第四十七話「砂被り姫の未来」
メイベリアンとの和平協定から、早三年。
国境を整備し、街道を伸ばし、森をギリギリまで拓かないように工夫する。
そうしてようやくできた道を、今日も商人たちが行きかう。
ただ、今日は様相が違う。
クマ、イノシシ、シカに乗った集団が、カエルム領への道を闊歩していた。
カ・イリ――メイベリアンのカ氏族長。迎え入れたのは――。
「メイベリアンのカ・イリ族長ですよね? 私はアミーポーシュ男爵領主マドレーヌと申します。我が領地における、カ・イルの後見人をさせてもらっています」
「話には聞いているよ。あの子が長く世話になったそうで。なかなか会えず仕舞で、今日まで来れなかったことをまず詫びさせてもらうよ」
「お気になさらず。なんせ、今日はお祝いの日ですし」
カエルム領辺境伯邸に、これまでにないほどの人間が集まっていた。
そもそも、あくまで辺境伯は国境の警備や防衛担当だ。戦争でもないのに人が集まることはない。
しかし、祝い事なら話は別だ。
「ロゼッタは、私にとって血の繋がらない妹のような子で、カイロもまた、弟のような子です。だからカ・イリ族長には、まずお礼を申し上げたいと思っていました」
「私も聞いている。二人から、頼りになる人がアミーポーシュ領にはいるって。さて、まずは挨拶に行かないと。ご案内いただけるかな、ミス・アミーポーシュ」
そうして二人の貴婦人は、邸宅の中へと歩を進めた。
二人が向かった先の部屋に、純白のドレスに身を包んだロゼッタがいた。
「カ・イリ族長! マドレーヌさん、ご案内ありがとうございます!」
立ち上がろうとしたところで、ドレスの裾を踏んで倒れそうになる。カ・イリが支え、椅子に戻す。
「あの突撃娘がこんな綺麗になるなんてねぇ。うちの子は、幸運だよ」
「ありがとうございます。その、これからは、お義母様と、呼ばせていただいて、よろしいですか?」
「他人行儀すぎる! 普通におかあさんって呼んでいいんだよ」
「口調に関しては、もう癖なので」
綺麗に結い上げられた青い髪を、カ・イリの指が撫でる。彼女の肌はいまだに日焼けで色が付いている。しかし、その髪に砂はついていない。
遺跡の発掘は続いている。ただ、人員の増加、予算拡張に伴い、彼女自身が砂を被る機会が減っていた。
「まだこれからも研究は続けるのよね。カイロもそのつもりみたいだけど」
「もちろんですよ。結婚したって、私たちが研究者であることに変わりはないんです。必要なら、またメイベリアン領にお世話になりに行きますね」
三年間、研究は続けてきた。だが、メイベリアンの歴史はそれこそ帝国より長い。旧帝国時代以前にまで遡るほどの歴史がある。それを僅か三年で全て解き明かせるはずもない。
むしろ、一生を費やしたとして一体どの程度が解明できるのか。
「次の世代まで受け継がれていく研究の志。これもロマンよねぇ」
「研究熱心なのもいいけれど、私としては早いうちに孫の顔が見たいよ」
「そ、それは! その、がんばります……」
顔を赤くするロゼッタは、恥ずかしそうに頬を抑える。
この場にカイロがいれば気まずそうな顔をするだろうが、二人とも望んでいないわけではない。
「私たちの子どもは、帝国とメイベリアン、違う国の血を引くことになります。少し前だったら、それはあまりよくないことでした」
決して、混血は祝福されるとは言えない。むしろ忌避される。カイロも、自分の半分はメイベリアンであるという事実に、どう向き合えばいいか悩んでもいた。
そして、今帝国とメイベリアンの交流が深まりつつある。それ以降で初めての、帝国人とメイベリアン人の結婚だった。
「生まれてくる子どもには、幸せになってほしい。私たちの研究が、私たちの子どもの未来に、幸福をもたらせるのなら……」
いまだ、彼女は母になってはいない。けれどいつか、そうなるだろう。
――そうなりたい。
だから、できることをする。お店も、研究も。
「カイロさんと一緒なら、できると思います」
「うちの子は幸福だね。こんなに立派な嫁を貰えて」
道のりは険しい。それでも、進むべき価値のある道だ。
「さて、ロゼッタ。そろそろ時間だから立って。最後の確認と、仕上げをしなくちゃ」
マドレーヌに促されて立ち上がったロゼッタの頭に、マドレーヌがそっとベールを乗せる。それを、カ・イリと一緒にゆっくり下ろす。
「本当なら、あなたの母様にやってもらうはずのことだけど」
「私たちが、代わりにさせてもらったよ。カ・イル……カイロをよろしくね。ロゼ」
「はい!」
そして、花嫁は父の手に連れられて、花婿のもとに送り届けられる。
砂被り姫はベールをかぶり、夫の手によってあげられる。
ロゼッタの首に、カイロの手から金細工の首輪が掛けられた。メイベリアンにおける結婚の伝統であり、彼らの金細工文化の原点だ。
「我らの神、そして隣人たちの神に、そなたらが夫婦となることを告げる」
帝国が信奉する神と、メイベリアンたちの母神メイベル。
異なる神に見守られた夫婦がどうなるか。気まぐれに振り回されるのか。それとも祝福を倍受けるのか。
ただ一つ――。
「カイロさん、これからも、よろしくお願いしますね」
「ロゼッタさん、必ず、幸せになろう」
握り合った手から伝わるぬくもりは、決して離さない。
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ここで、いったん区切りとさせていただきます。
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