第27話 Cランクの実力
「よお、ミリア。そしてEランクの雑魚」
レクトが笑っていた。大剣を肩に担いだまま、こちらを見下ろしている。その後ろに三人のパーティーメンバーが控えていた。
ミリアが僕の後ろに半歩下がった。体が震えている。
「レクトさん……」
「なぁに怯えてんだよ、ミリア」
レクトが一歩踏み出した。同時に——さっき避けた攻撃の衝撃で、僕の肩に浮かんでいた配信用の球体が火花を散らして落ちた。砕けた破片が砂地に転がる。
ミリアの球体も、同じように壊れていた。
「あ——」
「ああ、それな」
レクトが愉快そうに言った。
「お前らがあのクマと派手にやり合ってくれたおかげで、この辺の監視機材も全部ぶっ壊れてんだわ。配信もギルドの映像も、今ここは誰にも見えてねえ。都合がいいだろ?」
僕は剣の柄を握り直した。
「何が目的だ」
「そんな怯えんなよ、お前ら。俺たちはお前らのためにやってやろうってんだ」
レクトが大剣を肩から降ろした。切っ先が石畳に触れ、がりっと音を立てた。
「第二試練は個人のトーナメントだろ。お前らの実力じゃ恥かくだけだ。だからよ、ここでリタイアさせてやるよ。ダンジョン内のトラブルで負傷、出場辞退。そういうことにしてやる。優しいだろ?」
「そんなこと——」
「させるわけないだろ」
僕はミリアの前に立った。剣を正面に構える。
レクトが目を細めた。
「させるさせねえの話じゃねえんだよ。お前らに決定権はねえ」
後ろのメンバーに手を振った。
「お前ら、手を出すなよ。こいつら俺一人で十分だ」
三人が黙って下がった。レクトが大剣を片手で構える。重さなど感じていないかのように、軽々と。
「とっとと、沈めやざこどもが!獣牙咬撃!
来た。
レクトの体が沈んだ瞬間、大剣が消えた。いや、消えたように見えた。斬撃が直角に軌道を変えながら迫ってくる。右から来たと思った刃が、突然下から跳ね上がる。
「っ——!」
剣で受けた。衝撃が両腕を伝って全身を揺らした。
重すぎる!
今まで戦ったどの魔物よりも重い。歯を食いしばって刃を逸らし、軌道を変えて横に弾いた。
だが、次が来る。弾いた瞬間にもう次の斬撃が別の角度から飛んでくる。左、上、右、下——ギザギザに方向を変えながら、連続で叩きつけてくる。一撃ごとに腕が痺れた。
これがレクトの技か。どこから来るかわからない。方向を読むんじゃなく、来た瞬間に剣で受けて逸らすしかない。
「へえ、受けんのか。Eランクのくせに。生意気なんだよ!」
レクトが笑いながら斬撃を重ねてくる。僕は一歩も前に出られなかった。防戦一方。攻撃の隙間がない。一つ受けた瞬間に次が来て、それを逸らした瞬間にまた次が来る。
「カイ!」
ミリアの回復魔法が背中に当たった。腕の痺れが少し和らぐ。だが、前に出る余裕がない。受けて、逸らして、受けて、逸らして。ミそれだけで精一杯だった。
リアの回復でしびれをなおしてもらえなければ連続で防ぐこともできない。これじゃ攻めれない!
時間が過ぎていく。一分。二分。それ以上。
レクトの表情が変わった。笑みが消えていた。
「おいおい……さっさと落ちろよ。Eランクの雑魚がいつまで粘ってんだ」
斬撃がさらに重くなった。一撃ごとに足が沈む。石畳にひびが入る。それでも——倒れなかった。
レクトの目に、苛立ちが浮かんだ。
「——ちっ」
斬撃が止まった。レクトが剣を引いた。だが、構えを解いたわけじゃない。視線が——僕から外れた。
ミリアを見ていた。
「もういい。Eランクの雑魚、てめえは後回しだ」
レクトが大剣を振りかぶった。ミリアに向けて。
「まずはお荷物から片付ける」
ミリアとの距離が遠い。間に合わない——いや。
僕は走った。全力で。レクトの斬撃がミリアに届くより先に、二人の間に飛び込んだ。
剣で受けた。
重い。今までの比じゃなかった。腕が折れるかと思った。衝撃が剣を伝い、体を伝い、足が石畳を削りながら後退した。だが受けきれなかった。剣越しに伝わった衝撃が体そのものを打って、背中からミリアごと吹き飛ばされた。
壁に激突した。
「がっ——」
視界が白く弾けた。全身に痛みが走る。背中を打った衝撃で息ができない。ミリアは僕の後ろにいたおかげで直撃は免れたが、巻き込まれて地面に転がっていた。
「カイ! カイ!!」
ミリアの声が聞こえる。回復魔法の光が体に触れた。だが、ダメージが大きすぎる。痛みは引いても、体がうまく動かない。
「てめえはこれで終わりだ」
レクトが歩いてきた。大剣を引きずりながら。その目には、もう遊びの色はなかった。
「こいつらはここで終わらせる」
レクトが大剣を振り上げた。
——その瞬間だった。
僕は剣を握ったまま立ち上がった。体は悲鳴を上げていた。だけど、頭の中はひどく静かだった。
一つの言葉だけが、鳴り続けていた。
こいつを、ここで止めないと。
ミリアがやられる。
魔力が体の奥から溢れた。手の中の黒い刀身に流れ込んでいく。その刃に刻まれた文様が、赤く浮かび上がった。
それだけだった。魔力が放出されたわけでも、何かが発動したわけでもない。ただ、刀身に赤い文字が灯っただけ。
だが——レクトの体が硬直した。
振り上げた大剣が、止まっていた。
レクトの目が見開かれていた。その奥に、一瞬だけ別の感情が走った。本能が告げる、あれを受けたらやばい。
理屈ではない。体が勝手に感じ取った命への危機感。
レクトの足が、一歩後ろに退いた。
沈黙が落ちた。
「……なんだ今の」
レクトが自分の足を見下ろした。自分が退いたことに、自分で驚いていた。
「Eランクの雑魚に、俺がビビった? そんなわけねえだろ」
それを振り払うように、レクトが顔を歪めた。大剣を振りかぶり直す。
「死ね!——獣牙咬撃——」
僕も剣を振り上げた。赤い文字が灯った刀身を、振り下ろす。
二つの斬撃が放たれ、ぶつかろうとした——
その瞬間、足元に魔法陣が広がった。
青白い光が全員を包んだ。体が浮く感覚。ダンジョンの景色が溶けていく。
『第一試練——終了。7パーティークリア達成。全出場者を転送します』
エルナの声が頭上から響いた。
光が収まると、そこはアリーナだった。砂地の上に、出場者たちが次々と転送されてくる。観客席からどよめきが湧いた。
レクトが舌打ちした。大剣を肩に担ぎ直し、背を向ける。
「ちっ……なんなんだ、あいつは」
そのまま歩いていった。振り返らなかった。
僕は膝から崩れた。
さっきの衝撃がまだ体に残っていた。視界がぐらつく。立っていられない。
「大丈夫ですか!カイ!」
ミリアの声が聞こえた。温かい光が体を包んだ。
だけど、もう意識が保てなかった。
視界が暗くなる。ミリアの声が、遠くなっていく。
「大丈夫です……! 今治しますから……! カイ——」
そこで、意識が落ちた。




