64 リアナのお見舞い4
カリストは恥ずかしさをごまかすように、話題を変えた。
「――それで、どうしてもリアナちゃんの様子を見に行きたいんです」
リアナとブラウリオが欠席したことと、お見舞いへ行きたいが神殿へ一人で行くのは不安だということを、モニカは話した。
お見舞いの同行者としてカリストを誘わなかったのは、完全モブ期間にあまりに頼りすぎていたので、申し訳なく感じていたからだ。
やっと人との交流が再会できたので、これくらいは自分で解決しようと思っていたが結局はうまく行かず、カリストへ話すことになってしまったが。
迷惑ではないだろうか。
心配しながらカリストを見つめると、彼は何でもない事のようにうなずいた。
「そうだな。モニカはうかつに神殿へ入らないほうが良さそうだ。俺が代わりに様子を見てこよう」
「いいんですか?」
「これも女神の活動には必要なんだろう? 手助けする約束だからな」
カリストはすぐにでも出かけるつもりなのか、椅子から立ち上がった。
「先生、本当にありがとうございます……」
クラスメイトでも担任でもないカリストが、わざわざリアナを見舞う必要はない。それでもカリストは、即座に動いてくれる。
彼の行動力にはいつも感謝しているが、彼の好意に対してモニカはなにも返せていない。その事実が、申し訳なさを募らせていた。
「あの……先生」
馬車の中でモニカがそう切り出すと、向かい側に座っていたカリストは「どうした?」と顔をモニカへと向けた。
「先生は、その……私にしてほしいこととかかありませんか?」
「急にどうしたんだ?」
「先生にはいつもお世話になっているので、お礼がしたいんです」
そう伝えると、カリストは意外そうな表情になる。
「そんなことを気にしていたのか? 学生を教え導くのが教師の勤めだ。ほかの学生と同じように接していて構わないよ」
「ですが、学園の授業の範疇を大幅に越えてますし、先生のお時間をかなり頂いておりますわ」
結界の穴が見つかれば夜遅くても連絡に来てくれるし、その情報収集や、訓練の結果をデータとしてまとめている時間を考えると、モニカ自身よりも『女神』に時間を費やしているはずだ。
「俺は好きでしているだけなんだが。そんなに気になるなら……」
カリストは何か、頼みごとを思いついたようだ。けれど、言いにくそうにモニカから視線をそらした。
「私にできることでしたら、何でもおっしゃってくださいっ」
「それなら……。今すぐでなくて良いが、いつか乳母に会ってくれないか?」
「ビエント男爵夫人に……?」
呪いのせいで家から追い出されたカリストを、保護し引き取ったのが当時カリストの乳母だったビエント男爵夫人だ。
カリストにとっては育ての親のような存在。そんな夫人に、なぜモニカを会わせたいのだろうか。
「乳母は俺が孤独に過ごしていないか、いつも心配しているんだ。そのせいか、何度かモニカの話をしたら喜んでな。会いたがっているんだ。女子学生を個人的に家へ呼ぶわけにはいかないと、話したんだが………やはり、止めておくべきだな」
カリストは途中で、自答しながら話を終了させた。教師と学生として超えてはいけない一線だと思ったようだ。
(でも先生は、夫人を安心させたいのよね?)
もしもモニカに婚約者がいれば、このお願いは少し困ったかもしれない。
けれど今のモニカには、男性の家を訪問しても嫌がられるような相手はいない。この歳ごろの貴族令嬢では考えられないほど、自由な身だ。
「私なら構いませんよ?」
「迷惑ではないか?」
「私も、先生を守ってくださったビエント夫人に、お会いしてみたいです」
家門の犠牲になったカリストが、人生に絶望することなく教師としての人生を歩めているのは、きっと夫人が愛情をもって育ててくれたからだろう。
そんな素敵な方に会えるなら、モニカとしても嬉しい。
「ありがとうモニカ。その……親孝行みたいなことはしたことがなくてな……。乳母もきっと喜ぶよ」
こんなに照れくさそうに喜ぶカリストを見るのは初めてだ。
(ふふ。先生もこんな無垢な笑みを浮かべられるのね)
まるで、ブラウリオがカリストに向けるような純粋さが感じられる。ブラウリオのあの雰囲気は、慕っているカリストに似たのだろうか。
親しい二人の間で交わされていたかもしれないこの笑顔を、モニカにも見せてくれた。カリストには、より心を開いてもらえたような気分になる。
けれど、ブラウリオを思い出したせいで、モニカの心は徐々にまた不安で満たされていく。
(殿下、どうか穏やかなお心を保っていてください……)
「モニカは馬車の中で待っていてくれ」
「わかりました。よろしくお願いします先生」
神殿に到着しモニカを馬車へ残したカリストは、一人で神殿の中へと入った。
もう日も暮れようとしている時間なので礼拝堂へと向かう回廊も、帰りがけの信者がぽつぽつと歩いているだけ。
カリストにとっては好都合だ。足早に歩いていると、向かい側から一人の神官がやってきた。彼は、眉をひそめながらカリストを呼び止めた。
「ビエント卿、お久しぶりです……。本日はどういったご用件で?」
カリストが呪われているという事実を知るのは、神殿の中では教皇と先代聖女だけだ。けれど、その禍々しいオーラでも感じ取っているか、神官にはいつも歓迎されない。
「今日は教師として来た。聖女が授業を欠席していたが見舞えるか?」
そう尋ねると、神官は明らかに困ったような顔つきに変わる。
「それがその……。お会いできる状況では……」
「そんなに悪いのか? 守護者を得たばかりだし、力のバランスが乱れているのかもしれない。俺なら診察できるから、通してくれないか」
神殿は聖なる力には精通しているが、精霊の力についてはカリストのような者のほうが詳しい。先代聖女と守護者たちの調子が悪い場合にも、カリストはたびたび呼ばれていた。
別におかしな申し出でもないはずだが、神官はそれでも渋っている。
「他に何か問題でもあるのか?」
そう尋ね直すと、神官は辺りを見回して人がいないことを確認してから、カリストに耳打ちした。
「実は昨夜、聖女様はお帰りにならなかったのです。王宮からは、守護者様のもとで休まれていると連絡が参りましたが、今の時間になってもお帰りになりません。私ども心配しておりまして……。今日の礼拝堂でのお祈りは先代聖女様にお願いしたのですが、これが何日も続きますと……」
神官は非常に困っている様子で、そう打ち明けた。
国の結界を維持するためには毎日、聖女が礼拝堂で祈りを捧げる必要がある。その祈りは力を多く消費するので、高齢の先代聖女にはもう荷が重い。
このままリアナが神殿に戻らなければ、結界の穴がどんどん増えることになってしまう。
(モニカが心配していたのは、これか?)
「ビエント卿でしたら、王太子殿下にお会いできますよね。どうか聖女様にお戻りくださるよう、お願いしていただけませんか」
神官は、神にでも縋るような目でカリストを見つめた。その眼差しを、カリストは冷ややかな顔で受け止める。
いつもは穢れた者として神殿に入れたがらないくせに、困った時だけ頼ってくる。神殿の態度にはいつも呆れていた。
カリストには関係のない話なので、いつもなら断っている。けれど、リアナが神殿に帰っていないと知れば、モニカは余計に心配するだろう。
神殿の思いどおり動くのは気に食わないが、モニカのためだと思えば腹も立たない。カリストは素直にうなずいた。
「わかった。様子を見てこよう」
「ありがとうございますビエント卿! 女神様の祝福があらんことを」





