エルフの捕虜
「さて、君がこのドラゴンを飼い慣らしていたエルフか」
ヴィルヘルミナのもとへ、兵士たちが一人のエルフの男を連れてきた。エルフは抵抗する様子もなく、つまらなそうな目をしていた。
「ああ。俺はサウリという。俺を殺すのか? それとも捕虜にして交渉材料にするのか?」
「そんなことより、ドラゴンをどうやって操っていたのか知りたい。話してくれるかい?」
「ドラゴンは知能が高い。人間とそれほど変わらない。だからこいつの子供を――人ではないが――人質にして、言うことを聞かせていた」
「へぇ……そう」
――やっぱり、そんなことだろうと思ったよ。
「根拠はないが、どうせろくでもない方法でドラゴンを操っていると思っていたんだ。当たりだったようだね」
「吸血鬼の分際で、非道だとでも言うつもりか?」
「ああ、言うよ。そういうのは本当に嫌いだ」
「我らの古くからの土地を侵略している連中が、これを非難できると思うな。確かに非道ではあるが、誓って子供らを殺してはいない。それに対してお前たちは、我らの子供を何人も殺している」
典型的なエルフらしく声には抑揚がないが、彼が心の底からポメレニア辺境伯を憎んでいるのはよく感じられた。強すぎる憎しみはむしろ人を冷徹にするものだ。まあ、ヴィルヘルミナに恨まれる理由はないが。
「まあねぇ……。それでも私は、秩序を持って戦争して欲しいんだ」
「秩序だと?」
「戦争をなくすなんて不可能だ。戦争をすれば必ず人は死ぬ。ほんの小さな子供も大勢死ぬだろう。それは人間の本質的な性質であって、どうしようもない。だから私は、せめてルールを守って皆で仲良く戦争をして欲しいと思っているんだ」
茶化すように言っているが、それはヴィルヘルミナの本心であった。人の道に悖る手段で戦争をすれば、必ず相手も同様の手段に訴える。戦争は際限なく過激化するだろう。せめてそれだけは抑止したいのである。
「いかなる手段で殺されようと、殺された者の無念に変わりはあるまい」
「わかってるさ。ただ、長期的に見れば、戦争の手段は抑制した方が、死人は減る」
「今まさに生きている者にとっては、知ったことではないな」
「それは……そうなんだけど」
辺境伯相手には今生きている人間を大切にしようと言っていた手前、サウリにこう言われると反論できない。結局のところヴィルヘルミナは、自分の理想を追い求めることを諦めてしまったのだ。
「で、人の道に悖ることをした俺を殺すのか?」
「私は基本的に無抵抗の人間は殺さないんだ。私が無条件に殺すほどのことをやらかすのは、逆に難しいと思うよ」
「なるほど。力なき囚人だと思われているのか。エルフをそう甘く見ないで欲しいものだ」
自分の力を軽んじられたことが、サウリの逆鱗に触れたらしい。淡々とした口調の中に怒りが感じられる。
「戦うつもりかい。いいよ、私を打ち負かして逃げられるものならやってみるといい。ああ、皆は離れていてね」
「俺は故郷に戻らねばならない」
魔法とは全く縁のない農兵たちを下がらせる。周囲に人がいなくなったところで、サウリはヴィルヘルミナに攻撃を仕掛けた。
「ふむ。ツタか」
手始めの魔法で、ヴィルヘルミナの足元から膝の辺りまで、太いツタが何本も巻きついた。地面にしっかり根を張っているそれは、力でねじ切るのは困難だ。
「これで終わりだ」
「岩で潰すのかい? 芸がないね」
「死にたいのか?」
人の背丈の半分ほどもある岩が複数、ヴィルヘルミナの頭の上に生成された。それら全てが容赦なく降ってきて、ヴィルヘルミナを押し潰す。彼女の肉体は岩の質量にすり潰され、ほとんど形も残らず液状になってしまった。
「少しは耐えると思ったが、口先だけだったようだな。俺は帰らせてもらうぞ」
サウリは無感動のまま立ち去ろうとした。だが、彼がヴィルヘルミナの残骸を背にした時、後ろから声が掛かってきた。
「また粉々にされるのはキツいんだけど……この程度で私を殺し切れるとでも?」
「何……? あの状態から再生した、のか」
ヴィルヘルミナとしては再生にかなり時間がかかったのだが、そもそもあの状態から再生できるだけで十分に化け物である。サウリの表情が初めて変わり、顔がわずかに青ざめた。
「しかし、連続で再生するのは辛かろう」
「そうだね。君達のドラゴンのせいで、さすがに疲れてるんだ。諦めてくれないかい?」
「馬鹿を言え。それならば、再生できなくなるまで粉砕するまで」
再びツタが足元を覆い、ヴィルヘルミナを拘束した。
「さすがに、避けないとね」
ヴィルヘルミナは足を自ら斬り落とし、拘束を逃れた。だが、疲労の影響が濃く、足だけでもなかなか再生できない。
――ここまで疲れてるのか。自分でも驚きだ。
「なら、飛び道具で行こうか」
「ッ……!」
ヴィルヘルミナは弓矢を手元に作り出した。サウリの腹部目掛けて矢を放つ。
だが、矢が命中する寸前、ヴィルヘルミナとサウリの間に壁が生まれた。無数のツタを絡み合わせたような、植物の壁である。ヴィルヘルミナの矢も、ツタが絡まって勢いが減衰され、貫通することができなかった。
「これは困ったね。ただ……君の壁は隙間が多い」
「何……? ッ!」
それはヴィルヘルミナの血液だった。血がツタの隙間から向こう側に浸透し、壁の向こうで棘の形を成す。血の棘は、サウリが反応する前に、彼の脇腹に突き刺さった。
「さて、まだ戦うかい?」
「この程度……!」
サウリは剣で血の棘を斬り落とした。だが、それには意味がない。
「抵抗するなら、君の体内を私の血がグチャグチャにするけど」
「……本気で言っているのか?」
「ハッタリだと思うなら、逃げて見るといい」
「…………大義に殉ずるような趣味はない。降伏する」
――本当は無傷で捕虜にしたかったんだけど、やっぱりエルフは強いな。
サウリは降伏した。くれぐれも暴れ回らないよう釘を刺し、ヴィルヘルミナはサウリを辺境伯のもとへ連れて行った。
「――今回はヴィルヘルミナ殿が見張りをしてくださるのですか?」
「そうだね。今回は協力してあげるよ」
「それは助かります。エルフの捕虜が果たして交渉に役立つのかはわかりませんが」
「敵の切り札を潰したんだ。そろそろ交渉に応じてくれるんじゃないかな?」
「そう願います。そろそろ我々も限界に達しつつありますから」
――これで本当によかったのかな。
結果的にはポメレニア辺境伯の侵略戦争に加担することになってしまった。あくまで殺し合いの仕方のみを問題にするというのがヴィルヘルミナのスタンスであり、その目的は達したのだが、心はまるで晴れなかった。




