第1話
「ぐっ……!」
魔王は、勇者ヘラの足元に膝をついていた。
漆黒の長髪の隙間から覗く二本の角。
胸を深々と貫く聖剣。
床へ滴る黒い血。
誰がどう見ても、勝負は決していた。
「これで終わりだぁぁぁぁぁぁっ!!」
勝利を確信したヘラが、聖剣を高々と掲げる。
「魔王アートヒルビジウムメチャディルチレビヘッ……へっ……? 噛んだ……」
そこまで叫んだところで、ぴたりと止まった。
「……名前、長すぎない!?」
静まり返る玉座の間。
ヘラは咳払いを一つすると、何事もなかったように剣を構え直した。
「もういい!!とにかく今日で終わりだぁぁぁぁっ!!」
魔王は血を吐きながら、それでも不敵な笑みを浮かべる。
「……くくっ。これで終わったと思うな、勇者よ……。」
低く響く声。
「そして、後ろで背景みたいに突っ立っている……モブどもよ……。」
「悪役ってみんなそのセリフ好きだよね!」
ヘラは鼻を鳴らした。
「でも残念!次なんてないんだからっ!」
勢いよく聖剣を振り上げる。
狙うは魔王の首。
この一撃で、長き戦いに終止符が打たれる――
……はずだった。
「いや。」
後ろから、やる気の欠片もない声が聞こえた。
「俺、モブじゃないんだけど。」
ヘラの動きが止まる。
「……え?」
振り返ると、ローブ姿の青年が退屈そうに頭を掻いていた。
世界唯一の十一サークル大魔導士。
レオン・ラバンチ。
「純粋な戦闘能力なら、お前と俺はほぼ互角だろ。」
「ちょっとレオン!?」
ヘラは思わず叫ぶ。
「今めちゃくちゃいい見せ場なんだから空気読んでよ!」
「読んでるよ。」
レオンはあくびでもするような顔で答えた。
「だからラスボスのトドメくらい、俺にも譲ってくれ。」
「意味分かんないんだけど!?」
「うん。」
レオンは小さく頷いた。
「じゃあ、もらう。」
パチン、と乾いた音が玉座の間に響く。
その瞬間。
目には見えない魔力の刃が空間を切り裂いた。
一筋の銀閃。
それだけだった。
ゴトッ。
魔王の首が床へ転がる。
数拍遅れて、胴体が力なく崩れ落ちた。
静寂。
世界を恐怖に陥れた魔王は、あまりにも呆気なく倒れ伏した。
「…………。」
数秒の沈黙。
そして。
「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
ヘラの絶叫が、魔王城全体を揺らした。
「私が勇者なのに!!主人公なのに!!ラスボスのトドメを横取りするとか最低なんだけどぉぉぉぉ!!」
「主人公だからって、最後の一撃まで持っていく決まりはないだろ。」
「あるの!!私の中にはあるのっ!!」
ヘラは悔しそうに地団駄を踏む。
レオンは肩をすくめた。
「道中ずっと敵から『モブ』扱いされてたんだぞ?少しくらい見せ場があってもいいだろ。」
そう言って、彼は視線だけを横へ向けた。
「……そう思わないか、忍者。」
影の中から、一人の少女が姿を現す。
黒い仮面。
風もないのに揺れる銀色の髪。
存在感だけが妙に薄い少女――セシルだった。
「……影は語らない。」
「いや、今しゃべったよな。」
「…………。」
「黙るの早っ。」
「影は……多くを語らない。」
「そこ言い直すんだ。」
レオンが吹き出す。
ヘラは悔しそうに拳を握り締めた。
「もうっ!!感動のラストだったのにぃぃぃ!!」
ヘラは聖剣を勢いよく鞘に収めた。
ガチャンッ!
「せっかく勇者っぽく決めようと思ってたのに!全部レオンのせいじゃん!」
「そうか?」
「そうだよ!」
「まあ、魔王は倒したし。」
「そういう問題じゃないの!!」
レオンは悪びれる様子もなく肩をすくめた。
「世界も救われた。めでたしめでたし。」
「私の主人公イベントは!?」
「知らん。」
「知らんじゃなぁぁぁい!!」
魔王城に再びヘラの叫び声が響いた。
そんな二人のやり取りを眺めていたセシルが、小さく呟く。
「……影は騒がない。」
「いや、お前はちょっとくらい喋れよ。」
「影は必要最低限しか喋らない。」
「さっきより設定増えてんじゃん。」
「…………。」
「黙るの早っ。」
レオンは呆れたように息を吐く。
静かに、自分の左手首へ視線を落とした。
そこには黒い紋様のような刻印。
五年間、自分を勇者パーティーへ縛り付けていた『契約』の証だった。
「……。」
その刻印が、砂のようにさらさらと崩れ始める。
一片、また一片と光になって消えていく。
やがて最後の欠片が消え去ると――
レオンは口元をゆっくりと吊り上げた。
(終わった。)
(やっと……終わった。)
その瞬間。
誰にも気付かれないほど小さく、レオンは笑った。
(自由だ。)
次の瞬間には、もう行動していた。
転移魔法。
あらかじめ魔王城の床に刻んでおいた魔法陣が淡く輝く。
「じゃ。」
「……え?」
ヘラが目を丸くした、その一瞬。
パァン――!
光が弾ける。
レオンの姿は跡形もなく消えていた。
「…………。」
「…………。」
数秒。
誰も動かなかった。
最初に我へ返ったのはヘラだった。
「…………え?」
もう一度周囲を見回す。
いない。
「…………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?」
勇者の絶叫が、再び魔王城を揺らした。
「レオンーーーっ!!どこ行ったぁぁぁぁぁ!!」
返事はない。
あるのは静まり返った玉座の間だけ。
「セシル!」
「……影は語らない。」
「今は喋って!!」
「…………。」
セシルは静かに床の一点を指差した。
「……あそこ。」
「え?」
ヘラが近付く。
床には巨大な魔法陣が描かれていた。
幾重にも重なる幾何学模様。
淡い光を放ちながら、端の方から少しずつ灰になって崩れていく。
「これって……。」
発動直後の転移魔法陣。
魔法を知る者なら一目で分かる代物だった。
だが――
「…………。」
ヘラは腕を組み、しばらく真剣な表情で考え込む。
十秒。
二十秒。
三十秒。
「……はっ!」
勢いよく顔を上げた。
「分かった!!」
「……。」
「レオンのやつ、もう先に外へ行ったんだ!」
「……。」
「相変わらずせっかちなやつだなぁ!待ってよ、レオンくーん!!」
ヘラは嬉しそうに玉座の間を飛び出していく。
その背中を見送りながら、セシルは小さく呟いた。
「……違う。」
しばし沈黙。
「……まあ、いいか。」
誰にも聞こえないほど小さなため息が漏れる。
そして彼女もまた、静かに影の中へ消えていった。
玉座の間に残されたのは、燃え尽きた転移魔法陣の灰だけだった。
読んでくれてありがとなのだ!
これからも楽しいお話を書いていくのだ!
よろしくなのだ!




