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松本弓

 北半球西側を覆う巨大な菱形をしているうぶすな大陸には約千年も続くまほろば帝国が存在している。


 うぶすな大陸の中心部には巨大な山がそびえていた。富嶽ふがくと呼ばれる霊山である。富嶽自体がまほろば帝国のみやこになっており、帝国最高の権威であるみかどは山頂付近に鎮座している。しかし帝は火山を予知すると噴火前に麓へ遷都する。


 富嶽からうぶすな大陸の東西南北にある四つの岬に向かって大きな川が流れている。その川を中心に四つの府があり、帝国を実際に統治している。四つの府は四つの岬に城と港を配置しており、城には府を統治する御台所みだいどころが住んでいる。


 今年の春に大陸東端の岬に位置する東府針塩城で女の子が生まれた。御台所である松本桑の二番目の娘である。三歳になる一番目の娘である鞠も、六歳になる息子の詩郎も妹の誕生に喜んだ。桑は娘を弓と名付けた。


 見舞いに来た桑の妹の波は安堵した。産婆と医師の手配にはぬかりがなかったし、政務も滞りなくやっている。しかし想定外が当たり前の妊娠と出産は自分の事でなくても緊張した。特に生まれたばかりの弓は跡取りになるだろう。姉と姪の無事を確認し、周りにもねぎらった後、波は家臣達に報せて鐘を鳴らさせた。弓の誕生が東府中に伝わる。


 波は執権として政務に戻る。跡継ぎを生み育てて権威を守る姉の桑に代わって政務を取り仕切るのは波だ。波は妊娠も出産もせず、生涯独身を通すつもりだ。それがまほろば帝国を統べる四人の執権の掟になっているが、波は不満ではなかった。むしろ命懸けの妊娠と出産をしなくて済んで安堵している。その代わり、必死に政務に励もうと気持ちを新たにした。


 うぶすな大陸では女の半分ほどが神通力を使える。能力の強さや種類は人によって様々だが、生活や産業に使われることがほとんどだ。時折、傲慢な男達が戦を仕掛けてくるが、女達は毅然とした態度で神通力を駆使しながら返り討ちにしてきた。男は筋力が有るのでそれを犯罪に使われると厄介だ。しかし貴重な労力でもある。


 一方、もう半分の女達は神通力が殆ど使えない。しかし身体は丈夫で生命力に溢れており、何人も子どもを生める。まほろば帝国ではそんな女達に家督や財産を相続させ、神通力の使える女達がそれを支える。男達は婿入するが、相続権は無い。女達は男達の身分や生活を保障する一方で女の尊厳を踏みにじる男達を厳しく処罰する。


 男達は女達の指示に従って働く。男は妊娠も出産も出来ないし、神通力も使えない。筋力を正しく労力に使わない男は害悪でしかない。男達もまた、それを認めて女達に従っている。


 予定通りであれば三日後に南の岬から南府と交渉していた大棟梁の菊地正道が針塩城に帰還する。桑の夫で弓・鞠・詩郎の父親でもある。大棟梁は軍事と外交を担当する。執権は内政を担当するが、まほろば帝国は文民統制が基本だ。防衛戦争をすることがあっても、侵略戦争を野蛮としている。


 波は義兄の笑顔を想像した。正道と桑の夫婦仲は良好だ。

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