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死にたいときに見る鏡  作者: ラケットキラー
第2章 生きるということ
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第14話 怪物化の前兆

『血の涙は怪物化の前兆。出たら怪物になる前に自殺しろ』


 芥は血の涙を流しながら、いつかSNSで見た文言を思い出していた。


「そンな、おれ……は……」


 ドサッ。

 芥は壁にもたれかかる様にして、フラフラと倒れ伏した。


「チッ」


 舌打ちしながらマッチを擦って火炎瓶を振りかぶる壷内の腕を、夜島が抱える様にして止めた。


「と、止めないでください! コイツ……芥先輩はもう怪物に!」

「まだ人間よ」

「はぁ!? 何言って──」

「彼はまだ人間。人間を殺す覚悟があるの?」


 夜島の毅然とした態度に負けまいと、壷内は言い返す。


「……ありますよ。僕が生きるためなら、何だってします」

「そう」


 夜島は両手を広げ、芥の前に立ち塞がった。


「そんなに彼を殺したいなら、私を殺してからにしなさい」

「な……!?」


(何なんだ、この女は!?)


 壷内は火炎瓶を握りしめ迷っていた。

 何が正しいのかなんて最早分からない。

 しかし夜島の気迫には、芥を殺す必要は無いという確信の色が見られる。


「どうして……根拠はあるんですか?」

「アクヤは負けない」

「はぁ?」


(やっぱりこの女、狂ってやがる)


 二人まとめて焼き殺してしまおうと、壷内が火炎瓶を振り上げた瞬間。


「横井さんがあなたを庇って死んだって、あれ嘘でしょ」


 夜島が飄々と言い放った。


「へ……?」


 壷内は完全に委縮してしまった。

 二人共焼き殺せば、家庭科室の食料も独り占めできるのだ。

 頭では分かっているが、彼女を前にするとなぜだか身体が動かない。


「ま、事情があった事は察するけど」

「……」

「さあ、どうするの?」


 さっきまでの威勢はどこへやら、夜島のただならぬ気迫に圧倒されて立ち尽くす壷内。

 その背後から、一組の男女がひょっこり現れた。


「失礼。すまないが、全部盗み聞きさせてもらったよ」


 壷内は我に返り叫ぶ。


「だ、誰だッ!?」


「大きな声出すんじゃない、モンスターが寄って来るだろう。……俺は三年の旗野だ」

「一年の市川ッス」


 旗野と名乗ったその男は、目から血を流して倒れている芥を抱え起こした。


「ふーん、確かに彼はまだ変異していない……もしかしたら、モンスターにならずに済むかもしれないな」

「ちょいと失礼するッスよー」


 市川と名乗る少女は、壷内の手元に水をかけて火炎瓶の火を消した。


「あッ、お前勝手に……」


 旗野は芥の様子を調べながら、淡々と言葉を紡ぐ。


「しかし君の言うように、今のうちに殺してしまいたいという気持ちも最もだ。ではこうするのはどうかな」


 指をピンと立てると、旗野は続けた。


「彼の手足を拘束し、これから24時間、別室に監禁しよう」

「別室って?」


 夜島が尋ねた。


「彼がモンスターになってしまった時の事も考えると、近すぎてはダメだ。そうだな……二つ隣の進路指導室なんかどうだろう」

「分かったわ」

「よし、じゃあ決行だ。市川、お前は階段の方を見張っておけ」

「了解ッス!」


 夜島と旗野は家庭科室から調達した布で芥を縛ると、進路指導室の床に寝かせた。

 そしてドアの外側に掃除用具入れを並べて簡易的なバリケードを作り、監禁部屋を完成させた。


「これでよし。24時間経ったら様子を見に来よう」


 彼らが家庭科室へ戻ろうと歩き出した、その時。


「旗野部長ッ! 来たッス!」


 階段の上方、つまり屋上の方から一体のバケモノが現れて、市川に襲い掛かった。


***


 どこだ、ここは。

 何も見えない。

 何も聞こえない。


 気を失った芥は、暗闇の中を彷徨っていた。

 すると目の前に突然、ある風景が映し出された。


 そこは見覚えのある、中学校の体育館裏。

 数人に囲まれて暴力を振るわれる、一人の少年の姿だった。


(アイツは……小学校からの親友だった……)


 芥は思い出した。

 ここにたまたま居合わせた彼は、彼らの暴行を止めに入ったのだ。

 彼の記憶通り、中学一年生の(あくた)千隼(ちはや)が映像内に現れる。


「お前たち何してるんだ、やめろよ!」

「あァ? 誰だてめー」

「そんなに人を殴りたいなら、俺を殴れ!」


 今の自分からは想像もできないクサいセリフに、芥は鼻で笑った。


 幼い頃から、ヒーローになりたかった。

 弱きを助け強きをくじく、ヒーローに。

 イジメの現場なんかに居合わせたら、身代わりになるのが当然。

 それが美徳であり正しいのだと、芥は信じて疑わなかった。


 しかし、現実はそう甘くはなかった。


「ははっ、何だよコイツおもしれー。良いよ、明日からたっぷり殴ってやる」


 そう吐き捨て、彼らは去って行った。

 それからだ。

 地獄の日々が始まったのは。


 入学早々目立った真似をした芥は、学年を問わずイジメの対象になった。

 この日イジメから救ってやった親友も、気付けば芥をイジメる側に回っていた。


 彼は学校に行けなくなった。


 風景は変わり、芥の実家が映し出された。

 母親が、芥の自室のドアを何度もノックしている。


千隼(ちはや)ー、今日も学校行かないの?」

「……行きたくない」

「ダメよ、もう三年生でしょ。高校受験があるんだから、ちゃんと授業受けないと」

「……」


 諦めて去って行く母親に、父親が声をかけた。


「放っておけ、あんな根性無し。ったく、誰がメシ食わせてやってると思っとるんだ」

「ちょっとあなた、千隼に聞こえますよ」

天飛(たかと)はあんな風になっちゃダメだぞ」


 二歳年下の弟、天飛(たかと)

 彼は勉強も運動もそこそこに出来、うまく集団に溶け込む能力もあったので楽しい学校生活を送っていた。

 そして、”ひきこもりの兄がいる事”をひた隠しにしていた。


(父さんも母さんも天飛(たかと)も、俺を見捨てたんだよな……って、当たり前か)


 小学生までは、アレでも良かったのだ。

 しかし中学になると急に”空気を読む”だとか”集団に合わせる”という技能が必須になってくる。

 芥は、それに気付くのが少し遅かったのだ。


(バカだよなぁ……あんな事で、中学三年間無駄にして)


『お前は悪くない』


 どこからか、声がした。


「誰だ?」

『お前はバカじゃないさ。何か間違ってる事をしたか?』

「……」

『アイツらが悪いんだろ。お前に助けてもらっておいて裏切った親友。見て見ぬふりを続けたクラスメイト。イジメの存在を知りながら手を差し伸べなかった教師』

「……そうだな」

『腫れ物に触る様にお前を避け続けた母親。責めるばかりで何もしてくれない父親。口も利かず兄の存在を隠した弟』

「そうだ。アイツらが悪い」

『死にたくなった日もあっただろう?』


 芥は歯を食いしばり、左手首にある傷跡をさすった。


「死にたかったよ……居場所が無かったんだ」

『かわいそうに。それでもお前は、生きる道を選んだ。何故だと思う?』

「それは、死ぬ勇気が無かっ──」

『アイツらに復讐するためだろ』


 暗く響く声が、芥の心を優しく濡らす様に包み込んでいった。

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