70 友人関係4
その日の夜。カリストは上空からブラウリオの部屋のバルコニーへと降り立った。
そのまま扉を開けようとしたが、今日は鍵がかかっている。カリストは眉をひそめた。
『鍵は必ず開けておきますので、いつでもお入りください!』
そう言ったのはブラウリオだ。しかも彼はカリストを待ちわび過ぎているがために、いつ来てもカーテンが開けっ放しで、すぐにでもカリストを見つけられるようにしていた。
それなのに今はカーテンも閉め切っている。まるで何かを隠したいようだ。カリストならばカーテンの有無は関係ないと、ブラウリオも分かっているだろうに。
(おまえも、そういう歳になったんだな)
初めて、このバルコニーへ降り立ったのは、カリストが十六歳になったころ。風属性の精霊と契約し、空を飛べるようになったら、真っ先にしたいことだった。
一人で寂しくしていないか心配で、こっそりと中の様子をうかがうつもりで訪問した。けれど、ちょうど窓の外を眺めていたブラウリオと、うっかり鉢合わせしてしまった。
当時まだ六歳だったブラウリオは、子犬のように喜んで。また来てほしい、とせがまれ秘密の交流が始まった。
王太子と呪われた者が、このような交流をしてはいけない。
頭では理解していたが、当時はカリストも親から捨てられて日が浅かったので、孤独を埋めるために通い続けた。
次第にカリストの気持ちも落ち着き、ブラウリオも成長したことで、交流は徐々に減らしていったが。ブラウリオが学園へ入学したことで、交流が復活してしまった。
改めて年月の流れの速さを感じながら、カリストはガラス扉を軽く叩いた。
「ブラウリオいるんだろう? 話があるんだ。開けてくれないか」
室内へ向けてそう声をかけると、かちゃりと静かに鍵が開き、ブラウリオがバルコニーへと出てきた。即座に扉を閉めた彼は、居心地が悪そうに呟く。
「カリスト先生にお会いできて嬉しいです。お話とはなんですか?」
「聖女の体調はもう戻ったのだろう? いつまでも学園を欠席するのは良くない。明日からでも登校を再開したらどうだ」
「……リアナはまだ、神殿でお祈りするだけで精一杯なんです」
「そうか? 俺には健康そのものにみえるが」
直接会わずとも、この距離ならばこの部屋にいる聖女の体調くらいすぐにわかる。
ブラウリオは必死に隠していたものを見られたかのように、顔色が青ざめていく。
「リアナは俺が守らないと……。リアナが頼れるのは俺だけなんです……」
まるで何かに憑りつかれているかのように、ブラウリオはぶつぶつと呟きはじめた。
普段のブラウリオなら、国にとって悪影響があるようなことは決してしない。今の状況を正当化するために言い訳を繰り返すことで、心がかなり病んでいるようだ。
「一人で抱え込むな。お前たちには友達がいることを忘れたのか。モニカが心配している」
その言葉に対してブラウリオは、急に恨むような視線をカリストへと向けた。
「先生は……そんなにモニカ嬢が大切なんですか? 王室主催の舞踏会でモニカ嬢のパートナーを引き受けたことだけでも驚いたのに、この前は父上から禁止されている俺への謁見まで申し込むし……。俺は毎晩、先生を待っていたのに……やっと来てくれたかと思えば、モニカ嬢からの頼み事ですか? 俺のことなんか、もうどうでもいいんですよね! 俺にはもう、リアナしかいないんです……」
今までの不満をぶちまけるように言葉を並べ立てたブラウリオは、泣きそうな顔をうつむかせた。
(それなりに俺離れできていると思っていたんだけどな……)
学園での再会が悪かったのだろうか。カリストは小さくため息をつきながらブラウリオの肩を掴んだ。
「モニカは特殊な事情があるから、俺がついていてやらなければいけないんだ」
「それだけの理由ではありませんよね? めんどくさがりな先生が、進んで女性の世話を焼くとは思えません」
「ひどい言われようだな」
「俺は真剣に聞いているんです! 今の先生にとっては、モニカ嬢が一番大切なんですか?」
今日のブラウリオはモニカへの不満が尽きないようだ。この問題を先に解決しなければ本題には入れそうにない。
カリストは、わずかに顔が熱くなるのを感じつつ、ブラウリオから視線をそらしながらうなずいた。
「……そうだ。俺はモニカが大切だし、これからも傍にいたいと思っている」
「…………」
「だからといって、お前のことを大切に想う気持ちは変わらない。それともお前は、聖女さえいれば俺は必要ないのか?」
ブラウリオは、ハッと気づかされたように真面目な顔になった。
「モニカ嬢に先生を取られた気がして……すみません。言い過ぎました……」
彼は、国王夫妻が結婚してから十二年目にしてやっと生まれた王太子。今でこそ、立派に育ったブラウリオに甘い国王夫妻だが、当時は教育に失敗は許されないと躍起になり、幼いブラウリオを厳しく育て苦しめた。
両親からの愛情を感じられなかった者同士、カリストとブラウリオがお互いを求め合ったのは当然のことで。家族が消えてしまうような、焦りを感じているブラウリオの気持ちも理解できる。
けれどひな鳥はいつか巣立ち、新しい家庭を作るものだ。
「それに、不公平じゃないか。お前は聖女と結婚するのに、俺には一生独身のままでお前の傍にいろと?」
「えっあのっ、そういう意味ではなくて……。先生にそういった方ができるとは想像していなかったので……。あっ決して先生に魅力が無いと言っているのではなく――」
自分がいかに、独占欲にまみれた発言をしていたか。やっと気がついた様子のブラウリオは、恥ずかしそうに慌てふためている。カリストは思わず笑みをこぼした。
「このことは誰にも言うなよ。お前だから話したのだからな」
ぽんっと頭をなでると、ブラウリオはすっかりと正常な様子へと戻っていた。
異常なほどリアナを傍において保護していたのは、一度はカリストとの縁が切れそうになって得た、彼の防衛手段だったのだろうか。
モニカならきっと、ゲームの設定として納得するのだろうが、この世界でしか生きてことなかったカリストはそうは思わない。
もしかしたらカリストが、もっとブラウリオの心のケアをしてから去れば。そもそも両親が、ブラウリオに愛情を表していれば。彼にこのような感情は生まれなかったかもしれないのだから。
「はい。ちなみにモニカ嬢とはもう、心が通じ合っておられるのですか?」
「いや……。哀れに思うなら、学園へ来て見守ってくれないか」
カリストを見送ってからブラウリオが扉を開けると、部屋の中ではリアナが不安そうに待っていた。
「リアナ」
「……ごめんなさい。聞こえてしまったの」
「問題ないよ。先生は、リアナがいると知りつつ話したんだから」





