71 友人関係5
カリストを見送ってからブラウリオが扉を開けると、部屋の中ではリアナが不安そうに待っていた。
「リアナ」
「……ごめんなさい。聞こえてしまったの」
「問題ないよ。先生は、リアナがいると知りつつ話したんだから」
カリストは
秘密をブラウリオだけではなく、リアナにも聞こえるように話してくれた。大切な人に、リアナを認めて貰えたような気がして、ブラウリオは嬉しかった。
「ねえ、ブラウリオ。私たちで、先生に協力してあげましょうよ」
「……でも、学園に戻ればリアナが辛い目に遭うかもしれない。それに君は、貴族ばかりの場所が苦手なんだろう?」
カリストは、二人そろって登校しろとは言わなかった。まずは自分だけ登校して、他の生徒の反応を見つつ対策を講じる必要がある。
ブラウリオはそのつもりでカリストにうなずいた。しかしリアナは、決意したように真剣な眼差しを向けてくる。
「私も少しずつ慣れなきゃいけないわ。だって私……王太子妃になるんでしょう?」
「うん。今は隣国の王女の新しい婚約者を、王家の傍系から探している最中だけれど、俺との婚約は円満に解消される予定だよ」
この国の王家との婚約には常に『聖女と結婚する場合は、この婚約を破棄できる』という条件がつけられている。それほどこの国では、聖女が自由に相手を選べる環境が整っていた。
隣国もそれを承知しているが、国同士の繋がりは強めたい。傍系で良いから新たな婚約者を探してほしい、と連絡がきた。
「それなら私たちも、味方を作って地位を固めなきゃ。王太子妃の心得の本にそう書いてあったわ」
王太子妃教育がどのようなものか、概容が知りたいと彼女に言われたので、ここでの生活の暇つぶしになればと思い、ブラウリオは彼女に心得の本を渡していた。
しかし貴族社会に対して消極的なリアナが、まさかそのような考えを持つとは。
「けれど、俺はっ……!」
ブラウリオはまだ準備ができていない。守護者としてリアナを独占できる準備が。
自分は誰よりも努力しなければ認められない存在だということは、ブラウリオ自身が一番よく知っている。両親がそうだったから。
もっと精霊の力を強めなければ、リアナを独占する資格がない。
今の状況で学園に戻ったら、リアナはどう考えるだろうか。力不足を補うために、また守護者探しを再開するかもしれない。
もしも能力が強い守護者が現れたら、リアナは結婚相手を変える恐れもある。
「心配しないで。この前にしたブラウリオとの約束は守るから」
「本当に……?」
「本当よ。その代わり、女性の味方を作るくらいは許してほしいの。それがモニカちゃんなら、ブラウリオも都合が良いでしょう?」
つい先ほどまで、モニカに対しては敵対心を持っていた。カリストを独占し、リアナの気を引く。自分が大切にしている人を、奪い取る存在だと思っていた。
けれど、カリストの気持ちを聞いて考えが変わった。もしカリストとモニカが結ばれたら、四人で良い関係を築けるような気がする。
ブラウリオ一人では繋ぎとめ切れない二人を、モニカなら鷲掴みにするかのように繫ぎとめてくれるはず。
思えばモニカがいた頃が、一番充実した学園生活だった。
リアナを独占しきれないフラストレーションはあったが、女性二人が楽しそうにしている姿を見守るのは悪いものではなかったし、モニカの存在があればカリストは積極的にブラウリオに関わってきた。
モニカが個人授業を受けることになってからはリアナを独占できたが、彼女が笑う回数は減り、カリストともまた疎遠になった。
敵視しつつも、モニカがいなければブラウリオの心は満たされない。
勝手な理由で敵視しているにも関わらず、結局は自分一人ではどうにもならない状況を、モニカなら変えてくれるかもしれないと期待をしてしまう。
実に勝手な感情だ。そんな感情すらもモニカなら許して、救ってくれる気がする。
彼女は、女神よりも女神のようだ。ブラウリオは密かにそう思った。
翌朝。モニカ、ルカ、ミランダ、ロベルトの四人は、校門の脇に隠れてリアナとブラウリオの登校を見守った。
馬車から降りた二人は、思いのほか晴れやかな表情をしており。心配する学生に囲まれても、穏やかに笑みを浮かべながら対応していた。
「どうやら、心配するほどではなかったようですね」
「んだよ。元気そうじゃないか」
「私たちの苦労は無駄でしたの?」
モニカから聞いた話とは随分と差がある。二人が困っていたら飛び出す覚悟で待機していたルカたちだったが、その必要がまるでない二人に対して拍子抜けしている。
そんな中でモニカだけは、ちょっとした感動を覚えていた。
(すごいわ先生。前世では『ヤンデレ王子』とあだ名まで付けられていたブラウリオ殿下を、こんなに簡単に連れて来られるなんて……)
お見舞いへ行った時点で、彼はそこそこ病んでいるように見えたのに。リアナとブラウリオの二人だけで、ここまで復活できたとは到底思えない。
きっとカリストが、何かしらの助言でも授けたのだろう。いつもモニカに助言してくれるように。
カリストを見ていると本当に、ゲームの設定が無意味に思えてくる。
『そろそろ、モブに囚われるのは止めたらどうだ?』というモニカへの助言も、彼だからこそ言えた言葉。それを体現してくれているようで、とても頼もしい。
「俺たちは教室へ行ってようぜー」
ルカたちは興味を無くしたように、校舎へ向かって歩き出した。モニカもそれにならおうとしたが、ふとこちらに向かって歩いてくる人物に目が留まった。
「あっ、先生おはようございます」
「おはようモニカ。二人は無事に登校したようだな」
「先生のおかげです。殿下を説得してくださり、ありがとうございました」
羨望の眼差しを向けつつお礼を述べると、カリストは気まずそうに顔を歪めた。
「いや……。実は思いのほか手こずってな。モニカを利用してしまった……すまない」
「私ですか……?」
どういう意味だろうとモニカは首を傾げた。
「だが、俺の本心だということは覚えておいてほしい」
「何と言って、説得なさったのですか?」
「それは言えない」
カリストは、絶対に言わないと決意に満ちたような真剣な表情だ。そのように隠されると、逆に気になるではないか。
(私に関することで、殿下が登校を決意するかしら?)
そもそもブラウリオとはそれほど親しくないし、むしろ嫌われている気しかしない。そんなブラウリオが、モニカに関するどのようなことがあれば、ヤンデレ化を解除して登校するというのか。
考えれば考えるほど、この情報だけでは納得できない。
本当はもっとすごいことをしたのではないか。疑いの目を向けていると、カリストに肩を掴まれてそのまま身体を後ろ側へと反転させられた。
「せっ先生っ?」
「それより、聖女に会いたかったんだろう? 声をかけに行ったらどうだ?」
いつのまにかリアナとブラウリオは、学生たちへの対応を終えて校舎に向かって歩き始めている。二人が教室へ入る前に声をかけなければ、またクラスメイトに囲まれて話す機会が奪われそうだ。
「あっはい。先生また後で!」
モニカは軽くカリストに挨拶してから、リアナに向かって駆け出した。
「リアナちゃ~ん!」
「モニカちゃん!」
振り返ったリアナは、久しぶりに清々しい笑みを浮かべている。
やっとヒロインらしいリアナが戻ってきたようだ。モニカは嬉しくて、そのままリアナに抱きついた。
「モニカ嬢にも、心配と迷惑をかけてしまったね」
久しぶりの抱擁を終えてから三人で歩き出すと、真っ先にブラウリオがそう切り出した。
「そんな……。お二人が登校してくださって安心しました」
「それで、お詫びとお礼を兼ねて今日は、カリスト先生も誘って四人で昼食会でもどうかと思ってね」
「休憩室のお料理はとっても美味しいのよ。良かったら、毎日でも四人で食事したいわ!」
どうやら二人で、事前に考えてきてくれたようだ。
モニカたちへ気を遣えるほど心が正常に戻っていることが、さらにモニカの心を安心させる。
けれどモニカは、困りながら二人を見た。
「あの……。大変嬉しいお誘いなのですが、昼食はいつもルカ様とお約束をしておりまして」
今日も当然のように約束しており、バケットサンドも作ってきた。
ブラウリオは、ぽかんっとした顔でモニカを見つめた。
「その関係。まだ続いていたんだ……」
「最近はミランダ嬢も一緒なんですよ」
最近のモニカは新たな楽しみを見つけた。
今までは推しのCP相手といえばヒロインしかいなかったが、新たなCP『ルカミラ』を開拓したのだ。いや、勢い的にはミラルカかもしれない。
じれじれな雰囲気の二人を見るのが楽しすぎて、お昼休みが待ち遠しい。リアナたちには悪いが、これだけは譲れない。
「よろしければ、皆様と一緒に食べませんか?」
モニカがそう提案すると、ブラウリオはなぜか、悩まし気に額へ手を当てながら「先生……」と呟いた。





