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除霊

 Nやんから聞いた話です。


 駅前のコーヒーショップで待ち合わせをした。

 季節のお薦めのイチゴのホイップを飲みながら待っていると、Nやんが杖を突きながら現れた。

「遅いよ、遅刻~」

「悪い、駅の中で道に迷った。と言うか、この店、多過ぎないか?」

 確かに駅の中にも有るし、駅から出た所にも有るのだから、待ち合わせ場所として指定した私の説明が悪かったかもしれない。

 お詫びに、夕方には売り切れてしまうお薦めを奢る事にした。


「Nやん。Nやんの場合はそんな事無いと思うんだけど、幽霊が家まで憑いてくるって話は多いよね? あれってどうしてなの?」

「なあ、お洒落なコーヒーショップで話す話題か? それ……」

「まあ、日曜の昼間だし、良くない?」

 心底呆れてる、そんな顔で窘められるが、気にしない。

 好きな物は好きなのだから仕方が無いのだ。

「はぁ~、まあ良いけどさ……。結局、幽霊も暇だったり、誰かにすがりたいのだと思う。全部の幽霊が必ずしも生きた人間に興味を示す訳じゃないんだけどな?」

 そう言ってNやんは語り始めた。


 宮城県仙台市に住んでいた。

 とある有名な心霊スポットに肝試しに行った数人の男女。

 その内の一人が、夜な夜な金縛りに遭い、怪奇現象に悩まされるようになったらしい。

 そんな話を職場で相談されてしまった。

 上司の息子さんとその友人の話を持ち掛けられた。

 怪談話が好きな変なヤツ、それが職場での俺の認識らしい(間違いではない)

 除霊が出来る人を紹介してくれ、と言う事らしかった。

 そんな無茶振りを貰った訳だが、残念ながら仙台には二人程紹介出来る人が居たりする。

 出来ると答えると続けて“怪しいヤツじゃないか? ”と尋ねられた。

 怪しいか怪しくないかで言えば怪しいのだが、それを言ってしまったら俺が一番怪しい訳で。

 そんな自嘲も必要は無いし、本当に事が深刻ならそんなギャグを挟む時間も惜しい筈だ。

 結局、古い付き合いの僧侶を紹介する事にして、上司と件の息子さんグループを連れて、仕事終わりに寺に向かった。

 道中、上司の息子とその友達を観察してみると、確かに二体の霊が貼り憑いているのが見える。

 特に強い悪霊では無いが、メンタルに来る類の憑りつき方をされていて早めに対処した方が楽な部類なのが分かる。


「しかし、いきなり押しかけてくるのもどうかと思うが? 電話ぐらいで来ただろうに……」

「悪い、状況も把握出来てない状態で紹介も何もないから、直接連れて来るしか無かったんだよ」

「まあ、Nやんと繋がりが有るならそれも彼らの縁、なんだろうがな」

 連れてきた二十歳前後の集団をチラリと見やって呟いた。

 俺達はそのまま本堂に案内されて、進められるままに座った。

 部外者の俺は本堂の隅で大人しく待機しておく。

友人の僧侶は若者達に認識している限りの事の経緯を訪ねた。

「自殺の名所の橋に肝試しに行った夜から、金縛りに遭ったり、部屋で物音がしたり、誰かの気配がしたりで、眠れないんです……」

「夜中壁から人が出てくるんです! 寝てると足首を掴まれて、そのまま壁に引きずり込まれそうになるんです! 毎晩! 怖くて怖くて……」

 女性の方は堰を切ったかのように恐怖体験を語り続けた。

 そんな力が有る悪霊にも見えないが、相当に怖い思いをして堪えているらしい。

 二体の霊は上司の息子とその女友達にそれぞれ憑りついている。

 その理由も単純明快で、自殺はしたけれど楽には成れず、救いを求めていると言ったものだった。

 正直に言えば不快な霊だ。

 自分が救われたいから、生者にしがみ付き祓って貰って天に上りたい、成仏したいと考える傲慢さが腹立たしい。

 時折、霊がこちらを盗み見るのも不愉快だった。

内ポケットに仕舞ったダーツを意識しながらその霊二体を見ていると唐突に友人に声を掛けられる。

「Nやん、アウト。廊下に出てろ」

 どうやら霊に対しての殺気を覚られたらしい。

 小さく溜息を吐いて、本堂を出て廊下で待機する。

 障子を閉めて少しすると本堂から読経が始まった。

 般若心経が朗々と唱えられ、一巡すると再び頭から。

 不思議なもので、一巡する毎に読経の調子が変わっていく。

 最初は威厳たっぷりに力強く、数回目からは柔らからどこか優し気な調子で。

 最終的には読み聞かせて相手に憶えさせる様な間の開け方さえ有った。

 つくづく、僧侶の霊との向き合い方はカウンセリングに近いと思った。

 元々般若心経はその真理を言って聞かせて、教える形で構成されている。

 つまりは、そう言う事なのだろう。


 読経が始まって一時間が過ぎ、二時間を超えるか? と言う所で本堂が静かに成った。

 終わったか、思いの外厄介だったかだが……、と考えていると中から話し声が漏れてくる。

「終わりました。無事にお二人から離れましたのでもう大丈夫でしょう。お二人に憑いていたのは生きる事から逃げ出したくなるほど苦しんで自死を選んだ方達です。苦しんだ果てに成仏も出来ず、面白半分で現れた貴方達に取り縋った可哀想な人達です。もう心霊スポットには近づかない事です。同じ事を繰り返すのは決して頭が良い行いでは無いですからね」

 どうやら、そのまま説法を始めたらしい。

 俺はと言うと、廊下で待たされたままなのだが……。

 暫く、徳の高い説法を廊下から聞いて時間を潰す。

 一時間程で説法も終わり、上司とその一行は本堂から出てきた。

「すまない、紹介して貰えて助かった」

「いえいえ、無事に終わって何よりですよ」


 そんな会話をして、憑りつかれていた二人に視線を移す。

「ああ、やっぱりか……」

 そう言ってから二人に手招きをする。

 二人を観察すると、疲労とは別に力が無い。

 所謂“気が枯れる”と言うやつだ。

 霊に取りつかれて人間が本来持つ霊的な抵抗力を消耗した挙句、自身に繋がった他者の霊を引き千切るのだ。

 気力体力諸々、消耗するのは当然だ。

 “ちょっと失礼”と一声掛けて順々に二人の額に手を触れる。

 お節介だし、何もしなくても一晩熱を出す程度だが、まあ何も無いに越した事はない。

 そんな訳で少しだけ自身の気を二人に分けてやる。

 不思議そうな、不審そうな、でも何か熱が伝わってきた事だけは理解しているのが二人の表情からも分かる。

 それだけ伝われば上等、と考えて上司とその息子一行を見送った。


 残ったのは僧侶から「お前は残れ」と言う視線が痛かったからだが。

「お前なぁ、浄霊の邪魔に成るから霊を威嚇するの止めてくれるか?」

「別に威嚇なんかしてないって」

「嘘を吐け。殺る気満々で懐の術具に意識を向けてたのは分かってるんだ」

 日々、力を籠め続けているダーツと管を看破されていたらしい。

 まあ、本音を言えば霊が俺を怖がれば逆に友人の般若心経に真摯に向き合うだろう、と思ってはいたんだが。

 所謂、怖い刑事と優しい刑事と言うやつだ。

 救われたいが為に誰かを害する輩に慈悲の心を向けるつもりも無い。

「お前なぁ、少しは優しさを持った方が良いぞ?」

「その優しさが無いから四流なのさ、俺はね。もっともキャパやら能力的にも三流の半ばが限界だろうけどさ」

 そう言って自嘲気味に笑う。



「Nやんって本当に、霊に厳しいよね」

「厳しいと言うか、優しくする理由が無い霊には、だぞ?」

 Nやんは苦笑を浮かべて甘酸っぱいイチゴのドリンクを口にして髭を白くした。


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