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霊能

 Nやんから聞いた話です。


 真夏の昼下がり。

 カフェのオープンテラスの日陰で私達は珈琲を飲んでいた。

 Nやんがアイスコーヒーを、私は桃のスムージーを。

 甘みと酸味が夏の暑さを一時和らげてくれる。

「Nやんってあまり除霊の相談とかって受けないんだよね?」

 なんとなく気になっていた事を聞いてみる。

「そうだな、仕事にしたいとも思わんし、能力的に職業には出来ないしな」

 そう自嘲気味に笑った。

 何か有れば嫌そうな顔をしながらも即断で動く癖に、いまだに自分が劣っていると断言してしまう年上の友人。

「なんだ? 何かあったのか?」

「いや、何も無いけど。Nやんが損な役回りばかりだなって……」

 今までも何人もの人を助けたり、手助けしてきたはずなのに、と思うとモヤモヤする。

「四流の俺が仕事としてやっていけるとは思えない。全盛期も過ぎてるし、な?」

「そうなの?」

 Nやんの言葉に驚いて思わず聞き返してしまう。

「ああ、全盛期の三分の二、位だな」

「四十代で力って衰えてくんだ?」

「いや、年齢は関係ないけどな」

 そう言って苦笑して、誤魔化す様に怪談を話し始めた。



「最近、怖い夢を見るんだ……」

「久しぶりに電話をしてきたと思ったら、開口一番それか。で? どんな?」

 俺の体質をよく知る古い友人から突然電話が掛かってきた。

 挨拶も無く要件を話し始める所を見ると、相当追い込まれてるのだろう。

 混ぜっ返すのも躊躇われて、そのまま先を促した。

「夢の中にな、老夫婦が出てくるんだ」

 夢の内容を必死になって思い出して友人は言葉にしていく。

「夢でさ、知らない老夫婦が出るんだ。ニコニコと笑ってて変な所も無くて。でも手に木槌を持ってて……。それで優しく手を取られて……、激痛で目を覚ました。起きたら右手が猛烈に痛んで、見てみたら親指の爪が縦に割れてた」

 友人の話を頭の中でまとめると、知らない老夫婦が夢に出る、何故か木槌を持っている、目が覚めると右手の爪が割れていた。

 “怖い夢を見た”と言われて説明されて怖いと感じる事なんてほとんどの場合、無い。

 その怖さを伝える為に必死になればなるほど空回りするのが人だ。

 とは言え、おかしな点があった。

 爪に関しては寝ている間に壁に打ち付けでもしたかも知れないが、知らない人間が夢に出ると言う事だけはあり得ない。

 夢は本来、記憶の再整理を半無意識の状態で認識しているだけで、特別なモノでは無い。

 それが見知らぬ人間が登場しない理由だ。

 そして不気味なのが木槌。

 確かに、怖いかは置いといて不穏な気配は感じる。

「それで次の日もまた同じ夢を見て……、痛みで目を覚ましたら人差し指の爪が真っ黒になってて……。そのまた次の日もやっぱり同じ二人が現れて、中指も……」

 虫の知らせ、と言う訳でも無いが一度直接視た方が良い気がする。

「分かった。今から行く」

 そう言って車を出して友人の家に向かった。


 友人のアパートの前に車を止めて、携帯を鳴らす。

 到着を告げると“上がってくれ“と言われて部屋に向かう。

 インターホンを鳴らすと勢い良くドアが開かれ、目の下にクマを作った友人が姿を見せた。

「参ってるらしいな……」

「ああ……」

 部屋に案内される時、友人を視てみると二の腕に手が見えた。

 二つの右手が右腕に、だ。

 怨念の臭いはしないが、爪を立てるその手からは執念を感じる。

 ソファーに腰掛けて改めて観察すると友人は相当に生気が無い。

 消耗と吸われているのか? と感じる。

「お前最近どこかに行ったか?」

「いや……、変な所には行ってない。先週田舎に顔を出したくらいで……」

 田舎か、その道中に変なモノに目を付けられたのだろう。

 時折、本当に時折だが理不尽な悪霊と言うモノが居る。

 ただ通りかかっただけで因縁を付けてくるチンピラ染みた霊が。

「で? 手はどんな感じだ?」

 そう訊ねると、友人は右手の甲を俺に向けて掲げて見せた。

 親指の爪は先から根本まで真っ二つに割れており、人差し指と中指は爪の中が内出血して黒紫に染まっている。

 三日連続で激痛を伴う寝起きをして参っているのが見て取れる。

「目を閉じて下を向け」

 そう言って友人の額に手を当てて目を閉じる。


 目の奥にチカチカと火花が飛ぶ感覚。

 見るのではなくて視る。

 脳味噌の処理とは違った使用法で頭痛がする。

 視界とは違う視界に映像が浮かぶ。

 五寸釘と木槌。

 藁人形と若い男。

 やせ細った女性と悲嘆に暮れる男女。

「ああ、お前、間違って祟られた訳か」

「祟られ……?」

「ああ、お前に似た男を呪った夫妻が、お前の田舎の道中に居て、巻き込まれたんだろうさ」

「なんで! なんで俺が!」

「知らん、霊なんて理不尽なもんだ。こればっかりは避け様が無い」

 そう言うと友人を立たせて背中を向けさせる。

「お前に憑りついた霊を引き剥がす。合図をしたら前に一歩出ろ」

 押し殺した俺の声色に何かを悟ったのか、無言で頷いた。


「ふー」

 深く息吹を行って丹田に力を溜める。

 やる事は単純だ。

 友人から悪霊を引き剥がして、即座に守る。

 両の手に別々の役割を振り分けて、力を満たしていく。

 両肩を掌で払い、背中に手を当てる。

 友人からはみ出た悪霊を左手で掴み引きずり出す。

「前に出ろ」

 その言葉に友人は一歩前に出る。

 前に出させるのは、自らの意思で悪霊を吐き出させる為。

 左の掌に不可視の柔らかいモノを握り、そのまま引きずり出す。

 抜けた所で即座に友人に結界を張って再侵入を防ぐ。

「ちょっとトイレにでも行っててくれ」

 友人が背中を向けたまま頷いて部屋を出て行った。

 部屋には自分と悪霊二体だけになったのを確認して、力が萎む前に浄化を行う。

「ナウマク サンマンダ……」

 今なお身を焼く祟りを利用して、真言を繰り返し唱えて握り込んだ悪霊が食い散らかされていく。

 一目見た時から手古摺る程度には強い悪霊の抵抗に顔を顰める。

 通常なら三度繰り返せば片が付くのに、今回はなかなかに手ごわい。

 ジワジワと力が漏れ抜ける感覚と同時に悪霊も弱くなってはいる。

「ソワカ!」

 最後に全力を込めた所で悪霊が霧散するのが分かった。

 同時に、左手の感覚も消える。

「ちっ、持ってかれたか……」

 悪霊が霧散する瞬間、霊体の左腕を行き掛けの駄賃と言わんばかりに食い散らかされたのが分かった。

 利用するには実力が足りなかったらしい。

 痛み無く、指先から肘の上までを連続で食い荒らされた感触に怖気と力の無さを痛感する。

「やっぱ俺四流だわ……」


「え? で? どうなったの?」

「半年以上、左腕が満足に動かなくされて難儀した」

 そう言って苦笑して左手でグラスを持ち上げるNやん。

 文字通りの意味で身を削って悪霊と対峙していたのだと思うと背筋が凍る。

「なんでNやんはそこまでするの?」

「ん? 出来る事があるのにやらないで居ると腐るから、かな?」

 そう言って不本意そうに笑うNやんの見ている世界とはどんな色彩を帯びているのだろう?

 私は、そんな彼の生き方が不自由そうで、少しだけ切なくなった。


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