背後殺意系女子(?)
ストック作らなきゃ…死ぬ…
京都駅を出、外のロータリーを歩く。
日本一厳しいとされる町の景観保護だけあり、町並みは落ち着いた色のトーンに揃えられていて、普段であれば目立つ鮮やかな筈の各社コンビニエンスストアも、この街では白と木目色で統一されていた。
旧い建物特有の彩度の落ち着いた色調に合わせた町並みは、さすが過去に都が構えられていたとだけあり壮観の一言に尽きる。
真は過去に修学旅行として一度だけ足を運んではいたものの、しかし中学生当時は文字通り”いないもの”として扱われていたため碌な思い出がなかった。
とはいえなんの確執もなく町を見渡せば、どこか懐かしくすら思えるその情景に三人は見惚れて…はいない。
「懐かしいというか、ちょっと歩けば地元もこんなもんだしな」
「うちの街、幕末を題材にした映画のセットに使われるくらいには旧いものね…」
「流石に我々の街とは違い大いに栄えてますけどね、上部だけで言えば違いなんてその程度のものでしょう」
社会科の教師のセリフとは思えない一言に思わず聖と真は耳を疑った。
オフの日だけあって教師という立場を完全に捨てているとはいえ、日本史担当がそんなこと言っていいのだろうか。
真は内心にそんな思いを抱きつつも三人は街中を進む。
京都の景色に既視感を覚える三人、ひょっとしたらド田舎出身あるあるかもしれない。
「京都に着いたのはいいが…なんだっけ、虎鶫山だっけ」
「そう、虎鶫。まさに鵺が潜伏するにふさわしい山よね」
「……鵺ねぇ」
事前に調べるよう言及されていたため、真は昨日のうちに急いで調べ上げた情報を脳内で反芻する。
鵺。
猿の顔に狸の胴、虎の手足に尻尾が蛇、西洋でいうキメラのような妖怪。
平家物語に書かれた仔細によれば、時の天皇であった二条天皇を脅かし、病魔を振りまいた悪名高く、そしてそれ故に比較的ポピュラーな妖怪でもある。
「鵺はその自身の能力によって、天皇を恐怖のどん底に突き落とした。その能力は黒煙と不気味な鳴き声よ」
「…疑問なんだが、鳴き声だけで病に伏せることなんてあんのか?
ちょっとビビリがすぎない?」
肩を竦める真と、その横で少し上向きに考える仕草をする聖。数秒経つと考えがまとまったのか聖が真に向けて話し出した。
「鳴き声だと思うからそう思うのよ。例えばだけど、毎晩恨めしい声で呻き声が聞こえてきたら気が滅入っちゃうでしょ?」
「そう言われると確かに…」
「それにこの話、たとえ話や誇張でもなんでもないのよ。
過去に我々組織が対峙してきた鵺、その鳴き声は実際に交戦した魔術師の精神に甚大なダメージを与えたという報告書が上がってるの」
その言葉に真はギョッとした。
ここ2、3週間で魔術という得体の知れない技術に触れてきたが、少なくとも真の見た限りでは魔術師という連中は人外のようなもの。
祈ったり何かを呟くだけで無から有を生み出し、あたりに台風のような暴風を吹き荒ぶこともけたたましい雷撃を叩き落とすこともできる。
それが彼の中の魔術師のイメージである。
(そんな奴らが束になっても精神的ダメージで伸されるような正真正銘のバケモノを一般ピーポーの俺とこのポンコツ巫女服で倒そうってのか…っ!?)
酷い言われようである。
確かに隠蔽工作は忘れるわ、事前にわかっときながら対策が不十分だわで、今の所真の中で雑な部分が目立つ聖ではあるが、仮にもそこそこの術士である。
こちらをチラチラと見ながら表情を二転三転させている真を聖は露骨に怪しんだ。
「アンタ、なんか失礼なこと考えてない?」
「何も考えてないです、はい」
眉を顰めた聖がジリジリと真との距離を詰めはじめたその時、前を歩いていた緑が足を止め二人を静止した。
「お二人とも、ここのバス停から虎鶫山までのバスが出ていますのでここからはバスで移動です」
「はい!わかりました!」
これ以上追求されていたら本日3枚目の紅葉だったかも知れないと、真は話が流れてホッと一息ついた。
無論後ろで懐疑の眼を向ける聖がいるのは言うまでもないだろう。
「さてお嬢様、そして浅田くん。今日宿泊する施設についてなのですが移動の便が良いので、虎鶫山の隣の山にある山荘をレンタルしてあります」
「えっ…宿泊、宿、泊…宿泊!?」
ここにきて真は、自分が合宿というていで京都まで脅し半分で連れてこられたこと以外の部分を思い出した。
(冷静に考えてみれば合宿ってことはどっかに泊まるってことじゃねえか…!?どうしよう…汗かいた時用の上着の着替えしか持ってきてねえ!?)
真はだらだらと滝のように冷や汗を垂れ流した。この男、只の馬鹿である。
せめても少し擁護するならば、異常なまでに影の薄い彼にとって誰かとの合宿や、そもそも外で泊まりがけで遊びに行くということすら初の体験。
そこら辺をちゃんと認識できていなかったというのはあるだろう。
「あの…緑サン」
「はい、どうしましたか?」
「着替えとか持ってき忘れたんで服屋行きたいです…」
そう告げられた緑の表情は、流石に苦笑いを通り越して呆れ顔であった。
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幸い駅前に大手の服飾店を見つけ、学生にとっては手痛い出費ではあったものの下着類や着替えを購入できた。
しかしそれだけの時間は過ぎるわけで。
「ホテルじゃなくて助かりましたね、2日ほど完全に貸切状態でチェックインの必要はないので」
「マジで申し訳ないです…」
「逆になんで着替え忘れんのよアンタ…普通衣類が一番最初にカバンに詰めるモンでしょ…」
その言葉を聞いた緑がバツが悪そうに明後日の方向を向いたことから察するに、絶対聖が荷造りしたわけではないことは真にも想像がついたが、この状況でツッコミを入れるわけにもいかず謝意を露わに低頭した。
半分くらい緑を見なかったことにする優しさ混じりの謝罪である。
三人の現在地は虎鶫山、ではなくその隣の山にある山荘。
あれやこれやと真の買い物が済んだ後、時間も昼時を過ぎていたので適当に昼食を食べ、バスに揺られて現在に至る。
時刻は当初予定していた13時に山荘に到着している筈ではあったが、買い物に食事とで2時間ほど過ぎていた。
「まあいいわ、とりあえずさっさとコテージに入っちゃいましょうか」
「いや山荘ってか、コテージと呼ぶにはあまりに…」
緑から事前に伝えられていたように、真が山荘として想像していたのは比較的こじんまりとした木造の建物。しかし目の前にある建物は…
「…でかくね?」
西洋風の作りで壁は白塗りのため、一見教会のようにも見えるだろう。
一般的な住宅ほどはある2階建ての外観は、少なくとも山小屋とも山荘とも呼び難い見た目であった。
一応木造であることがわかるのは、壁の縁取りにシックな色合いの木材が使われているからであり、屋根はダークグリーンのスレートが敷かれている。
高級住宅街にあってもおかしくないような外観に対して、聖はただ一言。
「そう?割と普通じゃないかしら」
「そういやお前お嬢様だったな、忘れてたわ」
一般人と金持ちの価値観の相違に深いため息が漏れた。
その間にじゃあ先に入ってるわよと一言真に告げ、聖が扉を開けて中へ消えていく。
せっかちかよ、と思いながら真も聖に続いてコテージに入ろうとした時、唐突に緑が真の手を掴み無言で静止した。
「万が一、億が一とありえない話ですが…一応忠告しておきます」
そう聞こえた直後。気付ば、スッと。
頚動脈に添えられるように、一瞬のうちにナイフが真の首に添えられていた。しかし、そのナイフよりも背後にいる緑の剣呑な雰囲気に真は唾を呑む。
「浅田真。お嬢様は我らが”木”の一族の次期当主です。
万が一にでも手を出そうとでもしてみなさい、胴と頭が永遠にお別れすることになりますよ…?」
「………いやいやいやいやいやいや、あんなのに手なんて出しませんて、無理無理。だって高飛車だし性格悪いし…まあ確かにたまに優しいけど大抵人殺しそうなくらい厳しいやつじゃないですか、冗談きついっすよ…へ、へへ」
汗の量もともかくめっちゃ早口である。
1秒足らずで全て言い切って呼吸を荒げる真に、色々な意味で唖然とする緑だったが、深くため息をつくと直ぐさま真の首筋からナイフを引っ込める。
「いやぁ〜…流石にあんまりな言いような気もしますが…まあ…そこまで言っているのですから、これ以上念を押す必要もないでしょう」
「どうでもいいですけど、先生って学校と従者の時で全然性格違いますね…」
「ええ、仕事とプライベートは分けるタイプなんです
プライベートくらい素の自分で居たいと思いませんか?」
「…えっと、ちなみに今はどっちですか…?」
真の頭に疑問符が飛び一息ついた後、緑は目尻を緩めて朗らかに微笑んだ。
「秘密ですっ♩浅田くん、私のこと茶目っ気のない仕事人間だと思ってる節ありますよね、だから教えてあげません」
1分前まで自分の首筋に狂気を当てていた人間の表情とは思えない。そのあまりの感情のジェットコースターに真の心は風邪を引きそうになった。
(…そうだ)
一応”やられたらやり返す”というのが浅田家の家訓である。真も今までの人生をそれなりにこの家訓を信条として生きてきた。
”別にやましいことなんぞ一ミリも考えてもなかったのに、自分の首筋にナイフを突き立ててくれやがった目の前の女教師”に復讐でもしてやろうと、真は今までの聖との会話の中で得た情報を総動員し煽り文句を捻り出す。
「…でも緑さん、想像よりずっと歳がいってるから、仕事が恋人どころか夫みたいなモンだって聖が言ってま…した、けど」
まず、真はやらかしたと悟った。
そう言い終わるか終わらないか。思わず言葉が途切れて尻すぼみになる。
真の正面にいたはずの女教師はもういない。目の前にいるのは般若。目を見張るほどのドス黒いオーラを纏って立っていた。
この日、真は一つ大切なことを学んだ。
『女性に対して面と向かって”お前行き遅れだぞ”と言うと、対面の火事でも地獄を拝める』ということである。
…南無。
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