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死にたいときに見る鏡  作者: ラケットキラー
第2章 生きるということ
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第23話 雨

「この家庭科室を出よう」


 朝食を食べながら、旗野が突然言い放った。


「いつかは食料もなくなるし、水も電気も止まる。動けるうちに動いておこう」


 旗野は教卓の引き出しから、壷内と共に書いた校舎の地図を取り出す。


「俺たちが今いるのは五階。四階から順に一階まで……いや、先に屋上から制圧しないとな」

「でも、俺たちが屋上に行っている隙にアイツらが押し寄せてきたらどうするんですか? ここにすら戻れなくなりますよ」


 朝食を食べ終えた芥が、食器を流し台に置きながらそう尋ねた。

 それに答えたのは壷内。


「防火シャッター……ですよね、旗野先輩」

「さすがだな」


 旗野は地図を調理台に広げて皆に見せ、指で示しながら説明し始めた。


「防火シャッターと防火扉は、各フロアの東西にある階段の前にそれぞれ設置されている。これを閉めて、下と隔離しながら行動範囲を広げていくんだ。防火シャッターは普通のシャッターに比べて耐久性が高いからな。二日前のハサミみたいなヤツが現れたとしても、時間稼ぎにはなるはずだ」

「でも、どうやって閉めるんスか? 火事起こすわけにもいかないッスよね?」

「火事か……」


 旗野は、最初に家庭科室へ来た時の事を思い出す。

 壷内が投げた火炎瓶でバケモノが炎上したが、熱センサーは反応しなかった。


(センサーの整備不良なんて、意外とよくある話だからな……アルコールランプの火で反応させようと思っていたが、無理かもしれないな)


 悩む旗野に代わり、壷内が口を開いた。


「各シャッターの横に、手動閉鎖装置があるはずです。鍵が無いと使えないのが問題ですが……」


 それを聞いた芥は、反射的に「あの」と手を挙げていた。


「俺、開けれるかも」


 ズボンの左ポケットには、懐かしいワイヤーの感触があった。


***


 五人は準備を整えると家庭科室を出た。

 壷内が東階段を、新しい槍を装備した市川が西階段を見張る。

 芥は旗野、夜島と共に手動閉鎖装置を調べていた。


「どうだ、開きそうか?」

「……意外と大した事無いな」


 壁に埋め込まれた銀色の直方体。

 それは防犯というよりも誤操作防止のための鍵であり、厳重そうな見かけに反して仕組みは単純。

 毎日屋上へ侵入していた芥にかかれば、10秒足らずで開くのも当然だった。


 ガチャリ。


「おぉ本当に開いた。すごいな」


 旗野は少し興奮気味に言った。


「疑ってたんですか?」

「いや信じてはいたが、いざ目の前で見てみると何というか……開錠(アンロック)スキルか、盗賊(シーフ)みたいでかっこいいじゃないか」

「……?」


 手動閉鎖装置には、シャッター閉鎖と開放のボタンがある。

 旗野は、壷内にシャッターの軌道から離れるよう言ってから閉鎖のボタンを押した。


 ガシャァン!


 防火シャッターは勢いよく落下する様に閉まった。


「うわっ! ビックリした……」


 しりもちをついた壷内に、旗野は手を差し伸べる。


「防火シャッターはスピード命だからこうやって閉まるんだ。かなり重いから、下敷きになると怪我するぞ」

「先に教えてくださいよ……」

「ははっ、すまんすまん。でも離れていろとは言っただろう?」


 芥たちは、二日前の戦闘で割れた窓ガラスの散らばる廊下を歩いて西階段まで行き、同様の手順でシャッターを下ろした。


 ガシャァン!


「うわッス! ビックリしたッス!」

「君もか……」


 こうして五階フロアの隔離に成功した彼らは、屋上へと上がる事にした。

 階段はシャッターの先にあるので、そこだけは常に危険地帯になってしまう。

 彼らはシャッターの横にある重厚な防火扉をくぐった。


 盾長剣を構えた旗野が先頭に立ち、その後ろにはマッチと火炎瓶を握りしめる芥。

 荷物を多めに背負った夜島を挟んで、背後を警戒する壷内。

 しんがりを務める市川は、手すりの下を覗きながら後ろ歩きで器用に階段を上っている。


 五人は陣形を保ち、全方向に気を配りながら慎重に屋上へと進んだ。

 ハサミのバケモノがうろついていたらしく、屋上のドアや昇降口付近の壁は乱雑に斬り裂かれていた。


「モンスターは……いないようだな」


 彼らは昇降口の防火シャッターを下ろすと、屋上へ出た。

 どんよりと垂れこめる雲の隙間から、日光が薄くカーテンのように差し込んでいる。


「うわぁ~、広いッス~!」


 久しぶりの外の世界に、誰もが解放感を覚えていた。

 さらに芥と夜島以外にとっては初めて立ち入る屋上という事もあり、場は無邪気な感動に包まれた。


 しかし、そうはしゃいでばかりいられないのが現実である。

 彼らはフェンスに手をかけて校庭を見下ろすと、その惨状に目を見張った。


 最早生きている人間など一人もいない。

 奇怪に蠢く影がいくつか見える他は、赤黒い肉塊の様なものが散在しているだけである。


「……私たちこの先、どうなるんスかね?」

「死ぬだろこれ」


 壷内が即答した。

 場は重苦しい静けさに包まれる。

 しかし、旗野が微笑みながら沈黙を破った。


「大丈夫さ……何とかなる。流石に人類全滅って事は無いだろう」

「さっすが旗野部長ッス!」


 目の端にしわを寄せて笑う市川。

 その横で、夜島がふと呟いた。


「ありがとう」


 四人の視線が、夜島の無表情な顔に集まる。


「みんなのおかげで、ここまで生きてこられた」

「ヤミコ……」


 夜島の眼差しには、いつもよりほんの少しだけ力がこもっているように見えた。

 芥は、彼女の横顔から遠くの空へと視線を移し、口を開いた。


「俺も、頑張る。またアイツが──もう一人の俺が現れても、絶対に負けないように」


──ポツリ。


「あ……雨っス」


 大粒の雨が、屋上に降り注いだ。

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