第三十四話「砂被り姫の帰路」前編
「はぁ……無事? 終わったよね?」
問いかける少女――ロゼッタの姿は、ダ氏族の天幕の中にあった。ぐったりとした様子で柔らかい羽毛の布団に寝転がる彼女に、カイロは紅茶を差し出す。『ル・ビュー』から持ってきたもので、メイベリアンの側では育ててない品種のものだ。
「落ち着く……」
「それならよかった。まだしばらく、店には帰れそうにないから、節約して使わないとね」
「でも、ひとまず目的は達成ですよね。あとは、三氏族の連名で、お父様に和平交渉を開始すればいい」
「間違っても、シャルル閣下が派遣されるような事態にさえならなければ、大丈夫だ」
現在の帝国の戦略方針は、専守防衛に傾いている。これ以上の領土拡大は不要という考えと、これ以上の拡大による地方領主の戦力拡大を避けたい、という理由もある。
同時に、帝国東部はともかく、西部は獲得したところでうまみらがない。砂漠と岩場と荒野が広がる土地の、さらに向こう側まで出向く意味を、現在の帝国首脳部は見いだせなかった。
「シャルル閣下の基本的な戦闘方針も、敵を引き込んでから包囲殲滅。敵が引いたところを追撃し、伏兵により挟撃。あくまでカウンターでの戦いをする」
「守りながら戦うのが得意なんですね。旧帝都の時みたいに」
そもそも、シャルルは帝国の西へと帰っていったはずだ。もし東側に派遣されるにしても、数週間は連絡と移動に時間がかかるだろう。
「イル、ロゼ、帰るのは明日の朝に決まったから、その前の送迎会をするんだって、ダ・ニディが言ってるわ」
垂れ幕を押しあげて入ってきたのは、カ・イリだ。その手には書状が一つ握られている。
「もしかしてそれ、和平の親書ですか?」
「帝国風に三氏族全員の署名と血判があるよ。カエルム卿には近々、私が直接赴いて民間人たちの交流に関する相談に行くことを伝えてほしい」
「わかりました。父もメイベリアンとの交流を、楽しみにしています!」
「で、イルには、あの人にそろそろ私が会いたがってるって、伝えてほしいな」
「父さんと母さんが離れていても仲がいいのは嬉しいことだけど、その伝言役になる息子の気持ちに配慮してほしいな」
苦笑いを浮かべるカイロだが、悪い気はしていなさそうだ。
「さ、宴に送れるとダ・ニディがうるさいからね。たっぷり食って、よく寝て、そしたらカ氏族領に戻って、カエルムの地に行こうか」
その夜、ロゼッタもカイロも、ダ氏族の出す料理に舌鼓を打ち、彼らの踊りに拍手を送り、先祖たちへ杯を掲げた。
二人は真夜中を過ぎたころには寝てしまったが、三氏族長は東の空が白むまで、酒を飲み続けたと言う。
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