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表彰式を終えたルカは、真っ先にモニカを見つけて大きく手を振った。
「モニカ! 見ててくれたか?」
「はいっ! とても素敵でしたわルカ様! 皆様もお疲れ様です」
四人とも胸には、先ほどの表彰で受け取った記念のブローチをつけている。こころなしか、四人が成長を遂げたように見える。あの魔獣を倒したのはモニカだが、あの時の皆は自分ができることを精一杯やっていた。きっとそれが自信に繋がっているのだろう。
「ほら、リアナ」
「うんっ」
ブラウリオに背中を押されたリアナが照れた様子で、モニカとカリストの前に進み出てきた。
「あのね。モニカちゃんと先生にも、記念のブローチをいただいてきたの」
「私たちにですか?」
リアナの手のひらには、皆が付けているものと同じブローチが二つ。思っても見なかったお土産に、モニカとカリストは顔を見合わせた。
「それがさ。事前の打ち合わせの際にリアナが突然、モニカ嬢とカリスト先生にも記念のブローチを渡したいって、陛下に直談判を始めたんだ」
事情を説明し始めたブラウリオの隣で、リアナが顔を赤くする。
「リアナちゃんが?」
「あの時は必死で……」
貴族社会にいつも馴染めていない様子だったリアナが、最も緊張するであろう国王に、そのようなお願いをしていたとは。モニカは驚きを隠せない。
「陛下は渋っていたんだけど、ルカが自分の分をモニカ嬢に渡すと言い出してね。それなら俺はカリスト先生に渡すと宣言したら、陛下は「それは困る」と動揺し始めて」
それはそうだ。国王としては、王太子と未来の王太子妃を持ち上げたくて、このような表彰式を開いたのだろうから。
「結局ロベルトが、表彰台に上がらなかった者にも渡した例があると指摘して、陛下が折れたんだよ」
ブラウリオはとても楽しそうに、「父上が困っている姿を先生にも見せたかったな」と報告する。
カリストの『ジジイ』発言といい、ブラウリオの態度といい、二人は国王をあまり良く思っていないようだ。
リアナが、モニカとカリストの胸にブローチをつけると、花が咲いたように微笑む。今日の可愛いドレスと相まって非常に可愛い。
「モニカちゃん、これでお揃いだね!」
「はいっ。先生と私のためにありがとうございます、リアナちゃん。皆様」
このブローチは、ゲームのミッションをクリアした時に表示されるマークと同じ薔薇のデザインだ。
大きなミッションを、皆でやり遂げたような気分にさせられる。
「そんじゃモニカ、そろそろダンスしようぜ」
舞踏会の始まりを告げる音楽が鳴り始めて、ルカはモニカの手を握ろうとした。そこへ、すかさず割って入ってきたのはリアナだ。
「ちょっと待ってよルカ! 初めのダンスは大切な人と踊るんでしょう? 私がモニカちゃんと踊りたいわ」
「はあ? なんで女同士で踊るんだよ。モニカが恥ずかしいじゃねーか」
「恥ずかしくないわよ! 私この日のために、ブラウリオから男性パートを教わって来たんだから」
(殿下が教えてくれたの?)
本当は自分がリアナと踊りたいだろうに。初めのダンスを譲ってくれるとは思いもしなかった。
見直しながらブラウリオに視線を向けたモニカだが、やはりそれは勘違いだとすぐにきがつく。彼はいつものようにもの言いたげな視線をモニカに向けてくる。
「今日もモニカ嬢は大人気だね」
「恐れ入ります……」
リアナに好かれたいがために、無理して教えていただけのようだ。
居心地悪くモニカが縮こまっていると、ロベルトがため息をついた。
「このような場でまで、モニカ嬢を困らせてはいけませんよ。少しお待ちください、全員が全員と踊れるよう順番を書き出しますので」
勤勉な彼はいつでも筆記用具を持ち歩いているようだ。その姿をみてルカが嫌そうに顔を歪める。
「全員が全員って……。俺とお前も踊るのかよ……」
「もちろんです。不公平があってはいけませんから」
(ロベルト様……。その解決方法、少しズレてますわ……)
今回のロベルトの解決方法は難アリだったようだ。モニカが苦笑していると、ブラウリオがロベルトの隣にぴったりと身を寄せた。
「カリスト先生を入れるのも忘れないでね」
「承知しました殿下」
(ふふ。殿下は本当に先生がお好きなのね)
カリストに関わっている時だけは、ブラウリオが可愛く思える。
しかしモニカは、ハッと先ほどのカリストとの約束を思い出す。
(先生が私の守護者になると知ったら、殿下にまた恨まれるのかしら……)
リアナと仲良くするだけでも彼の嫉妬がすごいのに、カリストまでもとなったら一体どうなってしまうのか。
モニカの身体に、急に寒気が走った。
「ロベルト・スエロ」
「何かございますか先生」
カリストに声をかけられて、ロベルトは顔を上げた。
(さすがに先生は、遠慮したいわよね)
カリストが十五歳のお遊びに参加するとは思えない。ハイキングでの遊びも、モニカに付き合って仕方なく参加していたようだったから。
「今日は俺がモニカのパートナーだ。一番は俺にしろ」
「せっ先生までっ……!」
涼しい顔でそのような要求をするものだから、モニカは思わず声を上げた。
「先生ずるいぞ」
「そうよ、ずるいわ!」
「俺は舞踏会でのマナーを説いているだけだ」
苦情を述べるルカとリアナに対して、カリストは勝ち誇ったような笑みを向けている。
ロベルトによって鎮火したはずなのに、まさかカリストが油を投入するとは。
(どうしよう……)
こうなってしまったら、一体誰がこの場を納めてくれるのだろうか。
『ねぇ……。ルー』
再び誰が一番にモニカと踊るかで揉めだした皆を見ながら、モニカは心の中でルーに話しかけた。
このような時、冷静な第三者の存在がとてもありがたい。
『どうしたの? モニカ』
『私の周りって、なぜいつもこうなのかしら……?』
本来モニカは、リアナたちを遠くから見つめるだけのモブなのに、なぜかヒロインはモニカに対して冷静でいられなくなるらしいし、攻略対象たちも良くも悪くもモニカに注目している。
これがこれからも続くと、リアナの攻略に悪影響を及ぼさないか心配だ。
『あー、それはね。モニカが女神さまだからだよ』
『女神だから?』
『女神さまのことは皆、すがりたいほど大好きだもんね!』
大好きという言葉が当てはまるかは微妙なところだが、確かにこの国の人々は女神の存在を信じ、熱心に信仰している。
『一般的にはそうかもしれないけれど、私はモブなのに……』
女神ではあるが、モニカはゲーム内のモブであることも確かだ。初めは日常生活が不便なほどモブだったのに、ルカにイメージアップアイテムを渡してから世界がガラッと変わり、こうなってしまった。
『それじゃ、調節しちゃう?』
『そんなことができるの?』
『ほらっ。これで調節できるよ』
ルーが空中をぽちっと押すと、モニカの目の前にゲームのウィンドウのようなものが出現した。その画面には、とても馴染みがあった。
(思い切りゲームの設定画面だわ……)
ここが乙女ゲームの世界だとは理解していたが、モニカが思っているよりもゲームらしさがあったようだ。
そのウィンドウの中には、音量を調節する時のようなバーが表示されている。ミュートの部分に『モブ』、最大の部分に『女神』と書かれていた。
この世界の法則的には、モブの反対語は女神のようだ。
『モブ側につまみを調節したら良いのね』
『そうそう。でもこの調節は一学年で一回しかできないから慎重にね』
『わかったわ』
一学年で一度ならば、つまみの位置は慎重に決めなければならない。
(今の位置が中央だから、モブと中央の間くらいが良さそうね)
リアナがモニカに対して冷静でいられて、尚且つ、皆に認識されつつもさほど影響を与えない位置。
きっとこの位置だと目星をつけながら、モニカはバーのつまみに指で触れたが――、ちょうど同時にカリストがモニカの肩に手を置いた。
「――それで、モニカは誰と一番に踊りたいんだ?」
「へ?」
「最初の相手はモニカちゃんが決めることになったの。モニカちゃん、誰を選ぶ?」
リアナが潤んだ瞳で私を選んでと言いたげに、モニカを見つめてくる。非常に可愛らしくて今すぐ抱きしめたい欲求に駆られるが、今のモニカはそれどころではない。
(わ……私、重大な決断の最中なのですが……!)
「あの……。慎重に考えたいので、少しお待ちいただけますか?」
「うん。モニカちゃんの決断を信じてるね」
こくりとうなずいたモニカはもう一度、設定ウィンドウに視線を戻した。
(良かった。つまみは動いていないわ)
このまま慎重にモブ側へ移動させればミッション完了だ。
そう思った瞬間。
「やっぱ俺がいいよな?」
ルカがモニカの肩を抱き寄せたために、モニカの腕がぐらっと揺れる。
推しのスキンシップにこれほど困ったことが、今まであっただろうか。嬉しいはずなのに、泣きたいほど緊急事態だ。
「きゃっ! ルカ様待って!」
モニカの叫びも虚しく、つまみは大きく振り切れたのだった。
こちらで第一章終了となります。お読みくださりありがとうございました!
ブクマ、評価、いいね、誤字報告ありがとうございます。励みになりました。
第二章の準備に入りますのでしばしお休みさせていただきます。
開始しましたらタイトルでお知らせ予定です。
第二章はサブタイトルが変わりますので、把握のほどよろしくお願い申し上げます。
(話数カウントも途中からズレていたみたいなので修正予定です。こちらたぶん51話です)





