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第二十話「砂被り姫のフィールドワーク③」後編



 ロゼッタの背後に迫る白い影――生き残っていたオーディムが、音もなくゆらりと立ち上がる。


「ロゼッタさん!」


 いち早く気づいたのは、カイロだった。

 振り向いたロゼッタの眼前に、異形の指が迫る。ナイフのように薄く細い、鋭い先端を突き立てた。


「間に――」

「――させるか!」


 手を伸ばすカイロだが、届くはずもない。ロゼッタは、自分の体が崩壊するのは避けられないかに思われたが、ここには二人以外にもう一人いる。

 走り出したシャルルの俊足は、音を置き去りにしてオーディムへと辿り着く。


「無事か。ロゼッタ嬢」


 倒れかけた少女を右手に、迫りくる敵には左手の斧を。金色の軌跡を残した大将軍は、残ったオーディムを討伐する。

 右腕一本で背中を支えられたロゼッタは、一瞬間近に迫る青年の顔に呼吸が止まる。

 生死の境をさまよった思考が、しばらくして戻ってきた。


「あ、ありがとう、ござい、ます」

「気にするな。そなたらを守ることが俺の今日の務めだ」


 倒れるオーディムとは対称的に、ロゼッタの体はシャルルによって起こされる。追いついたカイロは焦りながらロゼッタの肩を掴む。


「ロゼッタさん! 大丈夫? 触れられない!? 崩壊していないよね!?」

「だ、大丈夫、落ち着いてカイロさん。シャルル閣下のおかげで、無事ですから……」


 正直に言えば、恐怖で悲鳴を上げそうだった。全身から冷汗が噴き出し、意識も消えかけた。だが、シャルルの助けがそれをぎりぎりで止めた。

 へにゃ、と笑ったカイロは、すぐに泣きそうな顔になる。


「カイロさん? あの、落ち着きましょう? その、シャルル閣下も見てますから」

「よかった。本当に、無事でいてくれて……本当に……」


 顔を赤くしたロゼッタはちらりとシャルルを見ると、彼は口元に手を当てて笑いをこらえている。気まずさに余計に顔を赤くしたロゼッタは、カイロの手を振りほどく。


「ほらもう子どもじゃないんですから! 泣いてないで立ち上がってください」

「うん、ごめん。ただ怖くて、でもほっとして」

「私は無事だったんですから、それだけ喜んでいれば十分です!」


 これではどちらが年上かわかったものではない。


「卿らは、確か一緒に働いておるのであったか」

「え、はい。そうですよ?」


 シャルルの質問に、ロゼッタは率直に応える。実は同居までしていますとは言わなかったが、彼ならマドレーヌに聞けばいい。


「ならば卿ら二人、我が許に来ないか。古代迷宮(ラビリンス)に関する研究員として招き入れたい」

「私たちを研究員として?」

「それは、とても光栄な申し出ですが、僕たちが必要なんですか?」


 カイロの問いにシャルルは肯いた。


「この国の東には、旧帝国時代、そして異民族らの古代遺跡が点在し、その攻略もまた、俺の任務だ。そこに専門家が加わってくれるのならばありがたい」


 至極明快な理由だ。彼の任務に必要な知識を自分たちが持っている。たった一日の同行だけでそれを決める。この果断さが、彼を戦場で生かしているのかもしれない。


「私は――」

「僕は――」


 その答えに、我知らず、ロゼッタとカイロは声をそろえた。


「――お断りします」


 二つの声が重なって、静寂が遺跡を満たす。

 声が被ったことを恥ずかしがりながら、ロゼッタは続ける。


「私たちは、目的があります。それは中央では研究できないことです」

「とても名誉なことですが、自分の心を曲げるくらいなら、戦いを選びます」


 二人のよどみない答えを聞いて、シャルルは吊り上がっていた口元をさらに歪める。


「良き答えだ。ならば努々、己の道を忘れるな」

「閣下……」

「さぁ! 街へと帰り、交わらぬ我らの道に、祝杯を捧げよう!」


 断られることを最初からわかっていた。むしろ、断られたことが逆に嬉しいかのように笑みを浮かべる大将軍は、行きよりもなお軽い足取りで、帰りの道を切り開く。

 シャルル・メルウィングとの冒険は、こうして終わりを迎えた。




少しでも気に入っていただけたら幸いです。




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