表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽の下に隠れた傍観者  作者: 紗倉 悠里
≪第一章≫ 裏表裏。
10/17

やっと幕開け

【第八話】<やっと幕開け> -“傍観者(ノーサイド)”-


 時雨に、電話をしてから五分。

 早めの掛け直しを頼んでいたはずだが、まだ掛け直してこない。仕方なく、計画の資料の見直しとかをしていた。


 そういえば、学生時代も、こんなことをしたはずだ。試験の時にすごく時間が余って、三十分くらい、頬杖をついて試験問題の見直しをしてたっけ。本当、学生の試験って簡単すぎるんだよね。三十分もあれば、充分だ。



 しかし、予測できないソレは、突然訪れる。


 

 ――迂闊だった。

 多分、この時の俺は注意が足りていなかったのだ。きっと、ウイルス伝染専用機 as-1 ができたために、浮き足立っていたのだろう。本当に俺はバカだ。

 だから、俺の家に入ってきた人の存在にも気づかなかった。……俺が気づいたのは、その人が後ろからいきなり俺を叩いた時だった。


「ってっ!」


 後頭部に、鈍い痛みが走る。どうやら、平手で叩かれたらしい。だが、痛みは尋常じゃない。まるで、波紋のように、頭に痛みが響いていく。

 俺は、振り向くことに多少の恐怖を抱いていた。もう、俺を叩いた人が誰なのか分かっていたから。そして、その人が俺を叩くということは……――その人はかなり怒っているということなのだから。

 

「おい、“傍観者(ノーサイド)”。なにをやっているんだ」


 俺は、ゆっくりと振り向いた。

 そこには、すでにご立腹のオーラをこの場に振りまいている“狂った子供(チルドレン)”がいた。

 あまりにも怒りすぎて、アニメの演出のようにツインテールが宙に浮いて俺をビンタしてきそうだ。

 

「な、どうしたんだ。“狂った子供(チルドレン)”」


 どうにか、声を出す。

 流石に、彼女にずっと怖じている訳にはいかない。いつもの自分のペースを取り戻そうと試みてみる。

 多分、彼女は些細なことで怒っているのだろう。なんでボクの部屋の掃除をしていない、とか、なんで私を出迎えてくれなかったのか、とか。うん、きっとそうだ。


「それは、なんだ……!」


 彼女の声は震えていた。勿論、泣きそうだからではない。怒りで震えているのだ、ということはすぐに分かった。

 そして、彼女が指差した先にあるもの。それは……あの計画の資料であった。

 

 やばい。俺が、本能的な恐怖を感じた。

 やっぱり、彼女が怒る理由がそんな些細なことであるわけがなかったのだ。さっきの俺の考えは、きっと俺の現実逃避でしかなかったのだろう。

 しかし、なぜ彼女がこの資料をみて怒るのだろう。今、俺がみているページはあのウイルス伝染専用機 as-1 の設計図。見ていても、彼女に理解できるわけがない。


「さっきからずっと見ていたら……世界を壊すだと? ふざけるなっ」


 『さっきからずっと見ていた』……だと? 嘘だろ。

 俺は、慌てて前のページ、もっと前のページと、捲って確認してみる。

 確かに、世界を壊すことに関係する内容のことが書いてあった。ゲームのことも、台本のことも……。


 その時、俺の横から何かが飛んできた。それを、体を反らせることで間一髪で避ける。頬を、何かがかすった。

 そして、その何かは、俺の目前を通り過ぎて、床にぶち当たったと同時に、派手な音を立てた。


 飛んできたモノは……彼女の持っていた黒いペンケースだった。周りに、沢山の鉛筆や、消しゴムが散乱している。俺が、彼女の入学祝いに購入して与えたものだった。

 与えたモノを投げてくるなんて、かなり怒っているみたいだ。投げつけられたペンケースは、可哀想にほとんど原型をとどめていない。鉛筆なんかは、布を突き破って外に出ていた。多分、もう使い物にならないだろう。


「なにが『世界を壊す』だ! 壊してどうするんだよっ、人間が全員いなくなるんだぞっ!? お前の大切な人だって、死ぬんだぞ!?」


 なぜか、いつも冷静な彼女は、かなり感情的になっていた。珍しい。

 『研究対象』として、かなり面白い反応を出してくれているようだ。これは、かなり助かる。

 

 しかし、今はそんなことをメモに書き留められる場面ではなかった。

 まず、どう考えてもおかしいことだった。彼女が俺に怒りを示すことは。

 例えるならば、洋食を取り扱うレストランで、ハンバーグを注文した時に、運ばれてきた皿にざるそばがのっていた、と言うようなくらいにおかしいこと。

 つまりは、【あり得ない】のだ。


 その上、俺には彼女が怒る理由が分からない。

 別に、世界が終わる計画と言っても、“狂った子供(チルドレン)”が怒る必要などない。寧ろ、彼女は刻一刻とこの世界を蝕み続けているのだから、壊す側の人間だ。にも関わらず、なぜこの計画が彼女の逆鱗に触れたのだろうか。

 俺には、理解できなかった。


「冷静になれ、“狂った子供(チルドレン)”」


 とりあえず、そう言ってみることにした。といっても、実際に彼女が冷静になるはずなんてない。それなのに俺がこう発言しているということは、俺の方が冷静にならなければならないことを暗示しているのだろう。

 

「うるさいっ!!! テメェのせいでボクが産まれてきたんだろぉがっ!! テメェがいなけりゃ、ボクはこんなところに居る必要なんてなかったんだよっ! なのに、不幸分子のボクを造った後にこの世界を壊すなんて、おかしいだろ! なんで、ボクを造ったんだ!」


 ちょっと待て、ちょっと待ってくれ。さすがの俺でも、それほどの悪言には耐えられないぞ。

 どうやら、彼女は相当お怒りのようだ。俺が想像していたことの上をいっている。

 きっと彼女は、

「ボクを造ったのに、なんでボクを壊すのだ」と言うことが言いたいのだろう。


「別に、お前を壊したいわけじゃない」

「なら、誰を壊してぇんだよっ!」

「この世界だ」

「じゃあ、この世界にボクが含まれていないとでも言うのかよっ!!」

「そんなわけはない。お前は、この世界の『重要な』人間だ」

「なら……結局ボクを壊すんだろうが……!」


 そう言った途端、“狂った子供(チルドレン)”はその場にヘナヘナと座り込んだ。

 きっと、過度な電力消費によって、機械が正常に動かなくなってしまったのだろう。確か、かなり丈夫に造ったはずなんだけど……ネジでも緩んだのか。

 俺は、座り込んだ“狂った子供(チルドレン)”を見下げた。


「うるさいぞ、“狂った子供(チルドレン)”。俺に反抗もできない癖に、偉そうな言葉を連ねるな」




 “狂った子供(チルドレン)”は、一瞬怯んだような表情を見せた。

 そして、いつも通り俺が勝つのだ。彼女が、会話を放棄して、そっぽを向くのだ。彼女の会話の放棄は俺の完璧な勝利を表している。

 しかし、それは、もしこれが“いつも”だったら、のことだった。


「うるさいっ!! 黙れっ! 馬鹿っ!!」


 怯んだ表情は、すぐに憤怒が篭った表情へと変わっていく。そして、いきなりよくわからない悪口を連ね始めた。

 

 彼女は、俺がそれをとても嫌っていることを知っていた。だからこそ、こんな行動を始めたのだろうか。


 俺は、意味のない言葉が嫌いだ。例えば、馬鹿とかアホとか。あんなモノには、意味と言うモノがないのである。

 だが、よくそれらと一緒にされる間抜けと言う言葉には意味がある。もしなかったのだとしても、俺はあると思っている。

 まぁ、簡単に言えば、意味がある言葉イコール「そう安安と連発できない言葉」と言うことでもあるのだ。

 バカ、と言う言葉はよく連発される言葉だが、それと同じような意味合いを持つ愚かや低能、無能、と言った言葉は、比較的連発されない。

 それは、バカには意味がなくて、愚かなどには意味があるってことだ。


 なーんて、俺はそんな感じの自論を持っている。

 だから、こんな意味のない言葉を聞くのは嫌いだ。しかも、それが自分に向けられたモノだとしたら、尚更に。


「……いい加減にしろ、“狂った子供(チルドレン)”。悪ふざけにも程があるぞ」

「うるさいうるさいうるさいーーーーっ!!! ふざけてるのはお前だろーがっ!」


 ……どうやら、今の彼女には日本語が通じないらしい。


「……うるさい。俺はふざけてなどいない」



 ――そういって、俺は“狂った子供(チルドレン)”を抱きしめた。

 すると、彼女はそのまま力なく崩れ落ちた。――


 おっと。今の言い方だと、ロマンチックな方に勘違いする人がいるかもしれない。ここは、ちゃんと弁解しておこうじゃないか。


 俺が手を回したところ、つまりは彼女の腰辺りには、電源ボタンが設置してある。だから、彼女の電源ボタンを押せば、彼女の電源は自動的に切れて、力をなくすわけだ。

 しかし、電源を切っても、一定の時間が経てば、また勝手に再起動してしまう。だから、また彼女が起きた時に、この論争は始めようじゃないか。

 ちなみに、なんで俺が抱きしめた――正しくは羽交い締めにした――のかといえば、彼女が暴れては困るからだ。いくら人造物とはいえ、容姿は幼女。大人の男である俺に抱きしめられれば、上手に暴れることはできまい。だから、いつも抱きしめてから、電源を切ることにしている。

 ついでにいえば、もし、抱きしめずに腰に手を当てたりなんかしたら、腕の骨一本くらいは折れるほどの激しい抵抗を受けてしまうから、気をつけなければならない。


 まぁ、実をいえば、こんな姑息な行動はとりたくなかった。だって、論争の途中で相手の意思が途切れるようなことをするのは、ズルいじゃないか。

 でも、仕方が無い。こいつが黙らなかったんだから。

 

 崩れ落ちた彼女を、リビングの隣の寝室に持っていく。そして、ベッドに寝かせて置いた。そっと、布団をかぶせる。

 そのまま、音を立てないように(まぁ、彼女の耳元でダイナマイトを爆発させて轟音を発生させても、彼女は起きないけどね。それでも、雰囲気は大切だ)寝室をでた。


 そして、その時だった。

 玄関のチャイムが鳴ったのは。


 俺は、少し驚いた。こんな時間に、誰が俺の家に訪問してくるのだろうか。梅子ならば、少し外出しているし、夜までは帰ってこないと言っていたはず。

 少し怪しんだ俺は、音を立てないようにドアに近づく。そして、小さな丸い窓から相手の顔を確認した。

 そこに映っていたのは、貼り付けたような笑顔で立っている時雨だった。

 俺は、ホッとして、静かに自分の胸をなでおろした。


 そして、ドアを開ける。

                  


「よぉ、時雨。お前がきたのは、やっぱりさっきの件か?」




 俺は、すぐにそう問いかけた。ウイルス伝染専用機 as-1 の話ではないのなら、今日はお引き取り願いたい。リビングがすでにぐちゃぐちゃに荒れている。あんなのを、俺が完璧な存在だと思っている時雨に見せたくはないのだ。


「はい、そうです。早速、見せてもらいたくて」


 時雨は、はにかみながらそう答えた。彼は、右手の指でぽりぽりと頬を掻いていた。

 ――あれが要件なのなら、仕方が無い――俺は、時雨を家に招き入れた。できれば、明日にして欲しかった……なんて思いながら。


 二人で、リビングの奥の研究室に向かう。

 時雨は、ペンケースの部品が飛び散り、木造の椅子が木の粉塵へと変わっていたことにかなり戸惑っていたが、「気にするな」という言葉で彼が質問してくるのを制し続けた。

 頼むから、時雨、このことは見てないことにしてくれ。


 そう思いながら、研究室のドアのタッチパネルに、暗号を入力する。すると、ガチャ、と重々しい音がした。これはロックが開けられる音だ。……もう三年使い続けている今でも、この音には慣れない。

 この研究室には、一応、大切なモノが置いてあるために、ドアにはロック機能がついている。暗号を入力しなければいけないのは、心底面倒くさい。

 だが、中にあるのは、本当に大切だ。なくなれば、マジで泣き出すほどに。


 そのままドアをガチャリと開ける。そして、時雨も部屋に入れると、ドアをきっちりと閉めておいた(半開きにしてはいけない、と説明書に書いてあったからやっているだけで、別に俺が律儀なわけじゃない)。


「うわっ、相変わらず……“傍観者(ノーサイド)”って『片付けられない男』ですね」


 時雨が、顔を引き攣らせた。

 まぁ、この時雨の反応は決して間違っていなかった。ここには、資料が散乱しているのだから。

 床から、壁までびっしりと資料に埋め尽くされている。(壁には、画鋲で貼り付けているのだが、もう新しいモノが貼れるスペースは残っていない)

 勿論、足場なんてない。


「うるさい。どっかの姑みたいなことをいうな、男の部屋は皆こんなもんだ」

「今度、俺の家に来ますか? 綺麗に片付けてありますよ」

「黙れ。お前とは根本的な性格が違うんだよ」

「そうですね、貴方は面倒くさがりやですから」

「黙れ」

「冷たいですねーっ。あ、この資料は踏んでいいやつですか?」

「黙れ」

「踏みますよー」

「黙れ」

「あの……“傍観者(ノーサイド)”、日本語通じてますか?」

「黙れ」

「まるで、壊れたレコードみたいですね」

「黙れ」


 正直言って、こいつとの会話はチョーめんどくせぇ。だから、殆ど「黙れ」でパスしている。今のようにな。

 今日も、いつも通り「黙れ」を連呼しながら、資料の上を踏み歩いた。


 ちなみに、俺の研究室には、踏んでいい資料と踏んではいけない資料がある。ちなみに、床に踏んではいけない資料も、沢山散らばっているから、踏まないように気をつけてもらいたい。もし踏んだ時には(暴力的な意味で)体払いだ。

 俺は、時雨の前を歩いて行く。

 そろそろ、部屋を片付けようか。毎回この部屋に入るたびにそう思う。だが、できない。なぜなら、『めんどくせぇ』からだ。


 それで、そのまま月日は経って、いつの間にか片付けないまま二十年が経っていた。もう、ここまで来てしまえば片付けようがない。だから、片付ようなんて思ったらいけない。そんな感情を持ってはいけない。


 俺が、頭の中で「片付けよう」という感情と「めんどくせぇ」という感情のガチの殴り合いをやっている間に、時雨は身軽に資料の合間を縫って歩いている。

 スーツを着ているのに、なぜあれほどしなやかに動けるのかは、未だに謎だ。いつか、彼の体を調べさせてもらおうじゃないか(黒笑)。

 ついでに言っておけば、どうやら、何年もここに来ているうちに、資料の重要度がわかるようになってきたのか、この頃彼の身体を(暴力的な意味で)痛めつける事はなくなってきていた。


「“傍観者(ノーサイド)”……ねぇ、そろそろ片付けませんか?」

「黙れ」

「俺、手伝いますよ?」

「黙れ」

「よし、じゃあ今週の日曜でいいですか?」

「嫌だ、めんどくせぇ」

「うぉっ、喋った!? え、今喋りましたよね!? 俺、夢みてませんよね?」

「……オイ。なに動物が喋った所を目撃した某少女みたいなこと言ってんだよ。俺は喋るぞ」

「そ、そうですよね……。でも、あまりに驚いちゃいまして」

「黙れ」

「えぇっ、また戻るんですかーっ?」

「黙れ」

 あぁ、中途半端に喋ったのが悪かった……。全部、黙れでかわしておけば良かった。俺はバカなのか……。


 そんなことを考えながら、歩く。

 割と、この紙を踏む感触は心地がいい。まぁ、あまり踏んでいいものではないのだが。

 しばらく歩いて、俺はあるドアの前で立ち止まった。これは、この部屋の最奥にある古びたドアだ。鍵なんてついていなくて、ちょっと蹴ればすぐに壊れそうなほどに古い。

 だが、このドアの奥には、あの機械が置いてあるのだ。



 ――俺は、ドアノブに手を掛けた――


【第八話 END】



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ