戴冠の儀
東方正帝アレクシオスと話したことを、ヴィルヘルミナとヴェロニカはポメレニア辺境伯に伝えた。
「なるほど。それは面白い仮説ですね。ある程度は現実と合っている」
「そうだろう? まあ、だからと言って何をするわけでもないんだが」
「私としては、せっかくなので何かしたいですがね」
辺境伯は無邪気な笑みを浮かべた。
「君はやっぱり、戦争が大好きなんだね。民の幸福を願うとか言いながら」
「どちらも本心ですよ。だから私は、常に領民の利益になる戦争しかしないのです」
「そう。まあ、別に文句を言いたいわけじゃないよ」
――自分の名誉のためとか、野望のためとか、そういう下らない理由で戦争する奴は多い。それよりは遥かにマシだ。
「兄上は……本当に、北方帝領の混乱を望んでいるのですか?」
「叶うならば、そうだ。帝国領外に勢力を広げるのに大変な労力が掛かるのは既に思い知らされた。そして帝国領内に勢力を拡大するには、北方帝を中心とする秩序に壊れてもらわなければならない」
「本気で、仰っているのですか? そうなれば、きっと多くの人が死にます。兄上が殺さずとも」
ヴェロニカはいつになく真剣な口調だ。今回ばかりは冗談を言ったら本気で怒られるだろう。だからこそ、辺境伯アドルフも妹と正面から向き合う。
「もちろん、わかっている。内乱になれば多くの死者が出る。実際に戦にならなかったとしても、流通が混乱すれば餓死者は出る。既存の秩序を破壊するとはそういうことだ」
「で、でしたら」
「だが、私は今のままでいいとは思わない。あまりにも分権化しすぎた北方帝領には、改革が必要だ」
「ほう?」
――そんな話は初めて聞いたんだが。
「北方帝領はその本来あるべき力を発揮できているとは言えません。今回の遠征も、北方帝領の全ての諸侯の参陣を要請しながら、三万の兵すら集まりませんでした。それに対し、東方正帝アレクシオスは一人で十万の兵を動かすことができます」
「つまり、中央集権が望ましいとでも?」
「ええ。このような分断された状態より、国が一つになった方が、民の暮らしもよくなりましょう」
「兄上は……本気、なのですね?」
「もしもジギスムント陛下が本当に影武者で、後継者争いが起こったのであれば、この国を作り変えることに全力を尽くそう」
「起こったら、ですか」
「もちろん自分から謀反を起こすつもりなどは毛頭ない。お前の言った通り、帝位争いが起これば多くの民が命を失うだろう」
「自分から流血を引き起こすことはないってことかな?」
「ええ。血が流れてしまったのなら、それを有効に活用したいのです」
――有効に活用、ねぇ。
「そう、ですか……」
ヴェロニカはほっと息を吐いた。ポメレニア辺境伯に自ら積極的に民を傷つけるつもりはない。そうなってしまった時に初めて、その犠牲を次なる世代の幸福に繋げるのだ。
〇
二日後。パンテオンにて皇太子フリードリヒの戴冠の儀が執り行われていた。レムリア遠征に参陣した諸侯や将軍合わせて千名ばかり、そして二百名ばかりの元老院議員が居並んでいる。彼らの前では現北方帝ジギスムントと皇太子フリードリヒが玉座に腰掛けていた。
荘厳な儀式が始まらんとしていたまさにその時、言い争う兵らの声が聞こえたかと思うと、パンテオンの扉が乱暴に開かれた。
「な、なんだお前達!!」「東方帝の軍勢か!?」「へ、下手に手を出すな!!」
東方正帝の軍旗を掲げた数十の兵士と、剣すら持たない一人の男が、パンテオンに乱入したのである。直ちに北方帝麾下の兵らが槍を向けるが、血が流れることはなかった。
「我こそは、東方正帝アレクシオスである!」
兵も貴族もほとんどの者が驚きの声を上げた。兵士たちはどうすべきか迷い、あるいは槍を下げ、あるいはアレクシオスを今にも突き刺そうとしていた。
「アレクシオス陛下、一体何をお考えなのか!」「武器は持っておられないようだが……」「このようなこと、宣戦布告に等しいのではあるまいか!」
この非常識な行動に、貴族らは当然ながら非難と困惑の声を上げた。だがアレクシオスは全く動じない。
「武器は要らぬ。儂も丸腰よ。儂は北方正帝ジギスムントを告発するべくここに来たのだ」
「皆、武器を下げよ。東方正帝殿、一体何を告発すると仰るのか?」
北方帝ジギスムントも焦らないどころか微笑みを浮かべている。皇帝らしい余裕はとても影武者とは思えないものだ。
「貴公の弟リヒャルトはどこにいる?」
「我が弟であれば、パンテオンの警固を担っておる」
「皇帝の弟ともあろう者に左様な雑事を押し付けるとは笑止。いや、貴公こそがパンノニア公リヒャルトなのではないか?」
パンテオンは静寂に包まれる。北方帝領の貴族たちも薄々そう思っており、反論しにくい。実際、このような重要な儀式に皇帝の肉親が参加しないのは異様だ。
「何を異なことを仰る」
「異なことであるか否か、今この場で決めようではないか。吸血鬼の力あらば、貴公がリヒャルトか否か容易に確かめられよう」
「吸血鬼……」
「これは吸血鬼ヴィルヘルミナ。儂が雇った吸血鬼よ」
「どうも、貴族の皆さま。吸血鬼ヴィルヘルミナです。今この場に限っては、東方正帝陛下にお仕えしております」
――さあ、どう反応する、ジギスムント?
大半の貴族が白い眼で見てくる中、ヴィルヘルミナは恭しく頭を下げた。




