第三十二話「砂被り姫の氏族会議③」後編
ダ・ニディの首元を狙った凶刃に、彼自身が気づいた直後。
振り向く暇もなく、上昇から下降へ転じた刃が近づいてくる。
同時に腹部に感じた衝撃が、彼を瞬時に地面へ押し倒した。
《ヴォッ!?》
前後に感じる衝撃が肺から空気を押し出す。人間が出していい声ではないが、首から上がなくなることに比べればはるかにましだ。
痛みに悶えて震える眼球が、空気を切り裂いて空ぶった。
《ダ・ニディ!》
《そのまま伏せておきなさい!》
ラ・オウの裏拳と、カ・イリの刃が、最奥のオーディムに振るわれた。全く気配を感じさせなかったオーディムは、重さを感じさせず軽やかに飛び上がった。ふわりと着地し、右手が変化した刃で地面を撫でる。
カイロに助け起こされたロゼッタとダ・ニディは、茫然と新たなオーディムを見ていた。
《なんだあれは、オーディムなのか?》
「今までと雰囲気が違う。特異個体っていうのですかね」
「おそらく。《ダ氏族長、動けますか? 触れた個所はないですか?》」
《大丈夫だ。……油断した。あいつは俺が叩き潰す!》
怒りに燃えて立ち上がるダ・ニディは、拳を打ち付けあいながら敵を見据える。
その視線を、一瞬ロゼッタへ向けた。
「アリガトウ、助かっタ」
「……どういたしまして!」
少しつたない帝国語で、ダ・ニディはそう言った。
対してロゼッタは、とびっきりの笑顔で答えたのだった。
***
《こんなオーディム、今まで見たことあったか?》
《私のほうの遺跡はそもそも浅すぎて、まともなオーディム自体出ないよ。森のクマやオオザルのほうが圧倒的に強いね》
《こいつは飛び跳ねたり浮かんだり、オーディムも進化しているようですねぇ》
塵に還るオーディムを見つめる三族長のもとに、ロゼッタたちが駆け寄る。
三人とも外傷はない。無事討滅完了だ。
《ダ氏族長ニディ、ごめんなさい。私がここに来たいと言ったばかりに、お命を危険に晒すことに……》
《いや、こいつのことを知らずに若いのを送り出したり、掃除人を向かわていたら、多大な被害が出ていたのかもしれん。むしろ、俺が先にここに来れてよかったと思うよ》
ボスン、と大きな掌がロゼッタの青い髪を撫でる。
《改めて、助かったぜ。ロゼッタ嬢》
ほっとした表情をするダ・ニディは、ロゼッタの頭から手を離すと、気恥ずかしそうに言う。
《このオーディムのことについてちょっと話があるから、カ・イルの坊主と一緒に掃除しておいてくれるか。やり方は……》
《メイベルの子らの墓参りの作法については知っていますし、カ・イルさんもいるので大丈夫です!》
任せてくださいと拳を握るロゼッタに、ダ・ニディも肯いた。
宣言通り、ロゼッタとカイロは靴を脱ぎ、足を清め、手を清め、シナモンを溶かした香油を髪にほんのりなじませる。
これで、準備は完了だ。
「さっそく始めましょう。まずは奥から順番に」
「壁の状態を確認しつつ、誇りと砂を払い出そう」
オーディムたちが住み着く古代迷宮はその形状が維持され続ける。だが埃が溜まるところには溜まり、汚れるところは汚れる。まずは、これを掃除しなくてはならない。
時に汚れや埃が遺跡を傷つけ、損なうことだってある。研究を始める前に、遺跡の保全を考えることも、考古学者の重要な役割だ。
「年に一回使っていると言っても、やはりオーディムたちが掃除しているわけではないんですね」
「うん。そもそも壊れた個所が修復されるというのも、遺跡に施した神聖刻術が元に戻すだけで、溜まったものや壊れ切ったものまで治すわけではないみたいだ」
そもそも、古代迷宮化する以前に壊れたものは、そのまま放置される。
文様が刻まれた壁の溝に埃が溜まり、絵画には汚れが付着する。細心の注意を払いながら埃を落とす作業に、二人の口数は目に見えて減る。
族長たちもそこに声をかけるのは憚られたのか。新種のオーディムの議論は終わっても、黙って待つ。
「見つけましたね、カイロさん」
掃除に伴う調査が終わった時、砂埃にまみれたロゼッタが中央にある杯――の台座を、嬉しそうに指差していた。
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