56 ルカの成長2
(婚約のお祝いって、私が差し上げるほうでは……)
なんだか罠のような気がして、モニカは気が進まない。
けれどこのような大勢のクラスメイトがいる場面で歩み寄られたら、下手に拒否するとあらぬ噂を立てられるかもしれない。「幼馴染を奪われて怒っている」と。
そうなれば、ルカを巻き込んでしまう。モニカは仕方なく、ミランダに応じた。
ミランダのあとをついて廊下を歩きながら、モニカはゲームの内容を思い出していた。
このゲームにおいて『攻略対象の婚約者』とは、実に危うい存在だ。攻略対象を守護者として迎える場合は、最終的に攻略対象の婚約者にも認められ、ヒロインにとっては同性の仲間ような存在となる。
しかし、攻略対象を恋愛対象として攻略する場合は、その先の展開がある。
一度は守護者になることを認めるも、ヒロインと攻略対象の仲を次第に嫉妬して足を引っ張るようになる。そんな婚約者に嫌気を差した攻略対象が、さらにヒロインへの想いを募らせ、二人の仲は深まっていく。
最終的に婚約者はラスボスと化す。婚約者を完全に打ちのめしてハッピーエンドを迎えるのだ。
(ゲームなら見過ごせた展開も、実際のミランダ嬢を目にしてしまうと気の毒よね……)
嫉妬するほど大好きだった婚約者をヒロインに奪われるのは、さぞ辛かっただろう。それはもう、世界をぶち壊したくなるほどに。
けれど幸いなことに、リアナはルカを恋愛対象には据えていない。モニカがゲームで見ていたような、病んでいるミランダを見なくて済む。
(あとは私を、害がない幼馴染だと思ってもらわなければ)
初めて呼び出された時はきっと、女神のオーラの影響で、モニカがルカを奪う存在だと認識されてしまったのだろう。だからヒロインみたいな、状況になってしまった。
女神のオーラを抑えている今ならきっと、あの時よりも冷静に話し合えるはずだ。
空き教室へと入って二人きりになると、ミランダはどさっと崩れ落ちるようにして、モニカの前へと座り込んだ。
「モニカ嬢! 一年生の時は、無礼なことをしてしまい大変申し訳ございませんでしたわ!」
急に謝罪を始めたミランダは、切羽詰まった様子で瞳を潤ませながらモニカを見上げてくる。
「えっ、あの……」
「これからは、ルカ様とのご関係を邪魔したりいたしませんから、どうかお許しくださいませ!」
ルカに、床に座るのははしたないと指導するミランダが、わざわざ床に座り込んでまでモニカに謝罪するとは。
(純粋に、謝罪するために連れてきたの……?)
信じられない光景に、モニカはぽかんとしながらミランダを見下ろした。
その姿が、ミランダにとっては余計に不安が募るものだったようだ。震える手を床に付けて土下座しそうになったので、モニカは慌てて彼女の手を取った。
「あのっ、私は怒っていませんので。椅子もありますし、座って話しませんか?」
ここで土下座などさせてしまったら、モニカは『悪役令嬢』にシフトしてしまいそうで怖い。
それにあの時はひどい目に遭わされたが、モニカも勘違いをしてしまったので、そこまでの謝罪は不要だ。
「ああ……。なんてお優しいのかしら。ルカ様がおっしゃっていたとおりだわ」
ミランダは、救いの手を差し伸べられて感動している様子。まるで女神でも崇めているような表情なので、モニカはどきりとして心の中でルーに話しかけた。
『ルー。私の設定、女神側に動いていないわよね?』
『だいじょーぶだよ! モニカはモブよりの脇役!』
どうやらミランダの感情の起伏が激しいだけのようだ。モニカは一安心しながら近くの椅子へミランダを導き、自分も腰を下ろした。
「見苦しい姿をお見せして申し訳ございませんでしたわ……。まずは、こちらをお受け取りくださいませ。私からと、両家から預かってきたものでございます」
「皆様からですか……。開けてみてもよろしいですか?」
「どうぞ。僭越ながら、ご説明させていただきますわ」
両公爵家がモニカに渡したいものとはなんだろうか。モニカは不思議に思いながらリボンを解いて箱を開けた。
初めに目に飛び込んできたのは、綺麗な花柄のレターセットだ。
「わあ。綺麗……」
「こちらは私からですわ。あの時は、モニカ嬢のレターセットを台無しにしてしまい、申し訳ございませんでした。お詫びの印として受け取っていただけませんか」
(そういえば、売店で購入したレターセットをぐちゃぐちゃにされたんだったわ)
それがきっかけでリアナと親しくなれたので、モニカとしてはあまり悪い思い出として残っていなかった。けれど、ミランダは気にしていたようだ。
「素敵な贈り物をありがとうございます。私、こちらのブランドの食器が大好きなんです。レターセットがあるとは知りませんでしたわ」
「ルカ様から伺いましたわ。謝罪の品なら、こちらのブランドがよろしいと。徹夜で職人に描かせたかいがありましたわ!」
「えっ……。こちらは、手描きなんですか?」
よく見れば、印刷とは思えないほど色のグラデーションが繊細だ。
「もちろんですわ。モニカ嬢へお渡しするものですもの、量産品など許されませんわっ! いつでもモニカ嬢へ贈り物ができるように、当家でブランドを買収させていただきましたの」
(どうやら職人さんに苦労をおかけしてしまったみたいね……)
これは貴重すぎて、気軽に使えないやつだ。本来の目的は諦めて、額縁に入れて飾っておかなければ。
(この世界の公爵令嬢もスケールが違うわ……)
さまざまな作品でこのような場面を目にしたことがあるが、まさか自分が遭遇するとは思いもしなかった。
モニカは驚きつつも、先ほどのミランダの言葉を思い出す。このブランドを推薦したのはルカだと。
「ところで、ルカ様にお話しされたのですか……?」
ミランダにとっては隠しておきたい話だろうに。
「ええ。ルカ様にはお叱りを受けましたが、謝罪方法を一緒に考えてくださいましたの」
正直に話したことで、ルカとの信頼関係がより深まったと。ミランダは嬉しそうに話してくれた。
婚約を渋っていたルカが、ミランダを受け入れるだけでなく、面倒を見るほど親しくなったようだ。
(わあ! 今日も推しが成長しているわ)
昨日までは幼馴染離れしたくない様子だったのに。ルカは急に成長するから目が離せない。
「そうでしたか。正直な心をお持ちのミランダ嬢が、ルカ様のご婚約者で私も嬉しいですわ。ご婚約おめでとうございます」
「ルカ様の大切な幼馴染であるモニカ嬢に認めていただけて私、感激ですわ! どうぞこれからも、ご指導のほどよろしくお願い申し上げます!」
ミランダは怒る時も迫力があるが、嬉しい時も圧倒されてしまう。そして一体なにを指導すれば良いのだろう。
モニカは曖昧に微笑みながら、レターセットを箱に戻そうとしたが、ふとまだ何か入っていることに気がつく。
(そういえば、両家からと言っていたわね)
箱に納められていたのは、デザイン画のようなものが二枚。一枚目がドレスのデザイン画で、二枚目がアクセサリーのデザイン画だ。
「こちらは?」
「こちらはフエゴ公爵家からのドレスで、こちらは当家からのアクセサリーですわ。婚約が決まったのが昨夜なもので、デザイン画となってしまい申し訳ございません。完成品は後日お贈りいたしますわ」
「あの。なぜ私に……?」
婚約が決まったなら、真っ先に作るべきは婚約式で着る二人の衣装だ。ミランダの行動力にも驚いたが、両家そろってどうしてしまったのか。
「モニカ嬢は、二大公爵家を救った恩人ですもの。私たちの婚約式には、ぜひこちらを着用して、皆様にモニカ嬢を紹介させてくださいませ」
「どういうことですか。私は何もしていませんが……」
「ルカ様を変えてくださったのは、モニカ嬢ですわ」
(あっ……)
そこまで言われてやっと、モニカはこの状況を理解した。
周りからは、次期公爵はイサークだと思われるほど、ルカは後継者として不足している部分が多すぎた。婚姻を結びたい両家としては、頭を抱えるほどの懸案事項だったはず。
モニカは、イサークが後に起こす事件でルカが傷つく場面を見たくなくて、公爵の信頼を勝ち取るために勉強をさせようと行動を起こした。
その結果。ルカは「公爵を目指す」とモニカに約束してくれたが。それが両家にとっては重要な変化となったようだ。
「感謝してくださるお気持ちはうれしいですが、私は応援しているだけで、実際に頑張っているのはルカ様ですわ。それに……、ミランダ嬢は私の影があるとお嫌ではないのですか?」
「私たちは、政略結婚ですもの。ルカ様のお心を独占したいとまでは思っておりませんわ。それにルカ様は昨夜、約束してくださいましたの。政略結婚相手以上には思えないが、家族として困っていたら必ず助けになると。直接は難しくても、ならず方法を見つけ出して守ると誓ってくださいましたわ。私、それだけでもう胸がいっぱいで……」
ミランダは大切な宝物でも抱え込むように胸元に手を当てた。婚約を渋っていた相手から、家族として大切にすると誓ってもらえたことは、よほど嬉しかったのだろう。
けれどモニカは、幸せそうなミランダの姿を見ながら青ざめる。
(ルカ様……。私の言葉、まるパクリじゃないですか!)
昨日の昼間にモニカが言った内容を、そのまま夜にプロポーズとして使うなんてどうかしている。
(ルカ様はこういった場面を適当に済ませる人ではないのに、どうしたのかしら……)
後で聞いてみようと思っているところへ、ミランダが続けた。
「ルカ様にとってモニカ嬢は、活力剤みたいなものなのです。何に対しても意欲を持てないルカ様が、モニカ嬢が関わると急にやる気がみなぎりますのよ」
「そうなんですか……?」
昨夜、急に婚約が決まったようなので、昼間のモニカとの会話によってルカは決意を固めたようではあるが。
「ええ。私は、幼い頃から知っておりますもの。幼馴染の話をする時だけは、私と楽しそうに話してくださることを。剣術の訓練を真面目にするようになったのも、モニカ嬢に良いところを見せたかったからですのよ」
「……知りませんでしたわ」
初めてバケットサンドを一緒に食べた時に、ルカの悩みを聞き、ちょっとしたアドバイスはした。ルカが訓練を真面目にするようになったのは、そのアドバイスが効いたのだと思っていたが。
(ふふ。小さなルカ様にも、女の子に良く見られたいという感情があったのね)
懐かしく思っていると、ミランダも昔を懐かしんでいるように微笑んだ。
「顔も存じ上げない貴女にずっと嫉妬しておりましたが、今ならその気持ちが恋心から来るものでは無かったと感じられますの。私はお二人の仲間に入って、一緒に楽しみたかっただけなのですわ」
「ミランダ嬢……」
初めて呼び出された時の彼女の怒りは、女神のオーラに当てられたものではなく、幼い頃からの鬱憤を吐き出したものだったのだろうか。
それがこの婚約によって、彼女の望む姿になったと。
ゲームの設定は確かに存在しているけれど、そこには個々の感情も複雑に絡まり合っているようだ。
「ですから公爵家存続のためにも、これからもルカ様との交流を続けてくださいませ。そして、たまには私も仲間に入れてくださると嬉しいですわ」
ここまで言われてしまったからには、今日のお昼も時計塔へ行かなければならないようだ。
(ルカ様もしかして、このために婚約したんじゃないでしょうね……)
モニカが人目を気にしたから、ルカはモニカを『ミランダの公認』にしたのだろうか。
大人になるために幼馴染の関係を一歩進めようとは話したが、モニカが想定した関係とはかなり異なる。
先ほどはルカが成長して喜んだが、急におかしな方向へ飛んでいくのもルカの魅力……。ルカの幼馴染離れにはもう少し時間がかかりそうだ。
けれど、やっとルカは、設定から抜け落ちていた婚約者を得ることができた。
――属性魔法の選択授業。
実際に属性魔法の使い方を学ぶこの授業は、基本的に野外の練習場でおこなわれる。
二年生から始まるこの選択授業。初めは基礎作りがメインだ。
それゆえ、ルカたちはキャッチボールをさせられていた。
「なんで、魔法の授業でキャッチボールなんだよ」




