27 ブラウリオの提案1
「先生、失礼します」
「ブラウリオか」
教室ではあまり見られない、にこにこと無垢な笑みを浮かべて研究室へと入ってきたブラウリオは、慣れた様子でソファーへと腰かけた。
「今しがた、廊下でモニカ嬢に会いました。そちらの刺繍の作者は彼女だったのですね」
「……そうだ」
カリストは、心に引っかかりを感じながら返事をした。
それについては、以前にもブラウリオに質問されたので、モニカの作品だと話したことがある。その時の彼は、モニカを知らない様子だった。クラスメイトなのに。
しかもその時の会話は、忘れているようだ。
昨日の授業では同じグループのようだったし、今はしっかりとモニカを認識している。
まるで、モニカがルカにハンカチを渡すまで、学園にいるほとんどの人間がモニカの存在を忘れていたかのようだ。
「先生は、女子学生と個人的な交流はしないと思っていたのですが、モニカ嬢は別なのですね」
「成り行きでな」
「そうですか。彼女はリアナとも親しいんです。よければ先生も、リアナと――」
笑顔でそう提案しかけたブラウリオの言葉を遮るように、カリストは「守護者にはならないと言ったはずだ」と冷たくあしらう。
ブラウリオは心底、悲しそうな表情を浮かべた。
「ですが、守護者にならなければその目は……」
「その話は学園でするな。それより、ひとつ頼みがある」
「……なんでしょうか?」
「モニカが、ルカ・フエゴの成績を上げたがっているんだ。皆で勉強会でも開いて手伝ってやってくれ」
昨日の授業を見て、ブラウリオは何となく察しがついていた。今までルカの成績が異常に良かったのは、モニカが陰で支えていたからだと。
詳しい事情はわからないが、それが崩れてしまったのだろう。
「ルカも守護者になるかもしれないのに、なぜ俺が……」
リアナは初めからルカに対して積極的だった。
もしもルカが守護者になり、リアナと親密な関係となったら。彼女の気持ちがそちらへ向いてしまうかもしれない。
「お前なら、うまく皆を導けるだろう?」
カリストは席から立ち上がると、ブラウリオの隣へと座り直す。そして、いい子だと言いたげにブラウリオの頭をぽんっとなでた。
ブラウリオ自身、リアナを奪われないための策を講じつつ、ルカを守護者にする自信はある。
それでも気持ちとしては、リアナの周りにいる男は少なければ少ないほど良いと思っていたが……。
「こんな時だけ、優しくしてくださるなんて……。ずるい教師ですね」
不満を述べつつも、敬愛するカリストになでられたブラウリオは、嬉しそうに微笑んだ。
翌日。登校して早々にモニカは、なぜかリアナに拉致された。
「あの……。リアナちゃん、どちらに向かわれるのですか?」
「ふふ。変なことはしないから、安心してついてきて」
困惑するモニカをよそに、リアナはサプライズでも仕掛けるかのように楽しそうだ。
そうしてたどり着いたのは、王家専用の休憩室。
ここは在学中の王子や王女のために用意されている休憩室で、一般の学生は王家の者に許された者だけが、出入りを許される場所。
乙女ゲームではブラウリオを守護者にした場合にのみ、ヒロインとその守護者たちが入室できることになっている。
(そんな場所に、なぜ私が……?)
昨日は、ブラウリオの警戒心が解けたようなので、授業が始まるまで三人で雑談でもするつもりなのか。
そう思いつつモニカは、リアナに勧められるままに入室しようとした。しかし、ふと重要な設定を思い出す。
(ここって確か、ブラウリオ殿下のログインボーナス画面の場所じゃ……)
もしかして、ここでもログボが発生するのだろうか。
ルカのログボがあったのだから、ブラウリオにもあっておかしくはない。彼とは親しい間柄ではないが、ログボは誰にでも平等。ゲーム内で関係が悪くとも、ログボ画面では普通に優しく接してくるのが普通だ。
(どうしよう……。もしここでログボが発生してしまったら、今日のルカ様のログボがなくなってしまうわ!)
ログボは、一日一回しか発生しないもの。ルカには毎日「モニカ、会いたかった」と同じセリフしか言われないが、そのセリフをモニカは聞きたいし見たいのだ。
毎日の楽しみを、ここで奪われるのは嫌だ。
「私、こちらには入れません……」
「何も怖くないから大丈夫だよ? ちょっと豪華でびっくりはしちゃうけど」
「わ……私は結構ですので。どうぞ、お二人でお楽しみくださいませっ」
「あっ。待ってモニカちゃん! ルカもいるんだよ?」
走り去ろうとしたモニカだが、リアナの言葉にぴたりと動作が止まる。
(……ルカ様も?)
振り返ってみると、扉を開けたリアナが「ほらね?」と微笑む。扉の向こうでは、ルカがだらしない恰好でソファーに寝ころんでる。
モニカに気がついたルカは、眠そうに起き上がりながら「よう、モニカ」と手を挙げた。
「あの……これは?」
「おはよう。俺が皆を呼んだんだよ」
出迎えに扉までやってきたブラウリオに、モニカは身構える。けれど彼は、リアナをエスコートしつつ、「モニカ嬢も適当に座って」と声をかけるだけだった。
(ログボが発生……しないわ)
ログボを発生させるには条件でもあるのだろうか? とにかく今日も、ルカのログボを無事に見られそうでモニカは安心する。
それから挨拶をしていなかったことに気がつき、慌てて「皆様、おはようございます」と挨拶した。
「おはようございます。モニカ嬢」
そう返したロベルトは、この隙間時間でも勉強に余念がない様子。教科書を読みこんでいたようだ。
「モニカ、隣に座れよ」
ルカが隣をぽんぽん叩くので、モニカは「はいっ」と行きかけようとした。が、リアナがすかさず声を上げた。
「あっ! ルカずるい。私もモニカちゃんと座りたいのに~」
「うっせーな。そっちはもう座れねーだろ」
「三人掛けのソファーだから大丈夫よ。モニカちゃん、一緒に座ろ?」
ちなみにロベルトは勉強の邪魔をされたくなかったのか、一人がけのソファーに座っている。
「モニカ、こっち来いよ」
「モニカちゃ~ん!」
なぜか張り合うルカとリアナに選択を迫られたモニカは、どうしようと頭をフル回転させる。
リアナの隣に座ればルカに申し訳ないし、ブラウリオも邪魔されたと怒りそうだ。かといってルカの隣に座ると、リアナを悲しませてしまう。
いっそロベルトの向かいにある、一人がけのソファーに座るという手もあるが、あそこは地位が高い者の席。家柄的にもゲームの役として、モニカに相応しい席ではない。
頭がオーバーヒートして、前前世の記憶でも思い出してしまいそうだ。
誰か助けて~、と心の中で叫んだところで、ロベルトが淡々と述べた。
「モニカ嬢を真ん中にして、左右にお二人が座ればよろしいのでは?」
「やっと席も決まったようだし、本題に入ろうか」
ルカ、モニカ、リアナが座っている向かいで、三人掛けのソファーに一人で腰かけているブラウリオは、もの言いたげな視線をモニカに向けながらそう切り出した。
(ああ……。せっかく、殿下の警戒心を解いたのに……)





