26 ルカの勉強3
「あれから、モニカの環境が随分と変わったようだ。良かったな」
今までのモニカなら、困った時に友達に頼ることができなかった。カリストはそのことを言っているようだ。
思えばルカのことで頭がいっぱいで、ろくにカリストへあの時の説明もしていなかった。それに気がついたモニカは、顔が赤くなる。
「あの……先生が刺繍を教えてくれたおかげで、ルカ様と今までよりも仲良くなれましたし、お友達もできました。ありがとうございました」
「ほう。あのハンカチにそれほどの効果があったとはな。モニカが必死だったのはそのせいか?」
「はい……。ルカ様は家門の紋章がお好きなので」
「それにしても驚きの変化だ。あのハンカチには魔法でもかけられていたのか?」
「ま……まさか……」
魔法ではないが、好感度を上げる効果は付与されている。そんなことをこの世界の人に話したところで、理解してもらえないが。
この話題をそらしたいモニカは、ふと気になっていたことをカリストに尋ねてみる。
「ところで……先生から見た私は、何か変わりましたか?」
モブからルカの幼馴染に昇格したので、カリストの感じ方に変化があるのか気になっていたのだ。
「いや? 特に変わりはないが……。先ほどから微かに、火属性の精霊の気配を感じるのが気になっていた」
「精霊さんですか? 昨日、ルカ様が火属性の精霊さんを召喚して触らせてくれたので、その影響でしょうか?」
「……そうかもしれないな」
カリストはそう曖昧に答えたが、精霊の気配を感じる理由は推測できた。
授業では教えていないが、契約したい人間がいると精霊は、その人間がほかの精霊に取られぬようマーキングのようなことする。
今のモニカはその状態に似ているが、彼女は属性無しだ。精霊と契約はできない。
なぜこのような事態になっているのか。これもまた、彼女が特別だからだろうか。
カリストがそう考えていると、まるで精霊が逃げるかのように、彼女から精霊の気配が消えた。
カリストに変化がないと言われて、安心したような、少し残念なような。
ルカの幼馴染といっても、ゲームには出てこないキャラ。所詮、モブに毛が生えたようなものなのかもしれない。
そう考えながら廊下の曲がり角を曲がったモニカは、誰かとぶつかりそうになった。
「きゃっ……」
今までのモニカならば、こんな時は体当たりされていたが、ルカの幼馴染として昇格したおかげで、相手はモニカに気がついてくれたようだ。この差だけでも、モブでいた頃より大きな進歩だ。
「おっと。ごめんね」
「こちらこそ、申し訳ございません」
謝ってからモニカが顔を上げると、相手の男性は一瞬にして冷ややかな視線へと変わる。モニカとぶつかりそうになったのは、ブラウリオだった。
(うっ……。よりによって殿下と鉢合わせするなんて……)
推し活を邪魔されたばかりなので、きまずすぎる。
さっさと退散しようとしたが、モニカの進路を遮るようにブラウリオが立ちはだかった。
「この先には、先生方の部屋しかない。何をしていたんだい?」
「あの……。ビエント先生にお礼をしに行っておりました」
「お礼? 君とカリスト先生が会ったのは、今日が初めてではないの?」
「実は先生には、教室で勉強する前からお世話になっておりまして……」
「君はクラスに慣れるまで、時間がかかるタイプだそうだね。それで先生が勉強を?」
「勉強は自分でしていたのですが、刺繍を教えていただきました……」
(なんで私、尋問されているのかしら……)
敵の情報から弱点でも得ようとしているのだろうか。びくびくしながら質問に答えていると、ブラウリオは腕を組みながら拳を口元に当てて考え出した。
「もしかして……。先生の部屋に飾ってあるケルベロスの刺繍は、モニカ嬢が作ったの?」
(ひぃ……あれを見られていたなんて……!)
モニカは恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤に火照る。しかもブラウリオが見ても、あれはケルベロスのようだ。
本当はネコだなんて言えない。本当のことを話したら、絶対に付け入られてしまう。
「ひっ……秘密です」
明後日の方角を向きながら拒否すると、ブラウリオは突然に笑い出す。どうして笑うのだろう。モニカはぽかんと彼を見つめる。
「君って嘘が下手みたいだね。リアナの友達には最適だよ」
「えっ。それって……」
(リアナちゃんと友達でいることを、認めてくれるってこと?)
「これからも、リアナと仲良くしてあげてね」
「はっはいっ。ありがとうございます」
「引き留めて悪かったね。俺はもう行くよ。暗くなってきたから気をつけて帰ってね」
「はい……お気遣い感謝します…………」
急に態度が変わったブラウリオについていけず、モニカは呆然としたまま彼を見送る。
(ケルベロスが気に入った……とか?)
いや。そんなはずないことは、モニカでもわかる。あれを気に入る変わり者は、カリストくらいなものだ。
(あっ。そういえば、殿下の尊敬する人って先生だったような)
ブラウリオに興味がなさすぎてあまり覚えていないが、確かプロフィールにそう書いてあった気がする。
つまり彼は、カリストと親しいモニカを『同士』と認定したのだろうか。
(もしそうなら、先生にはまた助けられたわね)
とにかく、ブラウリオとは和解できたような気がする。モニカは軽い足取りで玄関へと向かった。
「先生、失礼します」
「ブラウリオか」
教室ではあまり見られない、にこにこと無垢な笑みを浮かべて研究室へと入ってきたブラウリオは、慣れた様子でソファーへと腰かけた。




