのはモニカ一人だけではなかった。
リアナとブラウリオ以外の全員が、表情を歪めて二人を見つめた。
その理由がわからない様子のリアナは、こてりと首をかしげる。
「どうしたの皆?」
「リアナちゃん……。それは過去に前例がありませんわ」
これはゲームの設定という意味ではない。この国の歴史をさかのぼっても、過去に聖女の守護者が一人しかいなかったことなど、一度もない。
神殿で聖女の歴史を学んでいるはずのリアナなら、当然のように知っていることだ。
モニカの言葉に対してリアナは、「えっ。でも……」と困惑するような様子でブラウリオを見た。
「俺は、四人分を補えるだけの力を手に入れるつもりだ。だからこの件に関しては口出ししないでくれないか」
(そんなこと、ゲームでは無理だったわ……)
ルカしか攻略したくなかったモニカも、同じ考えを持ったことがある。けれど、いくらルカの能力を上げようが、上限を無視して好感度と信頼度を上げ続けようが、隠しルートのようなものは存在しなかった。
「そんなの……実際に無理だったらどう責任を取るおつもりですか!」
噛みつくような剣幕で声を上げたミランダに続いて、ロベルトもブラウリオを睨みつけた。
「そうです殿下。仮に強い力を手に入れられたとしても、必要な属性が三つも欠けていては、結界が不安定になるはずです」
ゲーム内のモニカが失敗し続けていたのも、それが理由だ。人間側に属性を持つ者がいるように、魔獣にも属性がある。そして、属性には相性があり、火は水に弱く、水は土に弱いし、土は風に弱く、風は火に弱い。
属性がこのような関係であるため、全ての属性が揃った結界でなければ、完全に魔獣の侵入を防ぐことは不可能だ。
そして普通の人間は、一つの属性しか持ち合わせておらず、精霊も一体としか契約できない。
それこそ、モニカのように特殊な存在でなければ、守護者を一人だけにするのは無理な話だ。
「俺は、リアナが他の男と親しくするくらいなら、結界なんて必要ない! 魔獣が湧き出れば、倒せばいいだけだろ!」
ブラウリオとて、具体的な策があるわけではないようだ。リアナを独占していたい欲のせいで、このような事態を招いている。
(殿下によるヤンデレバッドエンドルートは、完全に回避されていたわけではなかったんだわ……)
モニカはやっと、そのことに気がついた。
一か月前は、カリストの説得によってブラウリオは正常に戻ったかに見えたが、根底にあるリアナへの独占欲が抑えられたわけではなかった。
リアナが守護者攻略をおろそかにしている理由について、もっと深く考えるべきだった。
「つくづく王太子としての資質に欠けておられますわね!」
ミランダがテーブル越しにブラウリオに掴みかかろうとしたが、それを遮るようにリアナがブラウリオに抱きついた。
「皆、ブラウリオを責めないで! 私だって、他の男性と親密な関係を築かなければいけないなんて嫌よ! ブラウリオが悲しむことはしたくないの!」
「親密とは、あくまで聖女と守護者としての務め上のことですわ! そこに恋愛感情まであるとお思いですの?」
「私はそんなこと思っていない! けれど、周りの目は違うでしょう? ミランダとビアンカだって、私と婚約者が親しくなるのが嫌で反対したくせに!」
リアナがぶちまけた本音が、聖女と守護者に関する問題の全てだ。
皆、聖女には「役目を果たせ」と強要するが、自分たちの生活は壊されたくない。自分たちには被害の及ばないところで、聖女の役目を果たしてほしいと思っている。
ミランダは返す言葉がない様子で怒りで震えており、ビアンカは罪悪感からかうつむいた。
「皆様、どうか落ち着いてください」
このままでは、せっかく将来のために築いた関係まで崩れてしまいそうだ。
「婚約者がいないモニカちゃんにはわからないよ! 口を挟まないで!」
しかしリアナは、モニカに対しても怒りを見せた。
いつもは全身で「モニカちゃん大好き」を表現するようなリアナに、怒鳴られ、部外者扱いされるとは思いもせず。モニカは驚いて、言葉に詰まった。
それを見たルカが、テーブル越しにリアナの腕を引っ張り上げた。
「リアナてめー! 言っていいことと悪いことがあんだろ!」
そのままリアナを殴りそうなルカの動作を見て、モニカは悲鳴にも似た声で「やめてルカ様!」と叫んだ。
(どうしてこんなことになっちゃうの……)
皆それぞれ思惑を秘めつつも、昨日までは上手く関係を築いてこられたのに。
けれど、人が変わるほど必死なリアナの気持ちは、モニカは痛いほどよくわかる。
『守護者は一人だけがいい』その気持ちは、モニカも同じだったから。
ゲームをしていただけのモニカは、上手くいかなくてもやり直せばよかったが、一度きりの人生を歩んでいるリアナは必死になるしかない。
「……私は、皆のことが大好きなんです。だから言い争いは止めてください……」
「モニカ嬢の言うとおりです。僕たちのこの関係を、言い争いで傷つけたくはありません」
モニカの向かい側で、ロベルトがわずかに笑みを浮かべた。冷静で合理的だが、友情を大切にしたい彼は、一番にこの場の正常化を図ってくれた。
ロベルトが冷静な態度でそう声掛けしたおかげで、この場の熱は一気に下がっていく。
(ロベルト様がいてくれて良かったわ……)
やはりどのような時も、このメンバーの収集をつけられるのは彼しかいない。
「……ですが、どうなさるおつもりですの? もう少し具体的な計画を提示していただかなければ、私たちだけではなく国民が納得しませんわ」
ミランダは感情的に振舞った自分を恥じている様子で、扇子で口元を隠しながらブラウリオを見た。
「……聖女を守るのは一人だけでいいんだ」
けれどブラウリオは、ミランダに応えているというよりも、自分に言い聞かせているようにぶつぶつと呟くだけだった。
皆に自分の考えを全否定されつつも、まだそれを肯定しようとしているような。
(もしかして殿下は、かつての勇者みたいになりたいのかしら)
モニカはふと、そのような考えが浮かんだ。ブラウリオの地位ならば、正確な歴史を知っていてもおかしくはない。歴史書からは消された、女神と勇者の話を。
勇者の子孫であるカリストを敬愛しているのも、憧れによるものなのかもしれない。
かつての勇者は人間でただ一人、女神を守り抜いた者だった。
けれどそれは、女神が四属性の精霊と直接契約できたから可能であったこと。守護者なしでは精霊の力を使えない聖女とは、状況が違う。
「僕たちはお二人を支えると宣言したようなものですから、お二人が破滅しないためにも対策を練る必要がありますね」
「この国の未来が暗すぎて嫌になりますわ。モニカ嬢の願いでなければ絶対にこのようなことは――」
ブラウリオとミランダがそう述べたことで、話し合う雰囲気が整った。
(皆……)
モニカはほっとしながら、それぞれ考え始める皆を見つめた。
ただ責務を押し付けるだけの関係ではない。一緒に考えるための信頼は養われている。
本音で言い争っても、その部分は崩れていなくて良かった。
そう安堵しつつ、モニカもある考えが閃いた。それを確かめるために、心の中でルーに呼びかける。
『ルー。教えてほしいことがあるの』
『な~に~?』
『私は属性に関係なく、複数の精霊と契約できるのよね?』
『そーだよ! モニカは女神様だから』
『それなら、私が聖女の守護者になれないかしら?』
聖女の守護者になれる者の条件は『精霊と契約した者』これだけだ。女神が守護者になれないとは書かれていない。そもそも、想定すらされていないだろうが。
要は、聖女へ精霊の力を分け与えられる者なら、誰でも良いはず。
『できるけどぉ~……。それって、逆じゃない? 仕えるべきは聖女のほうだよ』
モニカにしか見えていないであろうルーは、納得いかない様子でモニカの目の前でクルクルと回り出した。
『私が女神だと打ち明けると、ゲームが総崩れになりそうで怖いもの』
『モニカはもともとゲームに存在しているよ?』
『それって、モブキャラとしてよね……』
『モブこそ最強!』
ルーは力いっぱいに両手を上に突き出した。
(まさかルーはモブ推しなのかしら……)
最初に出会った四人の精霊の中で、ルーだけが強引にモニカと契約状態になった。それだけ熱意があったことになる。
『……もし私がリアナちゃんの守護者になるとしたら、ルーも手伝ってくれる?』
『モニカがそうしたいならいいけどぉ~?』
納得していない様子ながらも、頼られて悪い気はしていないようだ。口を尖らせつつも、軽快に揺れている様子が可愛い。
『ありがとうルー! あのっ、それから、私がリアナちゃんの守護者になってしまったら、先生を私の守護者にすることはできないのかしら……?』
ここだけはしっかりと確認しておかなければいけない。国の平和も大切だが、モニカも自分の人生は諦めたくない。
カリストとずっと一緒にいる手段はほかにも無くはないが、彼が守護者になることを望んでいるので、それを叶えたい。
もしもどちらか一方しか選べないとなれば、リアナには悪いが他の方法を探すしかない。それほどモニカにとっては、カリストは大切な存在だ。
祈るような気持ちでルーを見つめると、彼は任せろと言わんばかりの表情でモニカに向けて、小さな親指を突き上げた。
『モニカは女神様だよ。なんでもオッケーに決まってるよ!』





