第三十九話「砂被り姫の後悔」後編
言葉を交わせた。それがどれだけ大切だったのか。
違う部族同氏はもちろん、同じ国の者ですら、言葉を交わせないだけで関係がこじれる。
「ロゼッタさん。今日まで起きてきた問題を、気にするなっていうのは難しいと思う。
でも、ロゼッタさんのおかげで、帝国とメイベリアンの関係性が変わったのも確かなんだ」
こじれ、ねじ切れてしまったものもある。だが、固く結ばれて繋がったものもある。
物事は、何が事態を好転させるかわからない。一人の不幸かもしれない。大多数の幸福かもしれない。
それでも共通するのはただ一つ。
「あの日を、なかったことにはできない。そして僕は、君が砂被り姫と呼ばれ、婚約破棄されて、追放されて、アミーポーシュ領にやってきたことを、感謝しかしていない」
幸福な未来が、あらゆる失態を肯定できるというのなら。
「僕は――」
ガコンッ! と音を立てて馬車が停まる。
え? と思いながら外を見れば、景色は草原をただ悠然と歩いていたころとは違う。人の往来が盛んで、大きな門を潜ろうとしていたころだ。
「ロゼッタさん、もう」
「はい。お父様が、メイベリアンの皆さんを誘導しているはずですから」
話が途中で遮られた。だからと言って優先順位というものがある。
馬車から飛び出した二人は、周りを物珍しそうに眺め、周りから奇怪に診られているメイベリアンの戦士たちを誘導する。
事前の連絡をしているとは言え、全てがうまくいくとは限らない。
「うーん、やっぱり兵士たちは警戒しているなぁ。ピリピリしている」
「対してメイベリアンの戦士たちは泰然的ですね」
「良くも悪くも緊張していないからね」
通行人の邪魔にならないように並ばせ、街路の店や商品を食べさせないように動物たちの口に輪を付ける。そもそも主人に従順な者たちだ。こんなもの必要ないが、安心させるためだ。
《皆が泊まる宿までもう少しだから、もうちょっとカエルム卿について行って!》
帝都の門が厳かに開かれる。ずらりと並んだ帝都防衛兵たちの道を、カエルム卿は堂々と進む。その後ろに続く奇妙な恰好の集団に、兵士たちは冷や汗を浮かべながら動かない。
ここで怯えて見せたり、動いたりしたら、それは帝国兵の恥となる。
《ここがかの帝国の都、あの人はここに住んでいるんだよね》
《滞在先の宿は、父さんの勤めている国立博物館の近くなんだ。今回の訪問と調印式には、正式な翻訳者と有識者として招致されるから、会えるよ》
《ふふっ、何か背徳的な会合みたいで、ドキドキしてきたね》
《いい歳してやめてくれ》
通行人たちはメイベリアンの言葉がわかる者などいるはずはなく、兵士たちの作る壁の向こうから物珍しそうに眺めるだけだ。
近づきつつある式典に緊張を高めるロゼッタは、行列の先頭近くにいる相棒の背中を見る。
「私は、みんなを幸せにしたのかな……」
これまで認められてこなかった研究。カッとなって起こしてしまった失態。
その全てが肯定される。
幸福な未来が近づきつつあることを、未だに実感できていなかった。




