誕生と死別
角倉平太が二十七歳になる年に松本鞠が娘を生んだ。鞠はその子を蕗と名付けた。六歳になる桜は素直に喜び、三歳になる清助は不思議そうに蕗を覗き込む。鞠の妹の弓と兄の詩郎は祝福した。
鞠の母親の桑は三年後には御台所の跡を鞠に譲ることに決めた。孫達は幼いが平太が責任持って育てるはずだ。今年で三十歳になる鞠は既に十分に公務をこなしている。桑は夫の菊地正道と静かに気ままに暮らそうと考えている。正道は既に隠居しており、桑を影で支えている。桑の妹の波は針塩城の片隅で本を読んだり桜に神通力の使い方を教えて鍛えさせたりして悠々自適に過ごしている。桑は家族や家臣達に隠居を伝える。
既に執権を受け継いだ弓と大棟梁になった詩郎は責任を感じたが、叔母と両親が幸せな老後を送れそうで安堵もした。三人は多忙にも関わらず、怪我も大病もせず、職務をこなしていた。
平太もまた平穏な生活が送れると思っていたが、訃報が届いた。父親の筆岡鉢兵衛が死亡したのだ。平太は驚いたが、訃報を報せる手紙の筆跡は間違いなく母親の桂のものである。鞠と弓にその手紙を読ませると、二人は家来達に帰省の準備をさせた。鞠は桜と清助を同行させようか迷ったが、二人はまだ幼いので弓は反対した。平太も弓に賛同した。
平太と鞠は桜と清助に事情を説明した。二人は父方の祖父の存在もその死もよく分からなかったが、父親の平太が一ヶ月以上も留守にすることを知って寂しさで嫌がった。時折蕗も空気を感じ取ったのか泣いている。平太と鞠は子ども達にじっくりと諭した。
平太は家族に見送られながら故郷へと旅立った。懐には鞠から渡された塩と懐刀を入れている。鉢兵衛への冥福を込めている。角倉一家への見舞金でもある。まほろば帝国では霊山・富嶽から沢山の金属が採掘されて京の職人達が加工する。塩は沿岸部にある塩田から採れる。どちらも貴重である。京からも東府の針塩城からも遠い平太の故郷の深沢村では重宝される。
平太には十年振りの故郷である。手紙を貰ったり送ったりしていたが、鞠と結婚して以来、初めて帰る。
平太が到着した時には既に葬式が終わっていた。平太の帰還を知っていた村の人達や家族は平太を迎えた。二十年近く前に婿入した兄の信太も妻子を連れて平太と引き合わせた。甥や姪が五人。長子の姪は十五歳ぐらいになっている。平太は感慨深くなった。
家の前では姉の富とその家族が迎えた。まだ育ち盛りの甥や姪が二人ずついる。夫の隅原和彦は四人に挨拶させた。四人は素直に頭を下げる。
叔母の桐と母親の桂が祖父母が昔暮らしていた隣の家から出てきた。二人共、老いてはいるが桐は元気で桂も足腰はしっかりしている。鉢兵衛に死なれたばかりで桂の顔色は悪い。平太は桂に塩と懐刀を渡す。桂は驚いた顔をしたが受け取る。
平太は皆に誘導されて墓場に向かう。墓石の前で平太は手を合わせて黙祷する。皆も黙る。
父親の鉢兵衛は誰にも優しく親切だった。体力も筋力もあったが、家事や農作業の為に使っていた。信太が桂を殴った時には蹴ったが、それ以外は暴力を振るわなかった。鉢兵衛は皆から慕われていた。晩年も村の皆が代わる代わる世話をしたり様子をうかがったりしていた。
鉢兵衛の生涯は苦労も多かったが、決して不幸ではなかったはずだ。それを思うと平太は安堵した。
平太は村で数日過ごした。桂も立ち直って元の気丈な母親に戻った。それを見届けると平太は針塩城に戻って行った。




