55 ルカの成長1
(なぜここで、先生が出てくるの……?)
「先生は関係ありませんわ。ただ、あらぬ噂が立つとルカ様の爵位継承に悪影響が及ぶかもしれませんし……」
モニカの肩を掴んでいるルカの手に、力が込められる。
けれど、怒りに任せているような言葉と握力とは裏腹に、ルカは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「何で……。何でモニカはすぐに、俺の前から消えるんだよ……」
「え……」
「昔からそうだ。俺はもっとモニカと一緒にいたかったのに、モニカはいつも俺が目を離した隙にいなくなるじゃねーか。教室へ連れて行くにも苦労したし、一年生の半分以上も個人授業を受けただろ……。そんなに、俺といるのが嫌なのかよ……」
「違いますわ……。私ももっとルカ様と一緒にいたいですが、様々な事情がありまして……」
ルカを嫌いなはずがない。気づいてくれなかったのはむしろ、ルカのほうだ。
一緒に遊んでいても、ふとした瞬間に彼はモニカを忘れるし、学園内ではゲームの強制力が強いのか、全くモニカを認識してくれなかった。
モニカはルカとの友情を維持するためには、イメージアップアイテムを使い続けるしか方法がなかった。
(バケットサンドはアイテム効果が無いと思っていたけれど、実際はアイテム効果よりも、モブの影響が強すぎたってことよね……)
それでも完全モブよりはマシな状況だったことを考えると、長年に渡ってルカへバケットサンドを渡していたことで、じわじわ設定バーを動かしていたようだ。
なぜ設定バーとルカが連動しているのかは不明だが。
「事情ってなんだよ。あいつの研究室には毎日、通ってるくせに……」
(また先生を引き合いに出すのね……)
「こちらへも毎日、通っていましたわ」
「それを無くそうとしてんだろ。不公平じゃねーか」
ルカは不満でいっぱいのような表情を浮かべながら、「そもそもなんで、あいつにまでバケットサンドを作ってんだよ……。俺だけにしとけよ……」と、ぼそぼそと文句を言い始めた。
その呟きを聞く分には、どうやらルカはカリストと同等に扱われているのが不満で、さらに自分が下になるかもしれないと危惧しているようだ。
(もしかして……ルカ様。妬いているの?)
幼馴染を取られそうになって、推しが嫉妬している。人との交流よりも、剣を振り回していたほうが好きな推しが、モニカを取られまいと必死になっているというのか。
(可愛いわルカ様!)
モニカは大好物を目の前にしたかのように、キラキラと瞳を輝かせた。
「ルカ様っ」
「な……なんだよ」
「ルカ様は、これくらいで幼馴染の友情が崩れると思っていらっしゃるのですか?」
食い入るようにルカを見つめると、彼は少し照れたように視線をそらす。
「そーゆーわけじゃねーけど……」
「私たちにはいずれ婚約者ができて、いつかは結婚しますわ。いつまでも幼馴染を最優先にできないことは、ルカ様もお分かりでしょう?」
「…………」
「けれど、これだけは忘れないでください。私はどのような立場になっても、ルカ様のことは幼馴染として大切に想っておりますわ。ルカ様が困っていたら必ず力になります。直接は難しい場合でも、必ず方法を見つけ出しますから。少し一緒にいる時間が減るだけで、ルカ様の前から消えるわけではありませんわ」
今後、モニカがどうなるかは未知数だ。ふとした出来事でまた完全モブになるかもしれないし、押さえきれなくなるほど女神のオーラが強くなるかもしれない。
こんな不安定な存在では、ルカの隣にずっといて支えになるとは言えない。けれど、大好きな推しのために、どのような方法であろうとも応援はし続けるつもりだ。
「…………大人の考えを持てってことか」
「一緒に大人になるために、幼馴染の関係を一歩進めましょう」
ルカが公爵になるために協力するという約束を、裏切るわけではない。これもルカの将来のためには必要なことだ。
ルカならきっと理解してくれる。
祈るように見つめていると、彼は諦めたようにため息をついた。
「わかったよ」
翌朝。登校したモニカは、教室があまりに騒がしいことに驚いた。皆、噂話で盛り上がっている様子。
(何があったのかしら……?)
不思議に思いつつ席へ向かうと、リアナがこちらへと駆け寄ってきた。
「モニカちゃんおはよう。あの話、ルカから聞いた?」
「あの話……ですか?」
モニカはちらりと隣の席に目を向ける。ルカのカバンはあるが、姿は見えない。今日の午前中は属性魔法の選択授業があるので、すでに移動しているようだ。
昨日のことがあったので気まずい気持ちがあったが、モニカは少しほっとする。
「ルカ様がどうかなさいました?」
「モニカちゃん本当に知らないの……?」
リアナは困ったような顔で、言いにくそうにしている。
(どうしたのかしらリアナちゃん)
モニカが不思議に思っていると、教室の奥から華やかな声が聞こえてきた。
「ミランダ嬢! ルカ様とのご婚約、本当におめでとうございます!」
(えっ。ルカ様が?)
「リアナちゃん。ルカ様が婚約したんですか?」
「そうなの……。モニカちゃんが登校する前に、二人そろって皆の前で発表したのよ……」
「そうなんですね……」
(こんな大切なことを、人づてに聞くなんて…)
仲の良い幼馴染なら一番とは言わないまでも、直接ルカの口から報告されたかった。昨日はあのようなことを言ったせいで、ルカは距離を置いたのだろうか。
いや、それよりもモニカの設定が影響している可能性の方が高い。
時計塔では熱心に引き止めるようなルカだが、ゲームの影響が強い教室ではモニカに対する興味が薄れているはずだから。
(けれどルカ様は、昨日の話を真剣に受け止めてくれたのかしら)
理由は不明だが婚約を渋っていたルカの、後押しができたなら幸いだ。公爵家を継ぐには、伴侶は必ず必要となる。
「私はてっきりモニカ嬢がっ……」
そんな声がどこからか聞こえてきて、教室は静まりかえった。失言をしてしまったモブ令嬢が、慌てて口を手で押さえているのが見える。
(こんな時に限って、モブの声は大きく聞こえるのよね……)
けれどよく見れば、失言令嬢はミランダの取り巻き。わざと、失言したようだ。
これから、脇役なのに攻略対象と仲良くした者への断罪でも始まるのだろうか。
そもそもモニカは一度、ルカのことでミランダを怒らせている。きっと印象が悪いはずだ。
嫌な予感を抱えていると、重い沈黙を破ったのは、ミランダ本人だった。
「皆様、何か勘違いをしていらっしゃいますわ。モニカ嬢は、両家がお願いしたルカ様の学問の先生ですのよ」
ちなみに、礼儀作法の先生は私ですわ。とミランダは微笑む。
「まあ。そうでしたのね」
「そういえばいつも、ルカ様とご一緒に勉強をしていらっしゃいましたわ」
「モニカ嬢は学年一位ですもの。納得の人選ですわ」
外野令嬢たちが納得しているなか、モニカはぽかんとその様子を見つめた。
(……そんな依頼、受けてませんが?)
「モニカちゃんそうだったの?」
こそっとリアナに耳打ちされて、モニカはぎこちなく首を横に振った。
確かにモニカは、ルカの成績を上げるためにがんばってきたが、それはモニカ自身の意思。誰かにお願いされたわけではない。
しかし、困惑しているのはモニカたちだけではなかったようだ。
失言令嬢は焦ったように、再び口を開く。
「ですが……、ルカ様がいつもミランダ嬢を差し置いて、モニカ嬢ばかり気にしていらっしゃる様子なので、心配しておりましたわ」
「いらぬ心配でしたわねっ! モニカ嬢はお身体が弱くていらっしゃるのよ。幼馴染のルカ様が気を遣って当然ですわ!」
余計なことを言うなと言わんばかりに、ミランダは失言令嬢を睨みつけた。その姿は、虎がネズミを狙っているかのごとく、恐ろしい威圧感だ。
「も……申し訳ございま……せん」
失言令嬢は、今にも泣きそうな顔で、恐怖に怯えている様子。
(取り巻きと仲違いしてまで、なぜ私を庇うのかしら……)
ミランダはその後もぺらぺらと嘘を並べ立てて、モニカを擁護した。
そんなことをされる意味がわからない。彼女の性格ならば、ここぞとばかりにこれまでの恨みを晴らしただろうに。
いくら婚約が嬉しいとしても、モニカをかばう必要はないはずだ。
現実味がないこの空間で、ミランダは最後にモニカの元へと向かうと、極上の笑みを浮かべた。
「モニカ嬢。婚約のお祝いをお渡ししたいので、少しよろしいかしら?」
(婚約のお祝いって、私が差し上げるほうでは……)





