第三十九話「砂被り姫の後悔」中編
ウマと並走するクマの上に乗る母を見る。
猛々しく立派な筋肉の鎧に身を包んだ母は、氏族の誰もが認める戦士だ。
良くも悪くも父に似て生まれたカイロには、遺伝しなかった部分が大半だろう。
「それで、ロゼッタのお嬢ちゃんとは、どうなったんだい?」
「どうなったもこうなったも、今彼女は襲撃された村の様子を見にいって――」
「違う違う。手をつないだとか、垣根くらい超えたとか」
「自分の息子の助手に何をさせようとしてるんだよ!」
これは息子のカイロ――カ・イルのことを心配した母親なりの冗談なのだろう。
親が子どもに聞く「結婚はまだか」も「孫の顔はまだ見れないか」も、子どもがより幸せになってくれていることを願っての言葉だ。
待ちきれない想いが言葉になるほどに。
「さっさと確保しておかないと、いつか後悔するよ。今回みたいに別々に行動しているときにあの子に何かがあって、もしももう二度と会えないかもしれないってなったら――」
「それ、告白した後の方が余計苦しくない?」
「……お父さんよりも理屈っぽい子だね」
そう言って母はため息をつく。
けれど、言っていることに間違いないはない。
何かを伝えてから感じる後悔と、何も伝えなかったことに感じる後悔。やるせなさこそ前者が大きいかもしれないが、後者は自分の情けなさに苦しむことになるだろう。
「何に対して苦しむかなんだ。お前さんがロゼッタを好きなのは見ていればわかる。大切な人だと思えばこそ関係を変え難く、彼女の心の枷にもなりたくない」
「ちょっと待って、僕の気持ち、何でわかるの……」
「見てりゃわかるさ。誰だって、あんたら二人を傍から見ていれば」
母の言葉に息子は顔を真っ赤にする。本人に伝わらないようにと気を配れば配るほど、周囲にはわかりやすい。
「私がお父さんと出会えたのは、本当に奇跡みたいなものだったんだ。狩場の近くの遺跡に踏み込んだお父さんが、オーディムに追われて逃げてきたところに、私たちがばったり出くわしてね。とっ捕まえて、言葉もまともに伝わらなくて、それでも身振り手振りで話して、いつの間にか、お父さんは私たちの言葉がわかるようになってた」
ほんの数か月一緒に過ごしただけで言葉を覚える。むろん、カイロの父も全くの手探りではなく、ある程度メイベリアンについての知識はあっただろう。
それでも、確かに言葉が通じ合った時、父と母の間に芽生えたものがあった。
「それから私が帝国語を学んだ。メイベルの子らの歴史について夜を徹して話したこともあったし、集落の老人たちに聞いて回り、一緒に遺跡に潜ったこともあった」
「そのあとに、父さんと母さんは……」
「うん。部族のみんなに祝福されて、結婚して、あんたが生まれた」
奇跡の出会いと、交わした言葉が、二人の間に必然の愛を作り出した。
特別な、父と母だけの物語。今までは表面的なことだけしか聞いていなかった。けれど、今の自分のことを想えば、改めて聞けて良かった。
「出会いのあとをどうするかはお前次第なんだ。だから、あとは言葉にするだけさ」
それ以上、母は何も言わなかった。
ただ、息子の決断に全てをゆだねたのだ。
カイロには、いつかその時が来るだろうと。
そして、その時はもう数歩先まで迫っていた。
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