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太陽の下に隠れた傍観者  作者: 紗倉 悠里
≪第二章≫崩壊解放。
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危機一髪だったかもね

【第十四話】 <危機一髪だったかもね> -赤崎 咲子-


 真人がスマートフォンをゲットする二日前。

 晴れ晴れとした、真人の入学式から三ヶ月位経ったある日の晩。真人が自室に寝に行った頃のことだった。真人の友達の、白野さん家からある箱が届いた。

 私は送られて来た時には、これが何なのか全く分からなかった。ただ、白い無地の箱に、一つのスマートフォンが置かれてあったのだ。なんのロゴも描かれていない、どこの企業のものか分からないスマートフォン。これがスマートフォンなのかどうかさえ、怪しかった。

 しかし、ホームボタンらしいところをを押してみたら、画面がパッと光って、ちゃんとロック画面が表示された。どうやら、本物のスマートフォンらしい。

 なぜロゴがないのかは置いておく。ロック画面にも、パスワードが掛かっている様だったから、一旦電源は切っておいた。

 そして、後は何かないか、と箱を漁ってみると、もう一つ、二つ折りにされた紙が置かれていた。

 淡いブルーの紙は、とても綺麗で、どこで買ったんだろ、なんてことを一瞬だけ考えてしまった。

 紙を開いて、ざっと書いてあることに目を通す。


『咲子さんへ

このスマートフォンを真人くんに渡してください。

パスワードは「makoto」です。

宜しくお願いします。

       白野 歩より』

 

 とても短い手紙だった。手紙というより、メモと言った方が正しいのかもしれない。

 しかし、この手紙は確かに、歩さんの筆跡だった。

 でも、なぜ歩さんはこんな物を私に送りつけてきたのだろうか。それも、なぜ真人に渡さなければならないのかな。

 考えれば考えるほど、謎は深まっていくばかり。


 はぁ。

 私は、大きくため息をついた。

 なんだか、疲れちゃった。こんなことを考えても仕方ないし、もうちょっとで朔さんが帰ってくるはず。その時に、また相談しよう。真人に渡すのは、後ででいいや。

 私は、そう考えてから、ため息をついた。タンスの引き出しからイヤホンを取り出すと、自分のスマートフォンに繋いだ。

 ちなみに、私のスマートフォンは赤色。朔さんと結婚した時に、苗字に因んで買ったもの。

 もうこれを買ってから十年経つんだけど、朔さんが結婚記念日に何かをしてくれたことはない。きっと、朔さんも忙しくて、そんなことが出来ないの。でも、仕事をしてくれて、私と真人を養ってくれてるんだから、感謝感謝。


 スマートフォンの電源を付けて、音楽サイトに繋げる。

 どれがいいかなーっ、と暫く音楽の題名を眺めていたが、今日はそんなに激しい曲を聴きたい気分じゃなかったから、演歌に近い曲を選んだ。


 音楽を設定し終わると、目をつぶる。

 イヤホンから流れてくる音楽は、とても綺麗。生の演奏よりもこっちの方がいいんじゃないか、という程にこの頃のイヤホンの性能は良いと思う。


 柔らかく、ゆっくりとしたこの音楽を美しいと思えるのは、やはり私が日本人だからに違いない。どれだけ外国の音楽が日本に入ってきても、やはり日本人はこんな演歌や、雅楽を、本能的に綺麗だと思えるのだろう(そりゃもちろん、有名なアイドル達の曲も嫌いじゃない。テンションが高めな時に、これを聴けば、幸せになれること間違いなしだから)。

 演歌を聴く度に、しみじみとそう思ってしまう。なんだか、そう思うと同時に、私って歳とったなー、なんて思ってしまうんだけど、まぁ年齢のことは仕方ない。一年に一つ、絶対に増えていくものなのだから、こればかりは変えようがない。私は、不老不死じゃないんだから。どうせ増えていく数字に、「あーあ、歳とりたくないな」なんて考える方が、私からみれば馬鹿らしい。まぁ、それは私の年齢に対する偏見なんだけどね。


「ただいま……」

 

 イヤホンの音量を最大近くにして聴いていた演歌の途中で、そんな低い声がした気がした。

 多分、朔さんだ。

 私は、慌てて音楽を切ると、タンスにイヤホンを戻した。

 そして、玄関に向かう。


「朔さん、お帰りなさい」

 

 私がニコリと微笑むと、朔さんは私を一瞥した後で、特になんの反応をするでもなく、横を通り過ぎた。そのまま、自分の部屋に入ると、ドアを閉めてから、鍵を掛けていた。


 あぁ、朔さんも疲れてるんだ。いちいち、私に声をかけられるはずがないよね、ははは。別に、返事を期待してた訳でもないんだし、こんなことに落ち込むことなんてないよね。そうだよね。

 

 私は、自分にそう言い聞かせる。

 そして、台所に行くと、朔さんのために作っておいた夕飯を温める。

 今日のエビフライは、いつもより良くできてる。真人も、珍しく美味しいなんて言ってくれて、とても嬉しかった。

 

「朔さん、今日のご飯は……」

「あぁ、それなら外で済ましてきたから要らない」

「そ、そう。なら、片付けるわね」


 ズキン。胸が痛む。

 そうだよね、朔さんだって上司や後輩との付き合いがあるよね。嫁のご飯があるからって、そんな付き合いを断つわけにはいかないもんね。何で食べてくれないんだろう、なんて考えちゃダメ。忙しくて疲れてる朔さんに、これ以上無理をさせちゃダメだよね。

 我慢してるのに、涙が出てくる。一度出てきたら止まらなくて、辛くて、悲しくて。

 誰も居ないリビングで、泣いた。朔さんや真人を起こさないように、小さな声で。

 

 



 次の日。

 今日は、空が朝から曇っていた。日光が差していない朝は、なんだか薄暗くて、気分の良いものじゃなかった。だけど、太陽がサンサンとしている日よりかは、なんでかは分からないけど、落ち着いた。

 そんなパッとしない日だったけど、今晩、私は思いきって、あのスマートフォンのことを、朔さんに相談することにした。

 でも、朝は何も言わずに、いつも通りに仕事に送り出す。

「いってらっしゃい、朔さん」

ニコリと笑顔でいつものセリフ。これは、朔さんと結婚してから毎日続けていること。欠かした日なんてない。この頃は朔さんは私の方を見てくれなくなったけど、きっとこの想いは朔さんに伝わってるはず。ただ、照れてるだけのはず。

 朔さんの背中が見えなくなるまで、玄関で小さく手を振った。見えなくなると、家に入って家事を始める。

 そろそろ、真人が起きてくる時間。私は、真人の為の朝ご飯を作り始めた。朝ご飯は、サラダとパンと牛乳。パンは、トーストしてから、ブルーベリージャムを程よく塗る。牛乳は、ガラスのコップに注ぐ。サラダは、昨日の晩に使った野菜の残りを、お皿に綺麗に盛り付ける。

 それらを一式、テーブルに並べ終わると、まるでそれを見計らっていたかのように、真人が起きてきた。

 ゆっくりと階段を下りる音がする。低血圧気味なのかもしれないけど、真人が朝がいつも辛そう。朔さんとそっくり。

 

「母さん、おはよ……」


 私がリビングで笑顔で真人を待っているのを見つけて、真人は、弱々しい声でそう挨拶した。目をこすりながら歩いてくる真人の頭には、寝癖があった。それが結構面白いから吹き出しそうになるのをどうにか堪えて、私も「おはよう」って返しておいた。

 真人は、そんな私に気づいているのかいないのか、朝ご飯が並べてあるところの前に座った。まだ、目がトロンとしている。

 

「いただきます……」


 元気なさそうな声で、手を合わせる真人。そんなに朝が辛いのかな。私は、スッキリ起きられるんだけど。

 真人は、それ以外一言も発さずに、もぐもぐと口だけを動かして朝ご飯を食べていた。たまに美味しそうに微笑んでくれるのが、なんだか嬉しい。

 いつも、朝ご飯のメニューは一緒。トーストしてジャムを塗ったパンと、サラダと牛乳。違うのは、ジャムの味くらい。

 手抜きの朝ご飯なのはちょっと申し訳ないけど、朝は朔さんも真人も忙しいだろうし、そんなに手の混んだご飯は要らないと思う。だから、朝ご飯はこれぐらいで許して欲しい。

 暫く、真人が朝ご飯を食べる音だけが部屋を埋めていた。

 

「ごちそうさまでしたーっ!」


 朝ご飯が終わった後の真人の声は、いつも元気。さっきまであんなに暗かったのが、嘘みたい。


「ふふっ、美味しかった?」

「うん、うまかった。母さんが作ると、うめぇよな。俺が作ってもうまくねぇのに」

「真人も、練習したら美味しくできるようになるわよ」


 二言、三言、真人と会話を交わす。

 真人は、私を褒めるようなことを毎回言ってくれるから、嬉しい。朔さんはなにも言わないけど、美味しいって思ってくれてる、絶対に。きっと、朔さんはそれが恥ずかしくて言えないんだ。ただ、それだけ。


「じゃあ、高校行ってくるから!」


 真人は、そういってガタッと席を立った。

 本当、間抜けな子。パジャマ姿でなにも準備してないのに、高校にどうやっていくのよ。

 私は、つい吹出してしまった。こればかりは我慢出来ない。


「はははっ、バカねぇ。そんな格好でどこにいくのよっ」

「ぇ? うわっ、本当だ! やべぇー!」


 真人は、自分の服装とか髪型とかに気づくと、慌てて洗面所に走って行った。

 可愛らしいなぁ、そう思いながら、食器の片付けに入る。

 さっさと洗って、干す。単純な動作だから、あっという間に片付けは終わってしまう。

 洗面所の方で、ドタバタと音がする。そんなに急がなくても、あと三十分はあるんだけどね。まだ、寝ぼけてるのかしら。

 

 やがて、十分くらいすると、真人は家を出て行った。何だか、この頃の真人はとても楽しそう。私も、真人と同じくらいの歳の時は、楽しくてたまらなかったわねぇ、高校生活。今は、楽しいけど……昔ほどじゃないかも。

 あの時は、朔さんも優しくて、周りからよく「バカップル」って囃されてて……って、そんな話しても意味ないわよね。今は今、昔は昔だもの。




 私は、引き出しに向かった。そっと引き出しを引いて、イヤホンを取り出す。それをスマートフォンに指して、音楽を選ぶ。

 今日は、もう激しい曲を聞きたい気分。だから、この頃流行ってる、早口な歌をセットした。

 周りの音が聞こえないくらいの大音量で、音楽を聞く。

 すぅ、と肩の上の重みが引いていく。とっても、幸せ。ずっと、音楽を聞いていたい。真人の世話も、朔さんとの話も、全て捨てて、音楽に溺れていたい。

 世間は、この私の状態を、「音楽依存」なんて考えるのだろう。

 でも、それは私のことを知らないから。



 ――もう、私はこんな暮らしに耐えられない――



 本当は、心の中でずっと思ってた。だけど、それを笑顔で閉じ込めて、理性で消して。

 ても、そんな思いが完全に消えることなんてない。この思いは、ゆっくりゆっくり、心の中に蓄積されていく。

 周りに分からないように、私自身も気づかないくらいに、少しずつ。

 でも、どんなに小さくてゆっくりだったとしても、確実に溜まっていくそれ。

 私は、それが心の中で一杯になる時が怖い。いつか、私の中でそれは爆発して、周りの人にも被害を与えて、辛い思いをさせていくのかもしれない。

 そんなのは、嫌だ。自分のせいで、周りが苦しむなんて、考えたくない。

 だから、私は音楽を聴き続ける。ただ、周りの人に危害を与えないようにするために。

 朔さんには、音楽を聴かない様に、と再三注意された。それは、私が音楽に溺れて、ご飯作りも掃除もしなくなってしまうから。

 でも、そんなの真人や朔さんでもやれることじゃないの。なんで、全部私がやらなきゃならないの? 主婦だから? そんなの、知らないわよ。

 朔さんの言うことに、全て屁理屈を付けてしまう。昔は、こんな気持ちにはならなかったのに。なんで? ねぇ、なんでよ、教えてよ。誰か、教えて。

 今日選んだ音楽のサビ。『もうどうなっちゃってもいいのにさ いつのまにか 何かを求めてて でもその何かは分からなくて もどかしくて 悔しくて』。なんだか、私にピッタリ。この歌詞通りの感情になってた、私に。


 やがて、音楽は終わる。どれだけ派手な音楽だって、儚く終わってしまう。

 終わるのは、五分後かもしれないし、一分後かもしれない。でも、絶対に終わってしまう。

 もしかしたら、人間も、音楽と同じなのかもしれない。

 生まれてきたら、絶対に終わってしまう。それは、十年後かもしれないし、八十年後かもしれない。

 でも、人間が音楽とは違う所は、その終わり方が『キレイ』なものだとは限らない所。

 音楽は、全てキレイな終わり方をする。だけど、人間は違う。人に殺されるかもしれないし、病気で早死にするかもしれない。


 ――さて、私の《音楽》は、一体どんな終わり方をするのかな。――


 なんてことを考えながら、私はスマートフォンの電源を切った。そして、イヤホンを引き出しに入れて、鍵をかけておいた。


【第十四話 END】



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