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第1話 ホルシュタイン公 カール・ペーター・ウルリヒ

 挿絵(By みてみん)


 エカチェリーナ2世回想録より

 

 運命は人々が考えるほど盲目ではない。

 運命の動きは、しばしば綿密に計画された策略の結果であり、一般の人々の目には見えない。

 さらに多くの場合、運命は個人の資質、性格、そして行動の結果なのである。

 これをより明確にするために、私は次の三段論法を提案する。

 1 資質と性格が主要な要素となる

 2 未成年者の行為

 3 幸運か不運か

 それが結論だ。


 序章 ロマノフの血統


 ロマノフ王朝。その興亡の軌跡は、さながら予定調和を拒む劇毒の連鎖であった。

 一六一三年、長きにわたる「大動乱《スミュタ》」の終止符として、ミハイル・ロマノフが全ロシアの皇帝《ツァーリ》に推戴された。

 当初、それは疲弊した貴族たちの妥協の産物に過ぎなかったかもしれない。

 しかし、この若き皇帝の即位こそが、後に地球上の六分の一を支配する巨大帝国の胎動であった。

 王朝の運命を決定づけたのは、第5代君主、ピョートル1世(大帝)である。

 彼は「停滞」という名の病に冒されたモスクワを捨て、バルト海の辺境にサンクトペテルブルクを築いた。

 それは文字通り、血と泥で塗り固められた「西欧への窓」であった。

 彼は自ら斧を振るって造船に励み、旧弊な髭を切り落とし、ロシアを中世の眠りから強制的に引きずり出す。

 だが、皇帝の絶対意志が生み出したのは、国家という名の巨大な機械と、それを作動させるための冷徹な官僚機構であった。

 一七二五年、ピョートル大帝が後継者を指名せぬまま世を去ると、王朝は「宮廷革命」の季節を迎える。

 これ以降、皇帝の座は、近衛軍の銃剣と、寵臣らの陰謀によって売買される「商品」へと成り下がった。

 ピョートルの妻エカテリーナ1世、若死にした孫ピョートル2世、そして「氷の宮殿」で知られる残虐なアンナ女帝。

 玉座の主が入れ替わるたびに、権力の重心はサンクトペテルブルクの冬宮の中を迷走した。

 やがて、ピョートル大帝の娘エリザヴェータが、近衛軍の銃剣に支えられて帝位を奪還する。

 女帝となった彼女は、その生涯を独身で通した。

 それは、女帝の夫という存在が往々にして「皇帝」以上の権力欲を剥き出しにし、国政を簒奪してきた前例への、彼女なりの警戒心の発露であったのかもしれない。

 だが、賢明な回避策は、同時に「ロマノフの正統なる血筋の断絶」という、王朝存亡の危機を招くことを意味していた。

 そこでエリザヴェータは一計を案じる。

 彼女は、プロイセンの名門ホルシュタイン=ゴットルプ家に嫁いだ姉アンナ・ペトロヴナの遺児、カール・ペーター・ウルリヒを、自らの後継者に据える決心をしたのである。

 だが北方の強国スウェーデンもまた、王位継承問題に揺れており、同国議会は、亡き国王カール12世の血を引くペーター少年の若き頭上にスウェーデン王冠を載せるべく、密かに画策を進めていた。

 列国に張り巡らされた情報網により、この動きを察知したエリザヴェータの決断は迅速であった。

 彼女はスウェーデンを出し抜くべく、ペーターを半ば強引にロシアへと連行させたのだ。

「すでに、鳥は籠を飛び出した後であった」

 スウェーデン議会の使者が、国王推挙の朗報を携えてプロイセンを訪れたとき、そこに彼の姿はなかった。

 北方の玉座を巡る外交戦は、女帝エリザヴェータの乾坤一擲の「略奪」によって、ロシアに軍配が上がったのである。

 だが、この時ロシアへ連れ去られた少年こそが、後に王朝を震撼させる悲劇の種子になるとは、当時、神ならぬ身で知る者は誰もいなかった。


 第1章 胎動


 カール・ペーター・ウルリヒは、スウェーデン王家の血を引くホルシュタイン=ゴットルプ公カール・フリードリヒと、ロシアの「大帝」ピョートル1世の皇女アンナ・ペトロヴナとの間に生まれた御子であった。

 彼は、ホルシュタイン公国唯一の継承者であり、スウェーデン王位の継承権を保持しながら、同時にロシア皇帝の帝位継承権をも有する。

 それはまさに、欧州の覇権を揺るがしかねない宿命の血統であった。

 かつて彼の父、カール・フリードリヒ公爵は、デンマークに不当に占領された領土を奪還すべく、ピョートル大帝の軍事支援を求めてロシアの地を踏み、大帝の長女アンナへと近づいた。

 その策謀は用意周到であった。

 公爵はサンクトペテルブルク初となる「ホルシュタイン管弦楽団」を創設し、その壮麗な調べをもって皇女の歓心を買うことに成功し、思惑通りに婚約へと漕ぎ着けたのである。

 しかし、ピョートル大帝の急逝により、公爵の領土奪還の野望は儚くも霧散する。

 それでもなお、彼には一縷の希望が残されていた。

 野心から始まった接近であったが、彼はいつしか、美しいアンナに深い恋情を抱くようになっていたのである。

 大帝の崩御から数か月後、新女帝エカチェリーナ1世の祝福を受け、二人は厳かに終生の契りを交わした。

 その婚礼の席には、公爵の従兄弟であるリューベック司教カール・アウグストも列席していた。

 彼は、後に女帝として即位するエカテリーナ2世の母親、ヨハンナ・エリザベートの実の兄でもあった。

 大帝の末娘エリザヴェータ皇女(後の女帝エリザヴェータ)は、彼を一目見た瞬間に恋に落ちる。

 司教もまた彼女の想いを受け入れ、二人はただちに婚儀の支度に取り掛かった。

 グレゴリオ暦一七二七年五月十七日(ユリウス暦五月六日)。

 宮廷がエリザヴェータと司教の婚約に沸き立つ最中、非情な運命が二人を襲う。

 まず5月に二人の最大の拠り所であった女帝エカチェリーナ1世がこの世を去り、その喪が明けぬ、わずか2週間後、司教までもが天然痘に侵され急逝した。

 さらに、追い打ちをかけるように、公爵の最愛の妻アンナの身体をも、当時猛威を振るっていた恐るべき病、結核が蝕んでいた。

 司祭たちの懸命な祈祷によって辛うじて一命は取り留めたものの、病魔は彼女の肺に深い傷跡を刻みつけた。

 その頃、エカチェリーナ1世の崩御に伴い、政敵メンシコフが権力を掌握していた。

 彼にロシア宮廷を追われた夫妻は、失意とアンナの病の影を抱えたまま、祖国キールへと旅立つほかなかった。

 グレゴリオ暦一七二七年八月二六日。

 長らく祖国を離れていた君主が、帝国ロシアの麗しき花嫁を伴い、キール港の岸壁に降り立った。

 民衆は歓喜の声を上げて二人を迎えた。

 ロシアの複雑な政情を知る由もない領民たちは、この婚姻によって、奪われた領土が戻るものと盲信していたのである。

 港を望むキール宮殿を新たな寓居とし、出国時に身籠っていたアンナは、明くる翌年二月二一日、無事に男児を出産する。

 新生児はルター派(ルーテル派)の洗礼を受け、「カール・ペーター・ウルリヒ」の名を授かった。

 王子の誕生を寿ぎ、宮廷と民衆は伝統の祝砲と花火を打ち上げた。

 アンナは産褥の身でありながら、我が子の誕生を祝う光の輪を見上げようとした。

 侍女たちの制止を振り切り、寝室の窓を開け放った彼女は、彼女が焦がれ続けた故郷サンクトペテルブルクから吹く風を求めたかのように吹きつける北海の冷涼な海風に身を晒した。

 しかし、すでに病で傷ついていた彼女の肺に、その風はあまりにも酷であった。

 わずか3ヶ月後、アンナは重度の風邪による合併症により、神の御許へと召された。

 その魂は今も、故郷サンクトペテルブルクのペトロパヴロフスク大聖堂に静かに眠っている。

 最愛の妻の早すぎた急逝に、寡夫カール・フリードリヒは深い悲嘆に暮れた。

 領民たちもまた、領土奪還の夢が完全に潰えたことを知り、消沈した。

 しかし、公爵は胸にぽっかりと空いた巨大な喪失感を埋めるかのように、亡き妻の面影を色濃く残す幼き息子へ、持てる愛情のすべてを注ぎ込んでいくのであった。

王となるための英才教育を受け成長するペーター。しかし彼を突然の不幸が襲い、苦難に遭遇するのであった。

次回「神からの贈り物」

毎週土曜日深夜1時頃に更新となります。


☆ネタバレコーナー

ピョートル3世とエカチェリーナ2世の曾孫の甥であり、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン=オルデンブルク王朝の継承者であるオルデンブルク公フーノによる序文の一節:Elena Palmer著『Peter III: REBIRTH』


「これまでの歴史家たちは、ピョートル大帝の孫であるこの皇帝に対する陰険な宮廷クーデターを正当化することだけを目的として、虚偽の歴史を書き綴ってきた。

この皇帝は大胆な改革により農民から貴族に至るまで極めて人気が高かったため、その残忍な暗殺後、権力を維持するためにロシア国民における彼の高い評価を貶めるべくあらゆるプロパガンダ手段が用いられたことは、政治的には当然理解できる。

しかし今こそ、偏見や偽りの感情を排して彼の物語を見つめるべき時である。

在位わずか185日間で200以上の主要な法律を制定した皇帝が、愚か者や酒乱であったはずがない。

彼の祖父であるピョートル大帝は、その革命的な改革により、ロシア史上最も重要な皇帝であり、今もなおその地位を揺るぎないものにしている。

しかし、もし孫であるピョートル3世に、より長い在位期間が与えられていれば、彼は農奴解放など、祖父が始めた改革を確実に完遂し、当時ロシアを蝕んでいた社会的緊張を解消していただろう。」


主な参考文献

・Elena Palmer著『Peter III: REBIRTH』(Amazon Prime kindle unlimited 英語版)

・A. Muelnikov著『Pyotr III Povestvovanie』

・Carol S. Leonard著『Reform and Regicide: The Reign of Peter III of Russia』

・R. NISBET BAIN著『PETER III - EMPEROR OF RUSSIA: the story of a crisis and a crime』

・Marc Raeff著『The Domestic Policies of Peter III and Their Fulfilling Under Catherine II』

・VERA PROSKURINA 著『THE IMPERIAL SCRIPT OF CATHERINE THE GREAT Governing with the Literary Pen 』

・エリザヴェ一夕女帝時代のロシア海外貿易と経済・外交政策 -英露バルト海貿易の発展と仏露黒海貿易の萌芽- 武田元有

・アンリ・トロワイヤ著 『女帝エカチェリーナ』

・池田理代子著 コミック版 『女帝エカチェリーナ』

・小野理子著 『女帝のロシア』

・同『不思議な恋文 女帝エカテリーナとポチョムキンの往復書簡』

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