78 婚約者たち7
婚約の儀式を終えたあとの二人は、宣言どおりにリアナ、ブラウリオ、ロベルト、ビアンカ、モニカの五人を友人として招待客に紹介した。
ルカとミランダは、カリストもぜひと提案したがカリストは教師だからという理由で断っている。
そのような理由で断る必要はないと思うが、モニカの推測ではカリストはあまり目立ちたくないようだ。一年生の時の王宮でのパーティーでもそうだったから。
カリストのことは残念であるが、本人の希望なので仕方ない。とにかくこれで、聖女と王太子を支える勢力があることを貴族に周知することができた。
これでリアナは今までよりも、安心した環境で守護者選びをすることができるようになるはずだ。
(これで厳重にリアナちゃんを守る体制が整ったけれど、実際のところ殿下さえ不安に思わなければ、それほど大変なことにはならないのよね)
このゲームはそれほど辛辣な展開はなく、守護者たちとの交流がメインだ。
ラスボス以外では、強大な権力に立ち向かう必要もないし、政治的なことで頭を悩まされる必要もない。立ち向かう相手はほとんどが、親族だ。
実際の人生では貴族社会で苦労することもあるだろうが、それがゲームに及ぼす可能性は低い気もする。
(ルカ様の件についてはイサークが一応は謝罪したし、ロベルト様の家族問題も今の二人なら乗り越えられそう。それから殿下のストーリーはなんだったかしら……)
ブラウリオには王位を争う兄弟もいないし、国王との仲が悪いわけでもない。それに加えて、王家は聖女との婚姻を推奨しているので、これでもかというほど順調な人生だ。
(それでも確か、自分は王位に相応しくないと悩む時期があったのよね。そのせいで、協力的だった国王陛下との間に溝ができてしまった……)
詳しい理由は恋愛対象として攻略しなければ知ることができない様子だったが、ヒロインがカリストに相談することで、解決の糸口を見つける展開だったはず。
(忘れていたけれど、殿下はゲームの中でも先生が大好きだったのね)
ゲームの内容を思い出したモニカは、ふふっと笑みを浮かべた。その様子に気がついたカリストが、モニカの顔を覗き込む。
「どうした?」
「いいえ。先生にはまたお世話になりそうな気がして」
「なら先に、お礼をもらっておこうかな」
「お礼ですか?」
なんだろう? とモニカが首をかしげると、カリストは優雅な仕草でモニカの前へと手を差し出してきた。
「俺と、初めのダンスを踊ってほしい」
「それは私が嬉しいことなので、お礼にならないと思いますよ?」
「双方が満足できる良いお礼だ」
これは単に誘うための口実で、お礼をもらうつもりなど無かったようだ。
カリストも、可愛い言い訳を使うことがあるようだ。
今日のカリストを見ていると、教師であることは忘れてつい、一人の男性として意識してしまう。それは今日だけのことではなく、徐々にそう意識する機会が増えている状況でもあるが。今日は特にそう感じる。
それはカリストが、モニカを学生ではなく女性として扱ってくれているように見えるからだろうか。
(今日みたいな日は、名前で呼べたら良いのに……)
現学生であるモニカに対して、カリストが名前呼びを許可するなど、そうとう特別な関係にでもならなければ叶いそうにない。
いっそのこと、イサークくらい厚かましい性格にでもなれたら、自ら「カリスト先生」と呼べただろうに。
入学前から知り合いのブラウリオが羨ましく思えてくる。
「それにしても、フエゴ卿。このような場で聖女様をご紹介くださるということは、もしや……?」
ダンスをするために移動していると、そのような声が聞こえてきた。
反射的にモニカが視線を向けた先にいたのは、貴族男性と言葉を交わしているルカとミランダだった。
「いいえ。俺はそれほど器用ではないので、公爵家とフエゴ騎士団のことだけに専念するつもりです」
悩みもせずにそう答えているルカを目にして、モニカの心臓はびくりと動いた。
(ルカ様が、守護者にならない……? 最も有利な位置にいるのに……?)
聖女と王太子を支える姿勢を見せたことで、リアナへのアピールは非常に大きなものとなったはずだ。
ロベルトよりも先に、ルカが二番目の守護者に選ばれるとばかり思っていたのに。モニカは混乱して頭が真っ白になった。
「モニカどうした……? 顔色が悪いぞ」
いつの間にかルカと目が合っていたようだ。ルカは慌てた様子でモニカのもとへと近づいてきた。
「ルカ様……。今のお話しは……」
「……? 守護者にはならないって話か?」
突然に話を振られたルカは、不思議そうに確認した。それに対してこくりとうなずいたモニカを見て、彼は気がついたように顔を曇らせる。
「あ……。もしかしてモニカ。俺に守護者になってほしかったとか?」
「はい……」
「うわ……マジかよ!」
ルカは大きな失敗でもしてしまったかのように、頭を抱え出した。モニカにとってルカの告白は衝撃的なものだったが、ルカとしてもモニカがそう思っていたこと驚きの事実だったようだ。
ルカはしばし頭を抱えて悩んでいる様子だったが、ついには諦めたようにため息をついてから、真剣な表情をモニカへと向けた。
「モニカが見たいもん全部、見せてやるって言ったのに……。悪い! これだけは譲れない。ミランダとの婚約の条件なんだ」
「婚約の……?」
「モニカと交流していい代わりに、守護者には絶対にならないでほしいって言われてさ」
(そんな……。守護者になるよりも、私との交流を選んだなんて……)
確かにルカはミランダと婚約することで、モニカとのお昼休みの交流を保守することに成功した。けれどそこに、明確な条件があったとは夢にも思っていなかった。
ミランダが急にモニカへ優しくなったのも、婚約の後押しをしたことへの感謝もあっただろうが、条件だったから。
ゲームの中では、攻略対象の婚約者たちは悲運に見舞われる。ヒロインが攻略対象と恋愛すれば結婚相手を奪われることになるし、ただの守護者になった場合でも家庭より聖女が優先される。夫を奪われたと感じるかもしれない。
ビアンカが粛々と嫉妬を募らせるタイプに対して、ミランダは嫉妬する感情に対して我慢ができないタイプだ。
そんなミランダが選んだのが、聖女に夫を奪われる未来よりも、幼馴染を受け入れて仲良くなることだったのか。
だからこそミランダは、モニカに対していつも熱意があったのだ。婚約の条件にまでなったモニカを繫ぎとめることは、ルカを繫ぎとめることと同義だから。
「ほんと、ごめん。俺にがっかりしたよ……な? モニカに嫌われるくらいなら俺……」
ルカは心の底から悔いているような表情で、モニカの顔を覗き込んだ。今ここでモニカが「守護者になってくれなきゃ嫌」と駄々をこねれば、ルカは婚約の条件を放棄して叶えてくれそうな。そんな危うさがある表情だ。
彼の後ろではミランダが、心配そうにこちらの様子をうかがっている。ルカが、モニカとミランダのどちらの望みを叶えるか。自信が無さそうに見える。
「……いいえ。ルカ様が選んだ道ですもの。これからも応援――」
と言いかけたモニカは、これまでと同じ気持ちでは駄目だと感じ、言い直す。
「これからもお二人の未来を応援しておりますわ」
「先生とダンスを踊るのは初めてですね」
カリストとダンスを踊りながらモニカはにこりと微笑んだが、カリストから返ってきた表情は心配するようなものだった。
「モニカはあいつが守護者になることを夢見てきたんじゃないのか?」
モニカの推し活について誰よりもよく理解しているのはカリストだ。なにせ、ルカを推すためにカリストを巻き込んだようなもの。
「そうなんですけど……。考えてみたらそれは私だけの夢で、ルカ様が守護者になりたいと言ったことは一度もないんですよね」
攻略対象は聖女のために存在している者たちで、聖女が求めれば当然のように聖女への情が芽生え、守護者として役に立ちたいと意識するのだと思っていた。
けれど実際のルカは違った。喧嘩するほど仲良くなったにも関わらず、リアナの守護者になりたいという感情は芽生えていなかった。
「先生が私に、そろそろモブに囚われるのは止めたらどうかと言ってくださったように、ゲームだからといって登場人物の未来を決めつけるのはよくないと気がついたんです」
だから、ゲームの中のルカではなく、今のルカの決断を応援したい。
守護者として称賛を浴びるルカの姿を見られないのは残念だが、今のルカにとっての幸せは別の所にあるのだろう。
その新たな幸せを掴むルカを、陰ながら見守っていきたい。
「そうか。俺も聖女には興味がない。モニカのことだけを考えて生きていけたら幸せだ」
そう言いながら彼は、握っているモニカの手を自身の頬へとすり寄せた。
カリストといえば、尖った冗談を言ってはモニカを困らせる人だったのに、いつからこのように愛おしそうな眼差しをモニカへ向けるようになったのか。
「……ブラウリオ殿下が嫉妬しますよ?」
「そうだな。たまにはブラウリオの相手もしなければな」
そう笑うカリストは、穏やかで幸せそうに見えた。
翌朝。メイドたちに登校準備を整えてもらっていたモニカはその間、花瓶に挿してあるカリストからの花束をぼーっと眺めていた。
(先生の思惑どおり、この花束の効果は絶大ね……)





