手形
今日はNやんの武勇伝と言うのか、霊能者としての質の悪さを書こうと思います。
「Nやん、家に霊が出たらどうしたら良いの?」
「物によると思うぞ? 危ないヤツなら本職に任せるのがベターだし。自力でどうこうするのは危ないしな」
「自力だとどんな事をするの?」
「そうだな、例えば自宅に首吊りした霊が出るとしたら、その足元に椅子を置いてやる、とかするな」
「椅子を? 優しいね」
「まあ、その椅子に剣山を並べて置くんだけどな?」
Nやん曰く、よほど覚悟を決めた人間以外、苦しみは耐え難く椅子が有れば思わず足を掛けたくなる。
それは幽霊も同様だと。
「いや、むしろ幽霊の方が脚を掛けたくなるかもな? 生きた人間なら首を吊った瞬間に首の骨が折れて数秒で意識が飛ぶけど、延々と意識の有り続ける首を吊り続ける幽霊の方がきつそうだし」
「そんな幽霊の目の前に脚を掛けれない椅子を置くの?」
「少なくとも数日で居なくなるぞ?」
「撃退方法って有るの?」
「これと言って確立された撃退方法なんて無いよ。ただ人間でも幽霊でも「人の嫌がる事を率先してやる」は効果が有ると思うな」
「Nやん、それ意味違う」
「知ってる」
Nやんは私のツッコミに不敵で、底意地悪く笑った。
この人、下手な幽霊より怖い、と思わなくも無い。
「他には何か有る?」
「まず根本的に家で異変が有ったら警察、次に医者、最後に神社を含めてお祓いかな?」
「警察?」
「ストーカーに塩撒いても意味ないだろ? まず異変の本質を見極める事さ」
「医者は?」
霊能者のイメージとはだいぶかけ離れた返答に戸惑いつつも質問を続けた。
「幽霊が見えるか、家で音がするかで眼科か心療内科かに分かれるけど、霊能者だって目の病気で視界に違和感を覚える事は有るよ。網膜剥離で視界の端に黒い物が見えるって可能性だって当然あるさ。ストレスで音に敏感になり過ぎて鼠の足音が人の足音に感じる可能性だって有る訳だし」
「そう言う物?」
「そう言う物さ。多分人間が感知する異変の大部分、八割九割は錯覚や身体的な不調だよ。残りの一割程度じゃないかな? 多分」
身も蓋も無く、冷静な意見が新鮮では有る。
Nやんに金銭を要求された事は無いけど、世の霊能者は謝礼が伴うイメージが有る。
ここまでぶっちゃける人も珍しいと思う。
「ねえNやん、ダーツの事もそうだけど、幽霊に何か恨みでもあるの?」
「救ってほしいなら寝てる時に起こすな、寝る前に来いって気分に成るし。胸の上に座る老婆とか、足を掴む男とか、会った事も無いのに首を絞めてくる女とか、ぶっ飛ばしたくなるだろ?」
その言葉に、なんでこの人は幽霊にストレートな怒りをぶつけられるのか、不思議。
普通、そして聞く話だと大抵は怖くて固まる人の方が多いのに。
怖い事に慣れて、逆に怒りが湧く位日常化しているのだろうか?
そんな事を考えていると、私の考えを読んだのかNやんは指で合図をしてからネクタイを寛げた。
Yシャツの襟に隠れて見えなかったその首筋にははっきりと手形が付いていた。
この人は相手が人間か幽霊かなんて考えていないんだと思った。
理不尽に思い切り抵抗しているだけなんだと。
「まあ、一流はこんな痕を付けられる前に対処できるから、俺は三流止まりなんだけどな?」
Nやんはそう軽く言って、苦笑しながらグラスを傾けた。
グラスの中の氷が割れる音はラップ音によく似ていた。