65 リアナのお見舞い5
「わかった。様子を見てこよう」
「ありがとうございますビエント卿! 女神様の祝福があらんことを」
「先生……。リアナちゃんの様子は……?」
想定よりもずっと早く戻って来たカリストを迎えながら、モニカは不安な気持ちを抱えながら尋ねた。この様子では、リアナに会えたとは思えない。面会を断られたのだろうか。
「まだ時間は大丈夫か?」
「はい。大丈夫ですけど……」
「それなら今から王宮へ向かおう。聖女はブラウリオのところで休んでいるらしい」
(やっぱり……。悪い方向にばかり予想が当たるわ……)
カリストは馬車へと乗り込むと、小窓から御者に行き先を伝えた。その様子を見守ってからモニカは「よろしくお願いします……」と頭をさげた。
「驚かないんだな。これもゲームのストーリーどおりなのか?」
「このゲームは、ヒロインの選択肢によってストーリーが変化しますので、想定される未来の一つになります」
この世界のゲームといえば、チェスかカードゲームか、スポーツばかり。乙女ゲームを説明するのは難しかったが、小説の途中でセリフを選ぶことができ、そのセリフによってキャラの感情が変化すると説明している。
「そうか」
カリストはその説明だけで納得した様子だ。
「あの……。先生は、ストーリーを詳しく知りたいとは思わないんですか?」
モニカはその都度、必要な情報はカリストに伝えているが、カリストはその情報を受け取るだけで、これから起こる未来を聞こうとはしない。普通は気になるものではないだろうか。
「モニカは、その知識を利用して事前に危険を排除しようとしているが、俺までその先入観を持って行動するのは危険だろう? 俺は知りすぎないほうが、モニカの知識では足りない部分を補えると思うんだ」
(先生はそこまで考えてくれていたのね)
確かにこのゲームは、彼らの人生の全てが語られているわけではないので、モニカが知らない部分も多い。それを先入観なく判断できるカリストの存在は非常にありがたい。
「頼りにしてます先生」
「ああ。いくらでも頼れ」
(ふふ。先生はいつもこう言ってくれるわね)
モニカが女神だと打ち明け、カリストが支えてくれると言ってくれた日から、カリストの態度は明らかに変わった。まるでゲームの中の守護者のように。
カリストも攻略対象の一人。リアナの守護者になるつもりはなかった彼だが、モニカの守護者になることは望んだ。
それは彼らが潜在的に、守護者となることを求めているからなのだろうか。
守護者になることは、彼らにとっては聖女へ向ける最大の愛情表現。聖女にとって特別でありたい。聖女を一生かけて守り、傍にいたいという感情の表れだ。
そういった役割である守護者に、なりたいと言ったカリストは――
そこまで考えたモニカは急に顔が熱くなり出した。
「モニカ、顔の体温があがってきな。熱でもあるのか?」
「いえっ。その……っ」
考えを見透かされたような気がしてモニカが動揺している間にも、カリストは向かい側の席から立ち上がりながら、モニカの額へと手を伸ばした。
(また……。先生には精霊の目でわかるはずなのに)
前にもこのようなスキンシップがあった。その時にもモニカは、カリストの恋愛ルートに入ったのではと心配していたが。二度も同じ考えに陥るとは。
(先生は本当に……)
そう思った瞬間。馬車が、がたりと大きく揺れた。
「きゃっ……」と悲鳴をあげかけたモニカだが、不思議と衝撃はやってこなかった。
ゆっくりと目を開けてみると、至近距離にカリストの顔が。
モニカの後頭部は彼の手によって保護されており、身体全体もふわっと風に包まれているような感覚だ。
(あ……。先生が魔法で衝撃から守ってくれたんだわ)
「大丈夫か? モニカ」
これほど大切に扱われたら、意識せずにはいられない。
「鼓動も早くなっているな。大丈夫、道が悪かっただけだ」
そして、モニカの体調の変化を詳細に把握できるのに、見当はずれな心配をしていることが少しだけ悔しい。
モニカがどう感じているかなど、少しも意識していないのだろう。
「せ……先生。近いです……」
「あっ、悪い……」
席へと座り直したカリストは、さすがにこの状況を察したのか、耳を赤くしながらモニカから視線をそらした。
モニカも気まずくて窓に視線を向けたが、よりによって同じ方向を向いてしまったために、窓ガラスに映るカリストと目があって、さらに気まずさがます。
(今はこんなこと意識している場合ではないのに……)
モニカはため息をつきながら、下を向いた。
王宮へと到着して馬車が止まると、警備の騎士が馬車へとやって来た。
「ようこそいらっしゃいました。本日は、どのようなご用件で」
「王太子殿下への謁見を申し込みたい」
「申し訳ございません。本日、王太子殿下は、どなたともお会いになりません」
「殿下とは個人的な友人だ。カリスト・ビエントが来たとだけでも伝えてくれないか」
騎士は、馬車に刻まれているレナセール家の紋章を見つめ、首をかしげてから「……承知致しました。お待ちください」と言い残して王宮へと入って行った。
(うちの紋章がわからなかったんだわ……)
伯爵家なのに、フエゴ公爵家に仕える家門なのに、父はフエゴ公爵の補佐官なのに、気がついてもらえなかったようだ。久しぶりに味わうモブの待遇……。
「知名度がない家門のため、お役に立てられず申し訳ありません……」
「うちも似たようなものだ」
(そういえば、先生と殿下ほど親しい間柄なら、騎士も先生を知っていても良さそうなのに)
騎士は明らかに、不審者を見るような目つきだった。カリストが王宮を訪問することはあまりないようだ。
「騎士様は、ちゃんと伝えてくださるでしょうか……」
「大丈夫だ。これが駄目でも、他の方法で入れる」
他の方法と聞いてモニカは即座に、普段のカリストを思い出した。
「まさか……。うちに来るみたく飛んで入るつもりですか?」
「いつもはそうしている。いちいち謁見の許可を取るのは面倒だからな」
「先生、自由すぎます……」
だから騎士はカリストを知らなかったようだ。
そのような訪問の仕方で済ませられていたとは、王宮の警備は大丈夫だろうか。
余計な心配をしていると、しばらくしてブラウリオが王宮から出てきた。
「カリスト先生!」
大好きなご主人様を見つけた子犬のような雰囲気で、ブラウリオが駆け寄ってくる。いつもどおりのブラウリオの様子に、モニカは少しほっとした。
「カリスト先生! 正式に訪問してくださるなんて嬉しいです!」
「たまにはな」
「ちょうど先生に飲んでいただきたいお茶が……」
カリストが馬車から降りるのも待てないのか、矢継ぎ早に話しかけてくるブラウリオ。
しかし、続いてカリストにエスコートされて馬車から降りてきたモニカを目に留めるなり、ぴたりと会話が止まる。
「王太子殿下へご挨拶申し上げます」
「あ…………モニカ嬢も一緒だったんだね。王宮だからって、堅苦しい挨拶はよしてよ。友達じゃないか」
「……ありがとうございます」
あきらかにブラウリオのテンションが下がっている。全くもって、いつもどおりだ。





