第十九話 永遠のアドレセンス
体調不良、なんて安易に言うもんじゃないな。
結局、白石はその日、学校に行けなかったよ。
帰るなり寝こんじまった。
まあ、あの部屋を見てしまったら仕方ないか。
俺だってどうしたらいいかわからない。
それなのにカリンと村瀬からは山のようにメッセが届くし、
学校からは診断書を提出するよう言われるし。
面倒になって既読スルー。
コーヒーをポットいっぱいに用意して、
スマホでフェアウエルを開いてずっと見てた。
ただの偶然の一致はもうありえない。
フェアウエルの終わる日に白石は、そして俺も……
どうなる?
これ、マッチングされた時点でアウトなのか?
それともアウトだからマッチングすんのか?
わからない。
俺と白石のアイコンを囲むリングはもう消えかかってる。
こうなるともう一週間は切ってる。
今は一人だから遠慮はしないぜ?
俺はしっかりと憂いを含ませたため息をつく。
「なんで戻ってきてまでこんな目にあうんだ?
向こうに行ったのと関係あんのか、エリン様」
独り言も言っちゃう。
黙ってるよりはいいんだ、心には。
もしかしてエリン様は白石を助けに来たのか?
だったらもう一度、入れ替わりは起きる?
俺がぶつぶつ言って考えてると、
玄関から元気のいい声が飛び込んでくる。
もう声だけで誰かわかるようになったな。
「んだよー、やっぱこっちに二人ともいるじゃん。
返事ないから焦ってサリんちに行っちゃったよ。
着替え持ってきた。あと、サリママが一回帰ってこいって」
俺は鼻の前に人差し指を立て、白石が寝てることを知らせる。
カリンはすぐに理解して首をすくめるけど、
それで声小さくなる?
「どしたん? マジでどっか悪い?」
「金森君の家でちょっとな……。
それより玄関、カギかかってたと思うんだけど」
「合鍵作っといたよ。三人分」
「許可した覚えはないが?」
「んな水臭いこと言うなよー。
ほら、おソロのキーホルダーあげる」
「ありがとう、でもいらない。合鍵をよこせ」
「サリちゃん、だいぶ疲れてますね。先生も」
村瀬は当たり前のようにテーブルについてコーヒー飲んでる。
「……事後?」
「お前は頭の中にエロ漫画でも入ってんのか?」
「昨今では少年漫画、少女漫画というジャンル分けも
意味を持たなくなりつつあります。
ですので男性向け、女性向けを私は区別しません」
「なんの話だ? いきなり語るな」
「いろいろ情報仕入れてきたって話。
フェアウエル、だいぶ噂になってきてるよ。
学校だけじゃなくて、
外でもフェアウエルと事故を関連付ける書き込み増えてる」
「そのぶん、使った人を見つけやすくなりましたけど」
「どうだった?」
「終わる日の前に別れた人。
終わる日が来ても何も起きなくて、つまらなくなって別れた人。
もちろん継続中の人もいます。
でも、終わる日に何か起きたっていう話はまったく……」
「何かあったら話せないでしょ」
「それでもニュースにはなる。
金森たちと類似の事故のニュースは聞かないな」
「じゃあ……とりあえず心配いらない?」
「それなんだが……他の利用者にせん妄とかの話は出なかったか?」
「せん妄?」
「発言がおかしくなったり妄想などの症状がでることですよね?
金森さんのことですか?」
どう言ったものか。そもそも言っていいのか。
どう伝えたものか悩んでいるうちに、
カリンと村瀬は光通信みたいに目線だけで情報交換し、
仮説を組み立てた。
「言いたくないなら言わなくていいけどさ、
それサリもってこと?」
「だとしたらどうして?
それもフェアウエルと関係あるんですか?」
「いや、症状自体はフェアウエルを使う前からあった。
むしろそのせいでフェアウエルを使ったとも言える」
「なんだよそれ、どんどんわけわかんなくなってるんだけど。
フェアウエル関係なかった?」
「終わる日が無関係とも思えない」
「こうなるとまるでフェアウエルに意思があるようにも感じますね。
抽選も、実は選別なのかも」
カリンが俺のスマホを手に取り、
握り潰しそうな勢いでフェアウエルをアンストした。
「どーよ、消したった。ザマミロ、あたしの勝ち。
セナコー、もうこんなもんに付き合う必要ないよ。
どうせなんにも起こんないって。
なんかあっても前みたいにセナコーが守ればいいんだし。
はい、ヤメヤメ……うあぁ」
カリンがゴキブリかなんかみたいに俺のスマホを放り出す。
テーブルの上で振動するそいつはもう一度、
サリとのマッチングを告げていた。
消せない。
「むらせ~、あたしこういうのマジだめだ~」
カリンが村瀬にしがみついてる。
「落ち着いて、ウイルスとかでもよくあることよ」
とか言ってるけど村瀬もスマホに触らないね。
ここは俺が大人の威厳を見せておくか。
「このくらい想定内だ」
でたー! 想定内。嘘です。手が震える。
「でもまあ、結局は吉田君の言う通りかもな」
「カリンでいいって。
いまさら吉田君とか誰? てなるわ。
そんなキャラでもないくせに。
でどのへんがあたしの言う通りなんよ?」
「全部って言ったら正気を疑います。二割以下に留めてください」
「シンプルなのがいいってことだよ。
何もないならそれでよし。何かあったら守る。
そういう気構えができるぶん、俺たちは恵まれてる」
「守るって、どうやって?」
「心配するな、俺には守護天使がついてる。
本当だ。エリンって名前まであるんだぞ」
「うわ、筋肉に名前つけてるレベルでヒくわ」
「厨二病って再発するんですね」
「あれ? 私が寝てる間に話がまとまってる?」
起きてきた白石がスマホを振って台所に入ってくる。
画面に表示された俺とのマッチング画面を見せつけながら。
「二度目のマッチング。
もうこれを奇跡とは言わせない」
「サッカーだ!」
「ラグビーだよ」
俺のスマホが急に振動して全員ビクッてなった。
気まずい沈黙。
ちょっとしたことで恐怖に引きずり込まれてしまいそうな。
口で何と言おうと、立ち止まったり下を見ると気づかされる。
リカバリ不可能の落下死ポイントがすぐそこにある。
「私さ、思ったんだ。死んじゃダメだって」
意外にも白石がすんなりと俺のスマホを持って
メールチェックしてる。
すっかり白石に握られてるな、俺のプライベート。
「はいこれ、学校から。
もちろん自分が死ぬのが怖いっていうのもあるよ。
でも今日、カナのママ見てて思った。
私が死んで、私のパパやママがこうなっちゃうのがもっと怖いって」
感動的なスピーチだ。
でも教員用のメールを生徒に普通に見られてるのが気になって、
もうひとつ頭に入ってこない。
白石は顔をくしゃくしゃにして鼻をすすってる。
自分の言ったことに感動してる。
そしてカリンと村瀬が引きずられて感動してる。
「よっしゃ、終わる日が過ぎるまで、
あたしたちでサリを完全ガードだ」
「そうですね。できるだけ一緒にいたほうが──」
「すまん、俺は仕事だし、明日の保護者説明会に呼ばれた」
なんだよ、その目は。
責任があるんだよ、大人には。
明日世界が終わるのだとしても仕事は辞めないぞ、俺は。
「いいよ、みんなもいつも通りやろ?
なんか腹立ってきたよ。わけわかんないのに振り回されてさ、
怯えて隠れてるって、フツーにムカつくでしょ。
だから私もう怯えてやらない。来るなら来いってカンジ……
来ないではほしいけど」
カリンがニヤニヤしながら白石を見てる。
村瀬はため息ついたけど、笑ってうなずく。
「ほらな、サリはこういうやつなんだよ。
まったくセナコーにはもったいないぜ」
「周りに人がいるほうが安全、というのは認めます。
でも先生、油断はしないでくださいね。
私たちも協力しますけど、
サリちゃんを守れるのはあなたなんですから」
「畳みかけるな。一瞬でいいから否定させろ」
「もういいの、先生。
わかってるから、もういいんだよ……」
「安易に感動狙ってくんな。
そういうのもう飽きられてんだよ」
「飽きるほどヤッたんか」
「お前も頭にエロ漫画入ってんな」
こいつら完全に俺の反応を面白がってるな。
俺も無視すればいいのに勝手に反応してしまう。
女子に構ってもらえなかったしがない教師の悲しさよ。
「お前ら、笑ってるけどわかってるのか?
今度はナイフを持ってる程度じゃすまないかもしれない。
協力はありがたいが、自分の身を守ることも考えてくれ」
三人は顔を見合わせ、今のが一番面白かったみたいに笑った。
「そんなのわかってるよ。
だからここにいるんじゃん?」
「一番わかっていないのは先生では?」
「何を?」
「私たち──」
三人は飛び上がってハイタッチする。
「友達だから」
タイミングはバラバラ。
カリンはテンション高すぎ。
村瀬は無表情。
白石はちょっと遅れた。
でも、いい音がするんだ。
頭の周りで光が弾けるみたいな、青春って感じの。
友達が何よりも大事に思えるのは十代までだ。
友達が大事じゃなくなるわけじゃない。
十代に友達を大事に思ってたみたいには、何かを大事に思えなくなる。
永遠のアドレセンス、とでも言うかい?
いい年してそれを取り戻そうと必死なやつもいる。
とある世界的大ヒット書物から引用するなら、
風を追うように虚しいことだ。
だから大人になったら、
少し離れて眩しそうに目を細め、
くだらなそうに笑って、
守ってやんなきゃいけないんだ。
読んでいただき、ありがとうございます。
まだまだ手探りで執筆中です。
あなたの一押しが支えです。評価・ブックマーク、よろしくお願いします。




