67 友人関係1
しかし、ロベルトは純粋に親友ができて嬉しいだけ。初めての親友との距離感が掴めていないだけだ。
そんな彼を拒絶するなんて、とてもじゃないができそうにない。
(でも、どうにかして気づいてもらわなきゃ!)
「あのっ、ロベルト様っ」
「はい、モニカ嬢。カバンをお持ちしましょうか?」
「いっいいえ、それは大丈夫です」
「では、手をお引きいたしましょう。人が多くて転んでしまうかもしれませんし」
「それも大丈夫ですっ。私こう見えて、しっかり歩けるタイプなんですよっ」
「しかしハイキングではお辛そうでしたよね。教室までたどり着けるか心配です。――そうだ。こうしましょう」
何を思いついたのだろうかとモニカが疑問に感じている間にも、ロベルトは軽やかにモニカを抱き上げてしまった。
「ろっ……ロベルト様!?」
さすがにこれには、周りの学生たちも注目し始める。朝から何事だと人が集まり出してきた。
(どうしてこうなっちゃうの。恥ずかしい……)
これでは親友ではなく、まるで守護者のようだ。
「私は大丈夫ですから、下ろしてください……」
「いけません。今朝のモニカ嬢は、馬車から降りる前から虚ろな表情をしておりましたよ」
「それは……」
リアナの事が心配だったからだ。それとロベルトとの距離感に困っているのもある。今現在は、後者が圧倒的に強い。
「あのっ……。ロベルト様と親友になれたのは嬉しいのですが、あまり過保護にされると婚約者様に申し訳なくて……」
やっと思っていることを伝えられた。賢いロベルトならば理解してくれるはず。そう思ったが、ロベルトは不思議そうに首をかしげる。
「僕と彼女は政略結婚です。お互いの義務を果たす以外は干渉しないと、事前に契約書も結んであります。彼女は騎士を目指しているので男性の仲間が多いですし、僕もモニカ嬢と親友になれました。至ってフェアな関係です」
(そうだったわ……。ロベルト様の婚約者様は、武術に長けているせいかサバサバとした性格で、ロベルト様に対してもあっさりしているのよね)
婚約者に認めてもらうミッションも非常に簡単で、ロベルトの父の願いでもある『家庭を壊さない』という条件の誓約書にサインさせられるだけだった。
けれどヒロインがロベルトを恋愛対象として攻略した場合は、彼女も漏れなく嫉妬に狂いラスボスと化す。
(あっさりした性格の婚約者様だけれど、本当はロベルト様が好きだったってことよね……)
人との交流を恋しく思っているようなロベルトに、それが伝わっていないことが、なんとも歯がゆい。
なんとかできないかと思っているところへ、モニカたちに声をかけてくる者がいた。
「モニカとロベルトじゃないか。朝からなんで目立ってるんだ?」
「おふたりともごきげんよう。どうかなさいましたの?」
二人のもとへとやってきたのは、ルカとミランダだった。ルカは若干、不満そうな顔をしており、ミランダは純粋に不思議そうな顔をしている。
よりによって、この二人に見られてしまうとは……。
「おはようございます、ルカ様、ミランダ嬢……」
「おはようございます。モニカ嬢の体調がすぐれないので、お運びしていたところです」
「まあ! 大丈夫ですのモニカ嬢?」
心配そうにミランダが顔を覗き込んでくるので、モニカはもう恥ずかしくてカバンで顔を隠した。
「本当に大丈夫で――」
「大変! 顔が赤いですわ! すぐに先生に見てもらわなければ!」
「えっ、私はだいじょう――」
モニカが止める間もなく、ミランダは前方に向けてビシッと手を挙げた。
「皆様! 急患がおりますので、道を開けてくださいませっ!」
公爵令嬢がそんな大声を出したら、他の学生たちは即座に動くほかない。モニカたちの行く先に綺麗な花道が出現した。
ますます、注目を浴びる形となってしまい、モニカはひぃぃと震え出す。
「皆様、急ぎますわよ!」
「おう! ロベルトのカバン寄こせ! モニカを絶対に落とすんじゃねーぞ!」
「承知しました。命に代えてもモニカ嬢をお守りいたします」
二大公爵家の令嬢令息が先陣を切り、その後から宰相の息子に抱きかかえられた、モブ寄りの脇役。
何かがおかしい。モブ寄りの脇役にこのようなことが起きるはずがない。
しかし、それを確認する術である、『女神とモブを調節する設定』を思い出す心の余裕など、今のモニカにはあるはずなかった。
「…………で。なぜ、俺のところへ連れてきたんだ?」
カリストは、息を切らせながら研究室へと駆け込んできた三人と、顔を真っ赤にさせてうつむいているモニカを見ながらそう述べた。
(そうよ……。なぜよりによって、先生のところへ連れて行くのよ……)
確かにカリストは救護的なこともできるが、専門は精霊の力についてだ。それに研究棟よりも、医務室のほうが近かったのに……。
「ビエント先生は半年以上もの間、体調の悪いモニカ嬢の個人授業を受け持っておられましたもの。先生が一番、モニカ嬢に詳しいと思いましたの」
「その判断は、正しいな」
カリストは、見ればすぐにモニカが健康だとわかったはず。それでもこの状況に合わせてくるようだ。
意味ありげに笑みを浮かべながら、モニカをベッドへと誘導した。
(先生、巻き込んでごめんさい……)
申し訳なく思いながらベッドへと寝かされたモニカの目には、三人の顔が映った。三人は息を整えつつも、顔には汗が滲んでおり、ミランダの頬には髪がぺたりと貼りついている。
品位を大切にするミランダまでもが、髪を振り乱しながらここまで連れてきてくれたのだ。
誤解であるとはいえ、本当に心配してくれたことが嬉しい。
「皆様。こちらまで連れてきてくださり、ありがとうございます」
「友人として当然のことですわ」
「やっぱモニカは、俺が見てねーとだめだな」
最近はミランダとも交流する機会が多いせいか、ミランダとルカはモニカの保護者のように感じることがある。
「ルカ卿ご心配なく。モニカ嬢は、親友の僕がお守りしますから」
「はあ? 幼馴染のほうが上だろ?」
「僕たちは心を通わせて親友となったんです。単に古くからの友人なだけのルカ卿とは比べ物になりません」
「幼馴染には絆があんだよ。ちょっと前に親しくなったお前には負けねー!」
「友人に期間など必要ありません。大切なのは、どれだけお互いをわかり合っているかです」
(なんで急に言い合いになってしまうのかしら)
そういえば親友となった時のロベルトは、幼馴染に対抗するような発言をしていた。二人の間でそのような会話でもしていたのだろうか。
「あの、私にとってはお二人とも――」
モニカが言いかけたところで、ミランダが「こほんっ」と咳ばらいをした。
「私から一言だけ申し上げますと、異性の友人は、同性の友人には勝てませんの。ですからお二人は、私よりも下ということになりますわね。ふふ」
あまりに説得力があるのか、はたまた公爵令嬢のオーラに圧されたのか、ルカとロベルトは悔しそうに口を噤んだ。
(久しぶりね、この感じ)
一年生の頃は、揉めるのはもっぱらルカとリアナだったが。
これほど友人を大切にしている人たちが、なぜリアナのお見舞いには行かなかったのだろうか。
息を切らせてモニカをここまで運ぶような熱い気持ちがあるなら、攻略度合など関係なく体が動いただろうに。
(もしかして、あの日は都合が悪かっただけなのかしら)
一度、断られたからといって諦めてしまうのはもったいない。なにせ乙女ゲームは、何度も何度も攻略対象に話しかけて、徐々に心を開いてくれる様子を楽しむものだ。モニカはプレイヤーではないが、その心持は見習いたい。
「お前らそろそろ、モニカを休ませてやれ」
カリストに追い立てられるようにして、部屋から出ようとしている三人に向けて、モニカは声をかけた。
皆の心がバラバラの時に、主要メンバーがこうして揃っている状況は貴重だ。このチャンスを逃したくない。
「お待ちくださいませっ。皆様にご相談したいことがあります!」





