105 事件の結末5
そして、裁判当日。
聖女と王太子を狙った魔獣召喚事件ということで、多くの貴族の目を引き傍聴席が満席になるほど。
それも、犯人はフエゴ騎士団所属の騎士が二人。その一人はフエゴ公爵の甥だというのだから。
「甥がこのような事件を起こしたなら、フエゴ家もただではすまされないだろうな」
「騎士団は解体されるかもしれないわね」
「それにフエゴ公爵自身も――」
傍聴席では貴族たちが好き勝手に憶測の話で盛り上がっている。
二大公爵家のひとつであるフエゴ公爵家はこれまで、さまざまな実権を握ってきた。それが崩れることが嬉しいようにすら見える。
野心に溢れる貴族たちは、フエゴ公爵家から離れたものを奪い取るチャンスとでも思っているのだろうか。
この場にルカがいなくてよかった。ルカとカリストとブラウリオは裁判に出るので別の場所にいる。
もしもこの場にルカがいれば、また落ち込んでしまうところだった。
「モニカ嬢も、あまり気にする必要はございませんわ」
急に隣に座っているミランダに声をかけられたので、モニカは意味がわからずに彼女に顔を向ける。ミランダは笑みを浮かべながら続ける。
「フエゴ公爵家になにかあれば、セーロス公爵家が必ず手を差し伸べますわ。ですからレナセール伯爵家に害が及ぶこともございません」
(あ……。ミランダ嬢は、私の家の心配までしてくれているのね)
嫁ぐ家の事件で頭がいっぱいだろうに。けれどフエゴ公爵家に仕えている家まで気にかけるとは、未来の公爵夫人の風格がすでに出ている。
「もし万が一にフエゴ騎士団が解散しても、心配するなモニカ。父上に全員引き取るようお願いしてきたから」
ミランダの隣に座っているビアンカがひょこっと顔を出す。政治には疎そうな彼女だけれど、騎士団の心配は真っ先にしてくれていたようだ。
「そうならないよう、父も動くはずです」
「ブラウリオも絶対にそうさせないよ。だってフエゴ公爵家が没落して困るのはブラウリオと私だもん。だから心配しないでモニカちゃん」
ロベルトとリアナも、モニカを励ますように微笑む。
「皆様……」
皆、ルカのために尽くしてくれている。推しが孤独ではないと思うだけで胸がいいっぱいになる。
まるで、ルカのエピソードの終盤のようだ。
(もしかして今回の事件って、エピソードの代替なのかも……)
攻略対象には必ず、乗り越えなければいけないエピソードがある。ストーリーを変えても似たようなエピソードが出現するとしたら……。
けれど、本来のエピソードよりは確実にマシだ。本来のエピソードでは、ルカは誰にも信じてもらえずに牢屋で悲しんだ。
ヒロインがそれを知ったことで、ルカを助け出そうと攻略対象たちを動かすが、今回は初めからルカには仲間がいた。
仲間に支えながら、イサークをここまで追い詰めることができた。
きっと大丈夫。ルカなら乗り越えられる。
裁判の進行を務めるのはブラウリオ。この国では裁判官も裁判員もおらず、判決を下すのも王族。
大きな事件の場合は国王が判決を下す場合が多いが、今回は息子のイメージアップのために全を任せるつもりのようだ。
被害者が判決を下すなど日本ではありえないが、この国では王族が絶対。けれどブラウリオなら、正当な裁きを下してくれそうだ。
裁判が始まり初めに指名されたのは、カリストとルカ。
カリストは「私が、リアマ卿の心臓に精霊から受けた傷があることに気がつき、王太子殿下にご相談したことで捜査が始まりました」と前置きしてから、内容を話し始めた。
イサークの精霊から聞き出した話を、カリストの精霊の代わりにルーが代弁すると、イサークの精霊は「内緒にしてっていったのに!」と怒り出した。
嘘がつけない精霊のそのやり取りのおかげで、この内容は一気に神妙性を増す。
その精霊の話どおりにラバ山へ赴いたブラウリオたちは、そこで骨となったイサークの部下を発見。実物が証拠として提出された際には大きなざわめきが起きた。
その骨に宿っていた精霊の証言が、イサークの精霊の話とほぼ一致していたため、イサークが共犯者であるとほぼ確定した。
「被告人からなにかありますか?」
ブラウリオのその質問にモニカは、はらはらしながらイサークを見つめる。頭の回転が良いイサークなら、いくらでも反論できるはず。
けれど彼は一言、「ありません」と呟いた。
それから彼はなぜか、傍聴席のモニカを見上げる。
(なぜこちらを見るの……?)
イサークは、困惑した表情のモニカを見つめながら考えていた。
今は人生の明暗を分ける重要な場面だというのに、反論する気にすらなれずにいる。
その理由は、モニカの存在だ。
この期に及んで、彼女に良く見られたいという気持ちがこみ上げてくる。これも先日、自分にとってモニカがどのような存在だったか気づいてしまったからだ。
次に会う時には素直になるつもりだった。
それが叶わない今。イサークに残されているのは、これまでのルカへの気持ちをこの場で打ち明け、謝罪すること。
少しでも誠意ある態度を彼女に見せたい。
こんなことをしたところで、彼女との時間を設けることはもう叶わないというのに。
イサークは諦めたような笑みをモニカへ向けてから、ブラウリオへと視線を戻す。
「今回は、私が部下をそそのかして個人的に起こした事件です。幼い頃からずっとルカ・フエゴ卿にたいして劣等感を抱いており、公爵位と騎士団長の座を奪いたかったのが動機です」
それからイサークは、ルカに向けて深々と頭を下げる。
「ルカ、すまない。今までルカの好意を利用して全てを奪うつもりだった。ルカは純粋に私を慕っていただけなのに……本当にすまなかった」
(リアマ卿がルカ様に謝罪するなんて……)
ゲームでの彼は、投獄されたあともルカを罵るような人だった。
モニカに求婚したのも、ルカに勝つため。そのような人が短期間で心を入れ替えるとは、どのような心境の変化があったのだろうか。
ルカは黙ったまま、イサークを見つめるだけだった。
「被告人も罪を認めたので判決を言い渡す。国の平和を脅かす魔獣召喚は重罪であり、死刑と決められている。そのほう助であっても罪は重い。よって被告人イサーク・リアマは終身刑とする」
それからイサークの部下については、精霊によってすでに罰を与えられているので、人間側では罪に問わないという判決をブラウリオは下した。
これには傍聴席がざわつく事態となったが、「契約者の罪を明らかにするために証人を引き受けた精霊にも、配慮が必要だ」とブラウリオが意見すると傍聴席から拍手が起きた。
「慈悲深い王太子殿下万歳!」と声も聞こえてきたが、これは国王の仕込みのような気がしてならない。
なんとか無事に裁判は終わり、モニカたちは証人の控え室へと足を運んだ。
ドアを開けるとちょうど、部下の精霊がブラウリオの頬に貼りついているところだった。
「王子さまありがとう! わっち、嬉しくて泣きそう!」
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