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太陽の下に隠れた傍観者  作者: 紗倉 悠里
≪第一章≫ 裏表裏。
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残された悪夢

【第十二話】<残された悪夢> -“狂った子供(チルドレン)”-


 目が覚めると、ボクは寝室に居た。ベッドの上で座っていた。

 いつも、そうだった。目が覚めると、寝室に居る。

 ボクは、寝室以外の所で目覚めたことがことがなかった。そして、目覚めた後は、記憶が消えていることが多かった。今回だって、今日の朝ご飯は言えるし、高校を出たところまでは憶えてる。けど、その後はなにしていたのか、全く思い出せない。

 ――きっと、家に帰ってすぐに寝てしまったんだ。それを“傍観者(ノーサイド)”が見つけて、寝室まで運んでくれたんだ――

 ボクは、そう思った。

 それ以外の疑問は全部邪念として振り払う。

 他のことは考えちゃいけない。“傍観者(ノーサイド)”を疑うなんて、悪い事。そう、悪い事だから疑ったらいけない。例え、ボクの目の前にある事実が、どれだけ怪しくても。

 

 覚醒した直後、まだ意識がぼんやりしている時。

 いきなり誰かが、最初から開いていた窓から、寝室に入り込んできた。紫色の三つ編みを靡かせながら。

 実は、この寝室の窓は、全部開けられていた。夏でも、冬でも開けられていた。この窓に鍵が掛けられているところを、ボクは見た事がない。だから、人が入る事ができたってことだ(ちなみに、ここは一階。窓から入るのは、容易なこと)。

 

「あの……これ」


 そんな紫色の侵入者は、部屋に入ってくるなり、ボクに黒いスマートフォンを押し付けた。そして、小さく声を出した。



 ボクを見上げるその女の子に、ボクは見憶えがあった。

 ほんのりとした薄紫色の髪の毛は、緩い三つ編みに纏められている。とても眠たそうにしていて、垂れ目なのが可愛らしい。身長がボクと同じくらいだが、ボクよりも幾分か大人なオーラを放っているのがちょっと羨ましい。

 そして、ここまでは可愛い普通の女の子なんだけど、一つだけ、彼女ならではの変わったところがある。


 それは……彼女がいつも人形を持ち歩いていることだ。


 今日も、彼女は人形を持っていた。しかし、ドレスを着た西洋人形を持ち歩いていることが多い彼女が、今回は着物姿の日本人形を持ち歩いていた。まぁ、彼女が「私は西洋人形だけを持ち歩く」って感じのことを断言したことはないから、ちょっとしたイメチェンみたいなものだと思う。

 

「ん? どした、久しぶりじゃないか」

 ボクは、心の中では彼女との再会に歓喜していた。しかし、それを表に出さないように冷静を装う。


 何故ボクがそれ程歓喜しているかといえば、答えは単純である。彼女はかつての悪友であり、幼馴染であったのだ。

 それに、彼女の実家がボクの家(ボクの家は“傍観者{ノーサイド}”の家だったりする)に近かったことから、善友悪友関係なく良く遊んでいた。

 ボクの悪友の中では、一番付き合いが長い彼女の名前は、神子斗 御琴という。ちなみに、ボクが小さい頃は、「みこみこちゃん」とニックネームを付けて親しんでいた。

 みこと みこと と、同じ読みが二回繰り替えされている彼女の名前は、かなり珍しいものだ。ボクは、とても気に入っている。

 そして、もう一つ。彼女は、ボクの名前を知っている。勿論、“狂った子供(チルドレン)”でも、高川 葵でもない、本当の名前だ。これを知っているのは、ボクの悪友でも三人しかいない。

 しかし、ボクが真名を忘れてからは、彼女はボクの名前を呼ばなくなった。それから暫くして、ボクと彼女は音信不通になった。

 それが確か、5年ほど前のこと。つまり、彼女とは5年ぶりの再会になるわけだ。

 これで、ボクが歓喜しているわけは分かってもらえたと思う。


「うん、久しぶり。……ねぇ、これ、『のーさいど』さんに……渡してくれる?」


 彼女は、ボクから僅かに目を逸らしてそう言った。右手はしっかりと人形を抱いていて、左手は、ボクの胸にスマートフォンを押し付けていた。


 これ、と言うのは言わずともこのスマートフォンだと分かった。黒く塗装されたそれは、とても綺麗だが、なぜ“傍観者(ノーサイド)”にこれを渡さなければならないのだろうか。

 それに、彼女の口調からして、傍観者(ノーサイド)”のことはよく知らないらしい。いや、歩のことは知っている。近所での表向きは「ボクの父親」なのだから(高校では、時雨が父親になっているけれど。なんだか、ボクには父親がたくさんいる気がするな……)。しかし、彼女の前では歩は白野 歩で、“傍観者(ノーサイド)”になることはなかった。だから当然、“傍観者(ノーサイド)”という存在は知らないに決まっている。

 きっと、誰かから“傍観者(ノーサイド)”に渡すように言われたのだろう。はて、それは誰だろうか。

 



 考えてはみるものの、誰も思いつかない。

 彼女に“傍観者(ノーサイド)”のことを教え込む奴など、彼女の周りにはいないはずだ。

 ボクや時雨達以外に、“傍観者(ノーサイド)”を知る者と言えば、水田真理が中心の窃盗団しかいない。確かに、この窃盗団に彼女は属しているが、この窃盗団は協力やチームワークは重視していなかった。最小限の関わりしかしていない。

 だから、水田真理が彼女に“傍観者(ノーサイド)”のことを教えたならば、それは窃盗団の中の彼女に対する【依頼】があったということなのだ。水田真理でも、他のものでもない、神子斗 御琴に。

 それならば、辻褄が合う。


「なぁ、神子斗。お前の依頼主は誰だ?」

 

 ボクは、この推理が当たっているか、確認するためにそう聞いた。

 答えがもし「水田真理」なら、当たっている。その他の誰かならば、ハズレ。

 といっても、もし他の知らない人の名前が出てきたら、それはそれで困ったことになってしまう。

 少し期待しながら、彼女の答えを待った。


「言えない。……依頼主は、言えない」


 しかし。彼女は、絶対にその名を吐かなかった。

 悪友であるボクに対しても、断固として口を一の字に結んでいる。

 これは困ってしまった。

 でも、彼女が依頼主を吐かないのは、当然の事だ。

 だって、もし詐欺グループの金を回収する係りが警察に捕まった時に、そのグループの中心人物の名前を吐く奴がいるだろうか。今みたいに、拷問がなくなった社会で、そんなことを吐く奴はいるまい。

 きっと、彼女はそれと同じ心理で、依頼主を言わないのだろう。

 ボクは、そのことを知っていた。この窃盗団のメンバーは、一人として依頼主を吐いたことがないことも知っていた。

 なのに、聞いてしまった。

 

「そうか」

「うん。……私は、これが仕事だから」


 ボクが頷くと、彼女は少しだけ視線を下に落とした。

 やはり、彼女も窃盗という仕事に、少なからず後ろめたい気持ちを持っているのかもしれない。

 だって、彼女はこの窃盗団に入る前は、普通の女子中学生だったのだから。ボクの、何の変哲もない幼馴染だったのだから。

 あの時の話は長いから、今は話さないことにする。けど、きっとこの話を話すときはくるだろう。その話を話す時が、少しでも後になることをボクは祈ることしかできない。


 少し暗くなってしまったけど、話を戻そう。

 彼女の仕事は窃盗犯だが、今彼女がやっていることは窃盗ではなかった。ただ、返しにきているだけだ。

 

「わかった。このスマホ、返しておくよ」

「うん、……よろしく」


 ボクは、もう何も聞かずにスマートフォンを受け取った。すると、彼女の悲しそうな顔に、少しだけ笑顔が灯った。

 その後で、彼女は仕事が終わったから帰る事にする、と言って窓の方に向かって行った。

 その時。ボクはこうつぶやいた。


「どうしたんだ? 別に、成功したんだろう、依頼?」

 

 彼女の肩が僅かに震えた。

 どうやら、ボクの言葉の意味が分かったらしい。

 こちらを静かに振り返ると、困ったように眉をハの字に曲げた。そして、苦笑する。


「そーらしい、だけど……返品しろって言われたんだって――」


 彼女は、そう残すと窓から降りて行った。ボクには、窓から落ちたようにしか見えないが、彼女の事だから路地裏に華麗に着地していることだろう。


 さて。ボクはスマートフォンを右手に握ると、振り返って、背後にあるドアと向かい合う。

 そして、一言。


「盗み聴きはダメだぞ。“傍観者(ノーサイド)”」


 

 神子斗と別れる少し前。ボクの後ろの廊下から、誰かが歩いてくる音がした。そして、その音は寝室――ボク達のいた部屋――の前で止まると、近づいてきた。

 きっと、“傍観者(ノーサイド)”がボクを迎えにきたのだ。なら、別になにも考える必要はなかった。部屋に入ってきても、神子斗が相手だったら、“傍観者(ノーサイド)”もなにかを怪しんだりはしないだろう。

 しかし、その足音が止まってからドアが開くことはなかった。

 つまり、ドアの向こうの誰かは、この部屋での会話を盗み聴いていることになる。

 そして、今この家にいるのは“傍観者(ノーサイド)”だけだった。ボクの頭の中で終始流れている、この家にある五台の監視カメラから見える映像の中に、“傍観者(ノーサイド)”以外の人は映っていなかったからだ。

 ということは、必然的に、盗み聴いているのは“傍観者(ノーサイド)”と言う事になる。

 頭の中で流れる映像は邪魔なだけだったが、まさかこんなところで効果的に使えるとは。少し驚きだ。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 “傍観者(ノーサイド)”が盗み聴きをするなんて、初耳だ。彼は、そんなことはしない人間だと思っていた。




「なんだ、気づいてたのか。……さっきの奴は誰だ?」

 

 ボクが思案していると、ギィ、と低い音がして、ドアが開いた。

 部屋に入ってきた“傍観者(ノーサイド)”は、怠そうな声でそういった。

 さっきのさっきまで盗み聴きしておいて、いきなり質問とは、かなり無礼なことだ。だけど、“傍観者(ノーサイド)”の方がボクより強い。だから、ボクは答えなければならない。

「ボクの……」

 そこまで答えて、ボクはあることに気がついた。

 ――“傍観者(ノーサイド)”が……神子斗のことを憶えていない。――

 ボクは、“傍観者(ノーサイド)”に彼女の事を「幼馴染」として紹介していて、“傍観者(ノーサイド)”も彼女に「“狂った子供(チルドレン)”の父」として接していた。

 ボクと、“神子斗”はとても仲が良かった。

 なのに、“傍観者(ノーサイド)”は憶えていない。

 もし憶えていたなら、「さっきの奴は誰だ?」なんて聞き方をするはずがない。


 その事実は、ボクにとってとても衝撃的。こんな衝撃に、ボクが耐えられる訳がない。

 頭の中で、何かがガラガラと崩れていく。キー、キー……と何かの警告音が響く。

 

「あーあ。なんだ、故障か? めんどくさいな……また直さなきゃいけないのか」


 身体が熱い。燃えるように熱い。

 頭の中に流れていた監視カメラの映像がくにゃりと曲がって、真っ暗闇へと変わっていく。

 目の前の“傍観者(ノーサイド)”も曲がって、どんどん薄くなって――……。


「ア、ァ、ゆ……ボク、ク、ど、な、て……る、……か?」

「んー、オーバーヒートだな。……っし、直しに行くぞ」


 ボクの身体は、軽々と担ぎ上げられた……筈だった。

 ボクは、“傍観者(ノーサイド)”に持ち上げられて直ぐに床に落とされた。


「った……!」


 そう声をあげたのは、ボクではなくて、“傍観者(ノーサイド)”。

 自分の手首を抑えて、痛そうにその端正な顔を歪めていた。どうやら、元から右手を負傷していたらしい。

 ボクも、落とされた衝撃で、少し意識が覚醒した。腰の辺りが痛んでいるけど、多分そのうちにおさまるだろう。

  

「ど……シ、た?」


 音声が上手く発せられない。

 声が、勝手に高くなったり低くなったり。

 だが、それでも“傍観者(ノーサイド)”にはちゃんと伝わったらしい。


「ちょっと、煩い狐を片手で持ち上げちまってな……」


 ぶらぶらと腕を軽く振りながら、ボクを見下ろして“傍観者(ノーサイド)”はそう言った。

 『煩い狐』とはなんだろう。ボクには、思いつけなかったから、また後でこのことに関するデータが残っていれば、考えたいと思う。


「ソ、か」


 そうか、としか返すことができなかった。

 身体が熱くなっている。熱くて熱くて、もう疲れた。

 そういえば、誰かがインフルエンザや風邪に掛かると、こんな感じで熱が出るって言ってたっけ。多分、それと一緒かな。

 

「っし、もう大丈夫だ」


 そういうと、“傍観者(ノーサイド)”はボクを持ち上げた。今度は、ボクは落ちなかった。かなり痛みを我慢しているらしい。さすが、大の大人だ。そこだけは尊敬しようじゃないか。

 そのまま、薄れた視界が、寝室から廊下へ、廊下から研究室へと移り変わって行く。最初は木造で茶色かった視界は、いつの間にか真っ白に変わっていた。その白は、無機質な……白。

 

 あれれ、どこかで白い所ってみたよね。全部真っ白で、上も下も左も右も真っ白で、白くないのは一つだけだった。

 でも、そこは無機質な白じゃなかった。暖かい白だった。ここみたいに匂いがない部屋じゃなくて、消毒液の匂いがしてた。

 なにか声を出そうと試みるけど、もう声は出ない。

 ボクは、“傍観者(ノーサイド)”に反論することもできなくなってしまった。なにもできなくなってしまった。

 

 ぷすり。

 なにも出来ないボクの腕に、堅くて細い針が刺された。勿論、それは注射の針以外の何物でもない。

 ボクは、注射がすっごく苦手。多分、今動けてたら、暴れ散らしてたと思う。まぁ、絶対に出来ないけどね。

 

「おー、すげー熱いな。大丈夫か?」


 “傍観者(ノーサイド)”が、苦笑いしていた。

 ボクはなにも返事が出来なくて、ただぼーっと“傍観者(ノーサイド)”を眺めていることしかできない。

 でも、しばらくするとどんどん眠くなってきて、目が開けられなくなってしまった。

 そのまま、眠気に従って目をつぶった。


 ――その時に、さっき神子斗から貰ったスマートフォンは誰もいない寝室で、静かに振動していた。

 画面に文字が表示される。

『Die Application インストール完了』――


【第十二話 END】




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