第8話
「わわっ! たっ、大変申し訳ございませんでした若様っ! お目にかかった事もございませんでしたので、大変ご無礼を…」
「あー、そんな畏まらなくて結構ですよ。あまり堅苦しいのは好きではありませんから」
すぐに何度も何度も米搗きバッタのように頭を下げるシノアに、ゆるゆると首を横に振りながら声をかけるロゼルタ。
パッと顔を上げたシノアとロゼルタが偶然にも目が合ってしまい、シノアは慌てて顔を逸らすもロゼルタは彼の顔に誰かの面影を感じたらしい。
暫く思案を巡らせていたロゼルタであったが、ようやくその面影に気付いた彼はハッとなると、再びシノアへと視線をずらした。
「誰かに似ていると思ったけれど…もしかして、兄弟に騎士はいませんか?」
「…へ? あ、はい双子のユ…じゃなかった、シノアと申す者が騎士団に所属しております。…もしかして、シノアとお会いになったのですか…?」
「あー成程、双子なのですか。道理でよく似ていると思いましたよ。…ええ、彼とはそうですね…腐れ縁といった所でしょうか」
「あ、あの…シノアが何か粗相や失礼な真似をしませんでしたでしょうか…?」
「いえ、大丈夫ですよ。ご心配なさらず。むしろ…面白くて見ていて飽きませんよ」
「本当でございますか…? ふぅ、良かった…」
勿論、ロゼルタはユトナの正体を知っているのだが、それをわざわざシノアに告げる事も無いだろうと思い、シノアの嘘に付き合う事にしたようだ。
一方、そんなロゼルタの真意など露知らず、彼の言葉を鵜呑みにして心底安心したように肺の奥に溜まった息を吐き出すシノア。
…と、此処でふとロゼルタの声に聞き覚えがある事に気付いたらしい。
だが、勿論ロゼルタとは初対面である筈、なのに自分は何故彼の声を聞いた事があるのだろう…? と、シノアの脳内は軽く混乱に陥る。
勘違い? それとも気のせい?
──否、そんな筈は無い。ロゼルタの声は確かに以前、何処かで聞いた事があるような気がする。
しかも、つい最近…。
「……あ!」
ようやくバラバラになったジグソーパズルが合わさったようで、思わず声を上げるシノア。
──そうだ、何処かで聞いたどころの騒ぎではない。
先日、本などが散乱し、床に魔法陣のようなものが描かれた妖しげな部屋で聞いた複数の声…そのうち1人の声が、まさにロゼルタその人のものであったのだ。
だとすれば、あの場に居たのはロゼルタという事になる。
しかし、何故彼があんな所に居たのか。
そして、彼と一緒に居たもう1人の人物は、一体誰だというのか──…?
「…おや? ぼんやりして、どうかなさいましたか?」
「──! あ、いや、何でもございません」
不思議そうに首を傾げながら問い掛けるロゼルタの声でハッとなったシノアは、すぐさまぶんぶん手を振って取り繕ってみせる。
──そうだ、仮にあの場に居たのがロゼルタだとして…それが何だというのだ。
彼らがあの場で何をしようと、それは自分には一切関係の無い事なのだから。
シノアがそう結論づけるのとほぼ時を同じくして、セルネの声が彼の耳に飛来した。
「シノア、お主は早々に掃除をやっておくように。…良いな? それからロゼルタ、場所を変えるぞ。言付は向こうで聞こうではないか」
「別に、貴方以外の人に聞かれても問題無いとは思いますが…まぁ、いいでしょう」
2人はそんなやり取りを交わすと、シノアにチラッと目配せを送ってから書斎を立ち去ってしまった。
残されたのはシノアただ1人。
2人に気を遣わせてしまっただろうか…と一抹の不安を抱えつつも、とにかく自分に出来る事と言えばセルネの言いつけを守る事のみ。
掃除用具を手に取ると、早速書斎の掃除に取りかかった。




