東方正帝アレクシオス
ヴィルヘルミナとヴェロニカはかつて宮殿として利用されていた建物に連れてこられたが、大層な玉座が置かれている割には、当の東方正帝はどこにもいなかった。
「東方正帝陛下はどこにいるのかな?」
「陛下は上階におられる。来てもらおうか」
「はいはい」
階段を登る。三階まで上がってきたが、謁見の間の天井が非常に高いので、普通の塔にして五階くらいの高さまで上がってきた。控室と思われるそれほど広くない部屋で、東方正帝アレクシオスは窓からレムリアを見下ろしていた。
「陛下、これなるは吸血鬼ヴィルヘルミナにございます」
「何故儂を呼ばなかった。客人にわざわざ階段を登らせるとは無礼であろう」
「も、申し訳ありません……」
「まあよい。下がれ」
部屋にはアレクシオスとヴィルヘルミナとヴェロニカしかいなくなった。恐らく世界で最も多くの兵を自由に動かせる男にしては、警備が薄すぎる。
「まず、うぬを連れてくるに少々手荒い真似をしたこと、すまなく思う」
「別に気にしてないよ。それよりも……私が君を殺そうと思ったら今すぐ殺せるけど、大丈夫なのかい?」
「ヴィルヘルミナ様!?」
ヴェロニカはガクガク震えながら東方正帝への言い訳を必死で考えていたが、ヴィルヘルミナもアレクシオスも全く表情が動かない。
「この神聖不可侵なるレムリアで、北方帝の手の者卑怯にも東方正帝を暗殺したとなれば、うぬの主人は世界の敵となろうな」
「私は別に雇い主がどうなろうと知ったことじゃない。その脅しは通じないよ」
「……ヴィルヘルミナ様、もし本当にそのつもりなら、私が許しません」
ヴェロニカは低い声で言いながら冷たい視線を向ける。ヴェロニカは当然、兄たるポメレニア辺境伯アドルフのことが一番である。辺境伯に汚名を被せるようなことは絶対に許さない。
――ふざけすぎたか。
「冗談だから、そんなに怒らないでくれ。東方正帝を殺す気なんて全くないよ。ただ反応を見てみたかっただけだ」
「それなら、いいですけど……」
ヴェロニカはそう簡単に許してくれなさそうである。
「無用な争い生むことを嫌うと記録されていたが、まさにその通りであるな」
「そりゃどうも」
「まずは座れ。客人にいつまでも立たせていては東方正帝の名折れよ」
「それはどうも」
三名は質素なソファに腰掛け向かい合った。そこで最初に口を開いたのは意外にもヴェロニカであった。
「あの……陛下は二年ほど前、私達にビュザンティオンの通過を許してくださいましたよね?」
「いかにも。受けた恩が時間によって消えることはない。それを返したまで」
「あれほど快諾してくださったので、お優しい方だと思っていたのですが……」
――君も結構なことを言うな。
「儂が優しくなく見えるか」
「え、ええ、まあ。厳格な方だなぁと」
「優しいとは何であるか。人と相対して物腰柔らかなこと優しいと呼ぶのであれば、いかにも儂は優しいとは言えぬであろう。だが、左様な薄い表面だけ見て、うぬは人を測るのか?」
「そ、それは……。すみません……」
ヴェロニカが頭を下げると、東方正帝アレクシオスは高笑いして応える。
「怒っているのではない。誰にとっても良い印象持たれることは、良き君主の条件。決して軽んじるべきことではない」
「そ、それはそうですね……」
「まあまあ、ヴェロニカをいじめないでくれたまえ。そんなことより、私達を呼んだのはどういう理由かな?」
「北方帝ジギスムント影武者かもしれぬという噂、嘘か真か確かめたい」
「東方正帝ともあろう人がそんな噂に踊らされているのかい?」
「確かに以前は取るに足らぬ噂と考えていたが、近頃この疑い深くなってきた」
「そうは言われてもねぇ。私も大した情報は持ってないよ。ジギスムントの血が手に入れば別だけど」
ヴィルヘルミナが特別に知っている情報は、ないに等しい。リヒャルトの血はもらったが、ジギスムントの血も得る必要がある。それさえ手に入れば、わかることは色々とあるが。
「大したことかは聞いてみなければわからぬこと。些末と思える手がかりが答えに繋がることもあろう」
「そうかい? まあ私が知ってることと言ったら、ジギスムントとリヒャルトが見分けがつかないほどそっくりなことと、ジギスムントに特別怪しい様子は見られなかったってことかな。まあジギスムントと諸侯が話すのは邪魔されたけど」
「あの、ヴィルヘルミナ様、そんなあっさりと教えてしまってよいのですか?」
「まあいいよ。私としても気になってるし、もし本当ならバレるのは早い方がいい」
「ジギスムントとリヒャルト同時に現れたことはあるか?」
「ないね。不自然なほどに」
「いかにも怪しい。しかし露骨に過ぎる。まるで疑って欲しいと言わんばかりよ」
「露骨、ねぇ」
「そう疑われることで、皇帝家に利益があるのでしょうか。とても思い付きませんが……」
皇帝家には影武者疑惑を隠す気が感じられない。むしろ疑惑を自ら深めようとしているかのようだ。




