57 ルカの成長3
「なんで、魔法の授業でキャッチボールなんだよ」
ルカは面倒そうながらも的確なコントロールで、ボールをブラウリオへと投げた。元気が有り余っているルカのボールは強めだが、常に王子らしさを損なわないブラウリオは、優雅な仕草で受け取る。
「属性魔法は人それぞれ使い方が異なるから。共通して言えることは、コントロールが必要ってことだね」
自由奔放な精霊による精霊魔法は、さまざまなパターンがある。カリストのように呪文なしで発動できるものもあれば、逆に長ったらしい呪文が必要な場合もある。それは全て発動の元となる精霊の好みによって決められるようだ。
そのため、授業で魔法の使い方を詳細に教えるのは難しい。力の制御方法や、属性の仕組み。そしてブラウリオが話したように、魔獣へ確実に魔法を当てるためのコントロールなど。
そのほかは、カリストが学生ひとりひとりにアドバイスをすることになる。
「今日は初めての選択授業ですし、基礎作りばかりなのは仕方ありません」
ブラウリオが投げたボールを受け取ったロベルトは、教科書に載せられるような完璧なフォームで、ルカへとボールを投げた。
「はあ……。早く精霊と契約して、モニカに見せたいのによ……」
「一年生のうちに精霊と契約できたのは、殿下だけですから」
精霊と契約するには、精霊に気に入ってもらえるまで、ひたすらオーブで召喚してお願いするしかない。気に入ってもらえる確率はさほど高くないと言われているので、下手をすると学園を卒業しても精霊と契約ができない者もいる。
ブラウリオが一年生のうちに契約できたことは、非常に運が良かったと言えよう。
「二人も時期に契約できるさ」
それを自慢したりしないブラウリオは、すぐさま話題を変えた。
「それにしても、今朝は驚いたよ。ルカがまさか、ミランダ嬢と婚約するとはね」
「僕も正直、驚きました。ルカ卿は大人しく政略結婚するタイプには見えませんから」
「ルカはモニカ嬢のことが好きなんだと思っていたよ」
「モニカ嬢にお断りされたんですか?」
二人が矢継ぎ早に今朝のことを話し出したので、ルカは不貞腐れるように顔を歪めた。こんな表情をミランダに見られたら後で注意を受けそうだが、彼女はルカたちよりもずっと離れた場所で練習している。今は気を抜ける場だ。
ちなみにミランダの良いところと言えば、他人がいる場で注意しないところだろうか。一応は、次期公爵としての彼のメンツを立てている。その代わり、反省会という名目で放課後に彼女に付き合わされているが。
「うっせーな……。俺たちがそれぞれ結婚しても、幼馴染として大切だってモニカが言ったんだよ」
「つまり、モニカ嬢が描く未来に、ルカは居なかったわけだ」
「ずっとお友達宣言ですか。心中お察しします」
ルカ自身、ミランダとの結婚が避けられないことは以前から理解していた。
この婚約は国王を支える派閥が、より強固となるために決められたもの。ルカひとりの気持ちで、覆されるものではないからだ。
それでも今までやり過ごせていたのは、ルカの実力不足とイサークの優秀さが際立っていたから。
ルカとしては、イサークとミランダが結婚して、皆で公爵家を支えられたらと考えていたが、信じていたイサークには裏切られている。
現実を突きつけられたルカは、公爵を目指すと決意した。もうこの鎖からは逃れられない。
幼い頃からずっとミランダとの婚約を拒否してきたのは、モニカの存在があったからだ。
他に結婚したい相手がいるとルカは両親に言い続けてきたが、それが誰なのかを伝えることは叶わなかった。
心の中にはしっかりとモニカがいるのに、それを口に出そうとするとなぜか、煙が宙に散るようにモニカを認識できなくなる。
まるで、その子を選んではいけない、と神にでも言われているような気分だった。
そんな蜃気楼のように現れては消えるモニカを、自分の前にだけ現れる女神か天使のように思っていたこともある。
ルカだけが独占できる存在。当時のルカの環境では確かにそうだった。
けれど、貴族学園へと入学してから、そうではなかったと気づかされた。
教室で授業を受けるようになってからのモニカは、皆に愛される存在へと変わった。
いつもモニカの周りには人がいて、モニカは楽しそうで。徐々にルカだけが独占できないようになっていた。
必死に繫ぎとめようと、馬鹿みたいにリアナと張り合ったりもしたが、本当のライバルがカリストであることに気が付いたのは、ハイキングの時だ。
「先生と乗馬がしたい」とモニカが願った時には驚かされた。
モニカはいつもルカに寄り添い、ルカの希望を叶えてくれる子だったから。
彼女が望みを口にする時ですら、ルカにとって必要なことばかり。
モニカが願うことは何でも実行してきたつもりだったが、それは全てモニカがルカを成長させるためにしてきたことに過ぎなかったのだ。
そんなモニカが自身の望みを口する相手は、ルカではなくカリストだった。
モニカはたびたびカリストの話をしていたのに、実際にこの目で見るまで気がつかなかったことに、笑いすら込み上げてきた。
モニカが体調を崩して、カリストの個人授業を受けるようになってからは、ますますカリストとの仲が深まっていくように見えた。
ルカは、自分もモニカのために何かしたかったが、時計塔で会う以外にはうまく行動できなかった。
モニカはもう自分を見てくれない。そんな諦めにも似た思いを感じつつも、モニカが望んだ公爵家を継ぐ望みだけは実行しようと、努力し続けていた。
そのために避けて通れないのが、ミランダとの結婚。徐々にミランダを受け入れつつも、婚約の決意ができなかったのは、モニカとの関係が消えてしまうのが怖かったからだ。
ルカはこれまで、モニカに依存してきた。『モニカが喜ぶ顔』というご褒美がなければ、何もやる気が起きない。モニカとの関係が消えてしまったら、きっとモニカと約束した公爵位も投げ出してしまうだろう。
けれどモニカは昨日、ルカに約束してくれた。幼馴染として大切な気持ちはずっと変わらないと。
それが、婚約を決意させる原動力となった。
「俺とモニカは、愛とか結婚とか、そんな薄っぺらい関係じゃねーんだよ」
「愛し合う夫婦よりも上の関係ってあるんですか?」
「結婚しなければ、全てを手に入れられないじゃないか」
「そーいうのじゃなくて、しちゅりぴある的な?」
「それを言うなら、スピリチュアルです」
「随分と崇高な負け惜しみだね」
「うっせー! お前らには一生わかんねーよ!」
お昼休み。
モニカは、いつもどおりに時計塔へと向かった。もうここへは来ないと宣言したばかりなのに、完全にルカには敗北した気分だ。





