第123話 一冊のノートが繋いだ再会
母が残した旅の記録には、多くの人との出会いが綴られていました。
その中の一人の名前が、主人公を新たな再会へと導きます。
優しさは、時を越えても人の心に残り続けていました。
東屋をあとにした主人公は、木陰に腰を下ろし、母が残したノートをゆっくりと読み進めていた。
一人ひとりとの出会い。
交わした何気ない言葉。
渡した黒糖飴の数。
どのページからも、母の温かな人柄が伝わってくる。
その中で、一つのページに主人公の目が止まった。
『春彦さん。
国道沿いで体調を崩していた旅人。
黒糖飴を渡したら、「また歩いてみるよ」と笑ってくれた。
いつか元気な姿で再会できますように。』
ページの端には、小さな地図が描かれていた。
「近くだ……。」
主人公はノートを閉じ、ロードバイクへまたがった。
国道を十分ほど走ると、小さな商店が見えてくる。
昔ながらの建物。
店先には色とりどりの花が並び、風鈴が静かに揺れていた。
主人公が自動販売機でお茶を買おうとすると、一人の男性が店から出てきた。
七十歳くらいだろうか。
穏やかな笑顔が印象的だった。
「暑いねぇ。」
「はい。本当に。」
何気ない会話だった。
しかし男性は主人公の胸ポケットを見て、目を丸くした。
「その包み紙……。」
主人公は黒糖飴を取り出す。
「これですか?」
男性は懐かしそうに笑った。
「その飴を見るのは、何十年ぶりだろう。」
主人公の胸が高鳴る。
「もしかして……。」
「昔、ある女性にもらったんだ。」
男性は遠くを見つめるように話し始めた。
「国道で倒れてしまってね。」
「何も食べていなくて、立ち上がれなかった。」
「そこへ自転車に乗った女性が来て、『まずは甘いものを食べましょう』って。」
主人公は息をのむ。
ロードバイク。
黒糖飴。
母だった。
「その人は、お金も受け取らず、『元気になったら、今度は誰かに優しくしてください』って笑って去っていった。」
主人公は自然と笑みがこぼれる。
「母さんらしいな……。」
男性は驚いたように主人公を見つめた。
「えっ?」
主人公はゆっくり頭を下げた。
「あの女性は、僕の母なんです。」
男性はしばらく言葉を失っていた。
やがて目に涙を浮かべ、何度も何度もうなずいた。
「そうか……。」
「会えたんだな。」
「ずっと、お礼を言いたかった。」
主人公は静かに首を振る。
「母なら、きっとこう言います。」
『私じゃなくて、誰かに返してください。』
男性は笑いながら涙を拭った。
「本当に、そのままの人だった。」
店の奥から、小さな女の子が顔を出した。
「おじいちゃん、お客さん?」
「そうだよ。」
男性は孫娘を呼び寄せる。
「この人のお母さんに、おじいちゃんは昔助けてもらったんだ。」
女の子は主人公へ深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。」
主人公は慌てて手を振る。
「お礼は僕じゃないよ。」
「でもね。」
主人公はポケットから黒糖飴を一粒取り出した。
「もし悲しいことがあったら、この甘さを思い出して。」
女の子は両手で大切そうに受け取る。
「うん!」
その笑顔は、どこか昔の自分を見ているようだった。
男性は空を見上げ、小さく呟く。
「優しさは、ちゃんと繋がるもんだな。」
主人公も同じ空を見上げた。
白い雲が、ゆっくりと国道の先へ流れていく。
その時だった。
主人公の視界の端に、白いワンピースの少女が立っていた。
少女は微笑みながら、さらに国道の先を指差す。
主人公もその方向を見る。
遠くに、小さな古い郵便局が見えていた。
母のノートの最後のページには、まだ訪れていない場所が一つだけ残されている。
その住所は――。
あの郵便局だった。
第123話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、母の優しさを受け取った一人との再会を描きました。
主人公は母の足跡をたどるたびに、自分の旅もまた誰かの人生に寄り添っていることを実感していきます。
次回は、母が最後に立ち寄ったとされる郵便局で、新たな手掛かりが主人公を待っています。




