66 リアナのお見舞い6
あきらかにブラウリオのテンションが下がっている。全くもって、いつもどおりだ。
(もしかして、私が過剰に考えていただけなのかしら)
リアナが結界の修復に失敗し、ブラウリオが周りに牽制するような態度を取った場面をみたせいで、バッドエンドに傾いているのではと心配していた。
けれど二人は恋人同士だ。たまには外泊することもあるだろう。特に、疲れていたり、何かを失敗してしまった時などには、側にいたいはずだ。
(お邪魔してしまったかしら……)
気まずさを感じつつ応接室へ案内されると、そこは華やかな雰囲気に包まれていた。
急いで用意したとは思えないほどの、お茶菓子や軽食が用意されており、カリストの訪問がよほど嬉しかったことがうかがえる。
「そろそろお腹が空く時間だと思って。二人とも遠慮せずに召し上がってください」
それからブラウリオは、先ほど話していたお茶を手ずから淹れて、二人をもてなした。わざわざ隣国から取り寄せた逸品なのだとか。
「美味いな」
カリストがそう呟くと、ブラウリオはぱぁっと花が咲いたように微笑んだ。
(ふふ。殿下は本当に、先生のことが好きなのね)
リアナいるときとの彼とはまた、違った好意の見せ方だ。まるでカリストを崇拝しているような、熱を帯びた感情。モニカはその感覚を知っている。きっとブラウリオにとってカリストは『推し』なのだ。
微笑ましい光景を眺めながら、モニカもお茶に口をつけた。
(わあ。ブレンドティーね。先生がいつも淹れてくれるハーブティーに雰囲気が似ているわ)
いつも適当に配合しているとカリストは話しているが、彼は元来、紅茶の茶葉よりもハーブのほうが好きなようだ。
それを熟知しているブラウリオのことが、少しだけ羨ましくなる。
(私も今度、先生がお好きそうなハーブティーを選んでみようかしら)
そうしてカリストが喜ぶよところを見てみたい。
「ちょうど王宮に、南部から有名なパティシエが来ているんです。こちらはそのパティシエが、有名になるきっかけとなったケーキだそうですよ」
続いてブラウリオは、並んでいるお菓子の説明を始めた。お菓子にまつわる逸話や、原材料の産地に関する事情まで。正直、お茶会では必要なさそうな情報まで、次々に出てくる。
まるで、一瞬でも会話を止めたくないかのように。
初めは、カリストに会えた嬉しさから来るものなのかと思ったが、次第にモニカは、そうではないのかもしれないと思い始めた。
そもそも普通は、このような日暮れに親しい友人が訪問してきたなら、お茶会ではなく晩餐に誘うはずだ。
それをしなかったブラウリオは、本当は二人に早く帰ってほしいと思っているのかもしれない。
それにモニカは、リアナへのお見舞いとして花束を持参している。お見舞いへ来たことは見れば明らかなのに、ブラウリオはそれにも目を背けている。
リアナをこの場に呼ぶ気配もなければ、お見舞いへ連れて行ってくれるわけでもない。
時間が立つにつれて、その不自然さが際立って見えてくる。
(どうしよう。話を切り出したいのに、殿下のマシンガントークが終わらないわ……)
いくら友人といえども、王宮の使用人もいる前で、ブラウリオの話を遮るのは無礼に当たる。
どうしたものかと困りながらカリストに視線を向けると、彼はお茶を飲み干したカップをテーブルに置いてから、ブラウリオを見た。
「少し落ち着けブラウリオ」
「あっすみません。嬉しくてつい……」
「今日は用事があって訪問したんだ。人払いをしてくれないか」
「はい……」
ブラウリオは言われたとおりに使用人を部屋から出すと、悪事がバレた子供のように顔をうつむかせた。
「それで、先生。用事とは……」
「神殿に聖女の見舞いへ行ったら、ここにいると教えられた。会わせてくれないか?」
そうカリストが伝えると、辺りが重い沈黙に包まれた。
(やっぱり殿下は、リアナちゃんの話題をそらそうとしていたんだわ)
それでもブラウリオは、重い口を開いた。
「……リアナには静養が必要です。今は会わせられません」
「悪い状態なら、俺が診たほうが良いと思うが」
カリストの適切な提案に対して、ブラウリオはますます居心地が悪そうに顔色が青ざめていく。
「体調は回復しているのですが……。その、精神的な休養が必要で……。リアナは結界の修復がうまく行かなくて、疲れているんです。そのような状態で大勢の人間に会えば、余計に負担がかかってしまいます」
リアナが結界の修復に失敗して倒れたと、すでに貴族の間で噂になり始めている。
けれどこのような時こそ、問題ないかのように振る舞うべきではないか。
モニカはそう思ったが、ブラウリオ自身も疲弊しているように見えて、言い出せる雰囲気ではない。
「――そうか。だが、神殿に迷惑だけはかけるな。神殿での祈りが途絶えると結界の穴がさらに増えて、聖女自身が苦しむことにもなる」
「はい。肝に銘じておきます……」
カリストがちらりとモニカに視線を向けた。
リアナの状態をもう少し詳しく聞きたいところだが、あまりブラウリオを刺激するのは逆効果だ。モニカはこくりとうなずいた。
「殿下。こちらのお花はリアナちゃんへのお見舞いです。ゆっくりご静養くださいとお伝えくださいませ」
「ありがとうモニカ嬢。必ず伝えるよ」
「それから殿下にもお伝えしたいことがあります」
モニカが真剣に見つめると、ブラウリオは圧倒されたようにたじろぎながら「なにかな……?」と返した。
「殿下には、困った時に相談できる仲間がおりますわ。ライバルではなく、これからの人生を支え合う仲間です。ですからどうか、お一人で悩まないでくださいね」
ブラウリオにとっては、他の守護者候補はリアナを奪うかもしれないライバルに見えているだろう。
けれど守護者は聖女を守るために、協力し合う関係だ。
もう少しブラウリオが周りを信用してくれたら、きっと彼自身の不安や重圧も和らぐ。そうなれば、バッドエンドに傾くことを防げるはずだ。
モニカは願うようにブラウリオを見つめたが、彼は社交辞令な笑みを浮かべるに留めた。
それから五日ほど待ってみたが、リアナとブラウリオが学園へ登校してくることはなかった。
カリストの話によると、お祈りのために神殿は訪問するようになったようだが、相変わらず寝食は王宮で行っているのだとか。
(今日も来なかったら、もう一度お見舞いへ行かなきゃ……)
学園ではすでに、結界修復の失敗に関する噂は影を潜め、聖女の不登校を心配する声が出始めている。ブラウリオは悪評を心配しているようだったが、彼が思うほど生徒たちは気にしていない。
そう思いながら馬車を降りようとしたところ、モニカの前にすっと手が伸びてきた。
「モニカ嬢おはようございます」
紳士の模範的な態度で、エスコートを進み出てきたのはロベルトだ。シワ一つない完璧な装いの彼は、ルカとは別の意味でキラキラと輝いて見える。
「あ……おはようございます、ロベルト様」
(今日も待っていてくれたのね……)
親友宣言をした翌日。ロベルトは約束どおり、一緒に登校しようと校門の前で待っていてくれた。
可愛い姿が見られるので、モニカも初めは楽しかったが、週をまたいだ今週になってもそれが続いているのだ。
(そろそろ止めてもらわなければ、婚約者様に申し訳ないわ)
しかし、ロベルトは純粋に親友ができて嬉しいだけ。初めての親友との距離感が掴めていないだけだ。
そんな彼を拒絶するなんて、とてもじゃないができそうにない。




