60 夜の活動2
カリストとモニカは闇夜に紛れながら、目的地の森の中へと降下し始めた。
「あの辺りに、結界の穴がありますわ」
「情報どおり、かなり大きいな」
この世界の魔獣は、地の底から湧き出ると言われている。そのため、魔獣から国を守る結界は、上空からドーム状に覆うのではなく、地面に張り巡らされていた。
今は、先代聖女が維持してきた結界をリアナが引き継いでいる。けれど、リアナは守護者をまだ一人しか得ていないので力が弱い。聖女の代替わりの時期はいつも、穴が開いてしまうのだ。それがゲームのミッションでもある。
結界を目視できるのは、女神か聖女か精霊のみ。結界の穴を確認し神殿へ報告するのはもっぱら、精霊と契約している騎士の役目だ。
カリストはいつも、モニカに結界の穴の情報をくれるが、彼自身で穴を見つけるにも限界がある。きっと、各騎士団から上がった情報を得る手段を持っているのだろう。
(そんなことができるなんて、やっぱり先生は陰の実力者なのかしら……)
ゲームでもカリストは、ヒロインが楽にクリアできるように様々な情報をくれる役割だった。その設定を維持していられるのは、情報を多く持てる立場ということだ。
すでに結界の穴の前には、リアナとブラウリオが到着していた。モニカたちは、近くの木の陰に隠れて、そっと様子をうかがった。
「リアナ、あまり無理しないで。一度に塞がなくても大丈夫だから」
「うん。心配しないで、ブラウリオ。無理しない範囲で頑張りましょう」
心配そうにうなずいてから、ブラウリオは手をかざしてリアナへと属性の力を送り始めた。彼は水属性。水色の煙のようなものが、リアナの身体にまとい始めた。
それと同時に、リアナは手を組んで祈りを捧げ始める。浄化魔法の時のようにリアナの前には魔法陣が出現した。
「 結界! 」
リアナが呪文を唱えると、魔法陣から結界の穴に向けて聖なる光が注がれ始めた。
(リアナちゃんがんばって!)
モニカも手を組み、リアナが成功するよう祈りながら見つめた。モニカが女神だというのならば、力を分け与えることができるかもしれない。
(穴が塞がってきたわ)
このままいけば、穴をふさぐことが出来そうだ。モニカも一生懸命に祈っていると、初めに限界の色を見せたのはブラウリオだった。彼は力の放出をやめると、リアナの肩を掴んだ。
「リアナ。今日はここまでにしよう」
けれどリアナは集中して聞こえていないのか、祈りを止めない。彼女の顔にはじわりと汗が滲んでおり、彼女自身も限界に近付いているのがよく見て取れる。
「リアナ! これ以上はいけない! 祈りをやめるんだ!」
ブラウリオに両肩を揺すられた影響で、リアナが形成していた魔法陣が消えてしまった。そこでやっとリアナは、我に返ってブラウリオを見た。
「あともう少しだったのに……! このままやらせてよブラウリオ!」
「いけないよ。俺もリアナも、もう結界を修復するほどの力は残っていないだろう?」
「でも……」
リアナは悔しそうに塞がりかけの結界の穴を見た。同時にブラウリオの言葉で気づかされたのか、リアナは力が抜けたようにブラウリオへと倒れかかった。
「リ…………!」
モニカは心配のあまり、とっさに木の陰から飛び出しそうになった。けれどカリストに後ろから抱き寄せられ、口を手で塞がれた。
「今は出ないほうがいい」
「でもリアナちゃんが……」
ルーに頼めば、周りに気づかれないようにしながら、少しでもリアナを回復させることができるはず。
「今のブラウリオは、気が立っているはずだ。下手にブラウリオと揉めると、こっそり手伝えなくなるぞ」
「えっ……」
どういう意味だろうかと思いながらブラウリオに視線をむけると、彼は悲痛な様子でリアナを抱きしめていた。
「リアナ! こんなになるまでがんばらないって、約束したじゃないか……」
「ごめんなさい……ブラウリオ」
リアナはもう自力では立っていることすらできないようだ。
近くにいた騎士が、心配そうに「大丈夫ですか。馬車までお運びいたしましょうか」と声をかけてくる。
けれど、その申し出に怒りを覚えた様子のブラウリオが、鋭い視線で騎士を睨みつけた。
「リアナに近づくな! リアナに触れていいのは俺だけだ!」
(殿下が声を荒らげるなんて……)
不満があったとしても、いつもそれを飲み込んだようにもの言いたげな表情を浮かべるだけのブラウリオが、このように感情的になっているのはゲームでも見たことがない。
まるで今のブラウリオは、周りの騎士たち全員が敵に見えているかのようだ。
(先生は、このような殿下の一面をご存知だったのね……)
二人の関係はモニカが思っているよりも、深いプライベートにまで及んでいるのかもしれない。
結局、ブラウリオがリアナを抱きかかえて運び、その後を騎士たちが怯える様子で下山していった。
なんだか見てはいけないものを見てしまった気分になりながらモニカは、残りの結界の穴を完全にふさぎ、カリストに送られて邸宅へと戻った。
「聖女はまだ守護者を一人しか得ていない。ブラウリオが一人で彼女を守らなければならないから、ナーバスになっているのだろう。あまり気にするな」
モニカを部屋のバルコニーへと降ろしたカリストは、慰めるようにモニカの頭をぽんっとなでた。
「はい……。今日もありがとうございました、先生。気をつけてお帰りくださいませ」
「ああ。また明日な。冷えただろうから温かくして寝るんだぞ」
(むしろ、先生の体温でぽかぽかなんですけど……)
そんなことを言ってしまうと変態と間違えられそうなので、モニカはおとなしくうなずいてからカリストを見送った。
月の光に照らされるカリストの薄緑の髪が妖精のように神秘的。この光景を見るのが、モニカは好きだったりする。
彼が見えなくなってから部屋へと戻ったモニカは、マントを脱ぎながらため息をついた。
「モニカ疲れちゃった?」
心配そうに顔の前に現れたルーに、モニカはにこりと笑みを浮かべた。
「ううん。大丈夫よ。先ほどのことが気になって……」
結界の穴を塞ぐために力を使ったので多少は疲れているが、リアナのように歩けないほどではない。これもカリストとの訓練の賜だ。
モニカが気になっているのは、ブラウリオの態度もそうだが、リアナについてだ。先ほどリアナが使った結界魔法では、モニカもリアナが上手くいくように祈ったにも関わらず、効果が出ているようには見えなかった。
「ねえ、ルー。聖女は、女神への祈りによって力を発動させるのよね?」
「うん。そうだよ」
「それならどうして、私の力でリアナちゃんを強化できないの?」
「それはね。聖女が祈りを捧げている女神が、モニカではないからだよ」
(今……、とんでもない爆弾発言を聞いたような……)
モニカはてっきり、この国で信仰している女神が自分なのだとばかり思っていた。カリストもきっとそのつもりでいるからこそ、呪いとその歴史について話してくれたのだろう。
それを今さら、違いましたなんて言われても……。モニカは混乱する頭を抱えながら、質問した。
「えっ……あの……でも、私は『女神の再来』なのよね? この地を救った女神ではなかったの?」
「モニカは確かに、この地を救った女神さまだけど。天に帰ったあとにいろいろあって……」





