79 皆への告白1
翌朝。メイドたちに登校準備を整えてもらっていたモニカはその間、花瓶に挿してあるカリストからもらった花束をぼーっと眺めていた。
(先生の思惑どおり、この花の効果は絶大ね……)
これが部屋にあるせいで、目に入るたびに昨日のカリストを思い出してしまう。
「お嬢様。昨夜のビエント先生はそれほど素敵だったのですか?」
「どうして……?」
急にそのような話を振られて、モニカは首をかしげた。
「そちらのお花をご覧になっているお嬢様の表情で、なんとなく」
(私、そんなに顔に出ているの?)
そのメイドの言葉に賛同するように、ほかのメイドたちもニコニコしている。モニカは恥ずかしさを隠すように、小さくこほんと咳ばらいをした。
「昨夜の先生は、とても紳士的で素敵だったわ」
「きゃ~! やっぱり!」
登校するだけなのに、今日はやたらと準備を手伝ってくれるメイドの人数が多いと思えば皆、モニカの感想が聞きたかったようだ。
(そういえば私、昨日は何も話さずに寝たのかしら)
パーティーでいろいろあったせいで、邸宅に戻ったあとの記憶が曖昧だ。
(皆そんなに先生のことが気になるなら今度、先生をお茶会にでもお誘いしようかしら?)
パートナーになってほしいとお願いしたのはこちらなので、そのお礼も兼ねて。
そんなことを考えていたモニカは、ハッと今の現状を思い出した。
(先生も大切だけれど、ルカ様が守護者にならない影響も考えなきゃ。リアナちゃんはどうするつもりなんだろう?)
ゲームの流れは、一年生で守護者候補四人を選び、二年生が終わるまでに四人が精霊との契約を完了、三年生の初めには全員と守護者の契約をする。
それくらいのペースでなければ、ラスボスへの対策が不十分になる。
恋愛対象の攻略が先行してしまうのは仕方ないが、リアナはほかの三人の攻略が遅れ気味だ。
ルカは離脱したし、風属性の守護者は目星をつけているようにも思えない。ロベルトもまだ、精霊との契約が完了していない。
残りの三人を、三年生までに守護者契約できる状態まで攻略するとなると、結構なハードスケジュールになるはずだ。
(リアナちゃんに、それとなく聞いてみる必要があるわね)
部外者のモニカがとやかく口を挟める問題ではないが、リアナには協力すると伝えてある。状況くらいは話してくれると期待したい。
学園へ登校してみると、そこかしこで学生たちが昨日の婚約式の話をしているようだった。招待された人も、されていない人も皆、二大公爵家の行く末には興味がある様子。
廊下を歩いていると、ちょうどすれ違う男子学生の話し声が聞こえてきた。
「昨日のフエゴ家とセーロス家の婚約式の話を聞いたか?」
「聞いたよ。ルカ卿は守護者にはならないらしいな」
「それなら、火属性の俺にもまだ望みはあるのか?」
(やっぱり噂になっているわね)
聖女の守護者になりたい男性は数多くいるが、その中で選ばれるのは一つの属性につき一人だけ。非常に狭き門だ。
当然、その席が空いたとなれば喜ぶ者も多い。
ただ、あからさまに聖女へ「守護者にしろ」と詰め寄ることは、校則で禁止されている。
だから皆、友人を装って近づくわけだが、すでにブラウリオという鉄壁がいるので、今までリアナに近づく男性はあまりいなかった。
(そういう意味でも、早めに候補を決めておかなければ、探しにくくなるのよね……)
今日ばかりはリアナは大勢に囲まれて、鉄壁が意味をなさなくなっていそうだが。
そう思いつつ教室へ入ったが、思っていた騒ぎにはなっておらず割と静か。モニカはぽかんとしながら、皆の席を見回した。
(皆がいないわ。休憩室かしら?)
どうやら鉄壁は、先手を打っていたようだ。
休憩室の扉をノックしてから入ると、やはり皆がこちらへ移動してたようだ。
「おはようございます。皆様」
「おはようモニカちゃん!」
皆が挨拶する中で、リアナが一番元気よくモニカへと手を振った。
「あら? ソファセットが変わりましたね?」
モニカは皆が座っている配置を見て首を傾げた。今までは三人掛けのソファと一人掛けのソファが二脚ずつあったが、それは全て撤去されて新たに二人掛けソファが四脚になっている。
「いつも席決めで揉めるだろう? これならすんなり行くと思ってね。そちらがモニカ嬢と先生の席だよ」
「ありがとうございます」
カリストは不在なので、モニカは一人で指定された席へと腰をおろしてから、ちらりとブラウリオへと視線を向けた。
(殿下の独占欲がさらに上がっているような……?)
皆への配慮のような説明に聞こえるが、本当はリアナを独占したいだけに聞こえる。その証拠に、モニカへ向けて笑顔で立ち上がろうとしたリアナの腰を、彼はがっちりと押さえ込んでいる。
「モニカ。昨日は来てくれてありがとな」
ルカが話しかけてきたので、モニカはその考えを一旦終了させて、ルカへと笑みを浮かべた。
「こちらこそ、ご招待してくださりありがとうございました。それと、皆様と一緒にご紹介してくださり嬉しかったです」
「モニカ嬢のおかげで、何もかも順調で嬉しいよ」
続いてブラウリオが笑みを浮かべたので、モニカは再び疑問が湧く。
(リアナちゃんにとっては、振り出しに戻る状況なのに……。ほかに候補がいるのかしら?)
「あの……。ルカ様が守護者にならないことがもう、噂になっていますね」
「俺たちも今、その話をしていたんだよ」
ブラウリオの説明に続いて、ロベルトがモニカへ向けて口を開いた。
「話のついでに、僕も守護者を諦めると正式にお伝えしていたところです」
「えっ。なぜですか……?」
モニカは思わぬ発言に驚いて、目をぱちくりさせた。
彼はつい一か月半ほど前に、再びやる気を取り戻したはずなのに。
「僕は今まで祖父に憧れがあり、守護者になりたいと思っていました。それは祖父が聖女様のおそばにいる時が、最も幸福に見えたからです。ですが、ビアンカが積極的に交流してくれるようになり気づいたのです。その幸福の裏では悲しむ者がいるかもしれない。父の考えは正しかったのだと」
(ロベルト様も気がついてしまったのね……)
ゲームの裏で不幸に見舞われる、伴侶のことを。
モニカは特に、ゲームでミランダが不幸になる様を見続けてきたので、この世界のミランダには幸せになってもらいたいと思った。
それに加えて、ビアンカとロベルトの距離が縮まれば、彼の父親の理解を得やすくなると考えていた。
けれどロベルトは、父親に理解してもらうのではなく、父親の考えを理解した。その結果が、夢を諦めることになってしまったのか。
「モニカ嬢が悲しまないでください。僕は夢を諦めることになりますが、あなたのおかげでもっと大切なことに気がつけました。ありがとうございますモニカ嬢」
「私からも感謝する。モニカ」
二人は幸せそうに肩を寄せ合いながら、モニカへと微笑んだ。
結局のところ皆の幸せを考えると、このゲームは成り立たない。
婚約者との信頼関係を保ちつつ、守護者として活躍する。そうなれば良いと思い、ミランダやビアンカを気にかけてきたが、それはモニカが抱く幻想に過ぎなかったのだ。
「お二人で幸せを見つけられたようで、私も嬉しいです」
モニカも笑みを返しつつも、罪悪感が押し寄せてくる。皆の幸せを願って推し活などしなければ、このような結末でリアナの邪魔をせずに済んだかもしれないのに。
「それじゃ、教室へ戻ろうか」
立ち上がろうとしたブラウリオを見てモニカは「あっ……」と声を漏らした。
「どうしたモニカ?」
ルカに尋ねられて、モニカはたじろいだ。自分の今の気持ちを、幸せを掴んだ二組の前で吐き出してもよいものか。
「モニカ嬢。何か心配事がおありでしたら話してください。僕たちは親友ですよ」
「ロベルトお前、俺の役目を取るなよ! そーゆーのは幼馴染に一番に話すもんなんだよ!」
揉めだすロベルトとルカの間に座っていたミランダは、ぱちんっと扇子を手で握った。
「モニカ嬢が話せませんわ。お二人ともお静かに! ――さあ、モニカ嬢。次はどのような問題を解決いたしましょうか?」
ミランダはまるでモニカの心配事が分かるように、優しく微笑んだ。
もともとこのメンバーは、リアナとブラウリオの未来に懸念があり、まとまった関係だ。
今、この状況で次に心配なことは、少し考えればモニカでなくてもおのずと見えてくる。
(ルカ様とロベルト様に、考え直してほしいというお願いではないもの。もしも本当に私が、リアナちゃんの邪魔をしていたなら、今度こそ守護者を得られるように協力しなきゃ)
「あの……。差し出がましいですが、リアナちゃんがまた初めから守護者探しをしなければいけないと思うと心配で――」
リアナの好みさえ教えてくれたら、候補のリスト作成など手伝えることはいくらでもある。
そう伝えようとしたが、リアナはモニカの言葉を遮るように満面に笑みを浮かべた。
「ううん。私も守護者は一人だけって決めていたから、気にしないで!」
「えっ……?」
彼女の笑顔に対して、顔をこわばらせたのはモニカ一人だけではなかった。





