扇動系男子
マジで忙しすぎる、就活なめてた
早朝の駅前。
流石に夏場とはいえ日中と比べ随分と涼しく過ごしやすい時間帯、休日ということもありスーツを着たサラリーマンの姿もほとんど見えない。
「…さすが田舎の駅前、コンビニが辛うじてあるだけで何にもねえや」
朝一で目も半開きの真がそうぼやく。
腕時計を確認すると時刻は既に待ち合わせ時間である6時を半刻近く過ぎていた。
流石に暇を持て余して駅のロータリー前のベンチに腰掛けているが、待ち人は一向にこないため流石に若干船を漕ぎかけている。
しかし寝るわけにもいかないと顔を軽く叩いて目を覚ました直後、田舎に似合わない黒塗りの高級車が一瞬真の前を通り過ぎすぐさまバックで正面に駐車した。
「見つけた、結構早いじゃない。
殊勝な心がけってやつ?」
ドアが開くと、その中から当然のように真の待ち人──土御門聖が現れる。
汚れひとつない純白のワンピースにレンズの広いサングラスという風貌に、”バカンスに行くセレブか”と内心ツッコミを入れた、なんなら割とセレブなのでそれはツッコミではなく事実の確認みたいなものだが。
「なーにが殊勝な心がけだ、遅刻してきたやつのセリフじゃないって自覚ある?
自覚無いならお前が仮に女子でも構わずぶん殴りたくなるんだけど」
「……女の身支度には時間がかかるのくらい常識よ、あんたが無知なだけ」
「いつか誰かに寝首を搔かれても知らねえからな、高飛車め」
もっともその”誰か”が真ではないとは言っていない、だが口ではそう言ってはいるが真にそんな大それたことをしでかす度胸がないのは自分自身よくわかっているが。
割ともっともなことを言った真に対して、嘲るようにそう言い放った聖に真は頭に血が上る。
普段学校で持て囃されているのは一重に彼女の猫被りが完璧であるからだろう、真はいつかこいつの本性を学校中に知らしめてやろうと復讐を心に誓った。
いつも通り真の恨み言をスルーした聖はいつの間にか現れた緑から大きなキャリーケースを受け取り、駅のホームへと向かって歩き出す。
その後ろをどこか諦めた顔の真が付いていくのだった。
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それほど待たずに来た千葉行きの電車へ乗り込んだ三人は、ボックス席に座り一息ついていた。
「とりあえず東京まで出るわよ、そこから新幹線で京都へ向かうわ」
「…東京」
『これがチケットね』と東京→京都間の新幹線のチケットを真に手渡す。
真は若干複雑そうな表情を作った後、すぐさまハッとしたようにいつも通りの無愛想な顔に表情を戻した。
正しくは戻したつもりである、どこかそわそわした様子であることに聖もその横に控えていた緑もすぐに気が付いた。
「複雑そうな顔しなくてもいいじゃない。
東京は通過点よ、せいぜい30分くらいしか留まらないわ」
”真は元々東京出身であり、自身の体質故に虐められて転校してきた”という情報。
2人の出会いである鎌鼬戦ののち、聖が緑に情報収集させた結果わかった情報であり、それは事実である。
しかし。
「…ぷっ」
珍しく人を心配する顔と声色で聖が訪ねてきたため、真はつい吹き出してしまった。
初めて会ったあの夕方の教室から数えて大体1ヶ月くらいの付き合いではあるが、”土御門聖という人間は、素の部分は他人に優しい人間だがどうしてだか自他に厳しい人間を装っている”、真がなんとなく察していて、あえて触れていない部分。
もっとも少し観察する程度でわかるし何より聖本人は否定するだろうが。
「…人が珍しく心配してやったのに何が一体可笑しかったんでしょう」
「あ゛」
しかし当然聖からしたら他人への優しさを鼻で笑われたように客観的には見えるわけで。
真が嫌な寒気交じりに聖の方へ視線を運ぶと聖はイイ笑顔で、緑は苦笑いしていた。
『あ、やらかした』と思った頃には、時期的にはまだ早い真っ赤な紅葉が真の頬にくっきり現れるのだった。
「…痛い」
「人の心配をあざ笑う無礼者にはお似合いよ」
「私も笑うのはちょっとないと思いますね」
どうやら真の味方はいないようである。
真自身も先ほどの”うっかり”は流石に悪かったと思っているので無駄な抵抗はしなかったし文句も垂れていない。
ちなみに同時に謝りもしていない。
この男、朝一に呼び出した挙句遅刻して来たことに対して謝罪がなかった事を割と恨んでいた。
「んでこの後の予定は、千葉から乗り換えて東京、東京から新幹線で京都だよな」
「何さらっとなかった事にして話進めようとしてんのよ…
でも合ってるわ、何もなければ11時過ぎくらいには京都に着いてるはずよ」
東京駅で迷子にならなきゃね と付け加えた聖に緑と真は苦笑した。
確かにミノスの地下迷宮もかくやという雰囲気の複雑さな気もするが、案内板に従っていけば少なくとも迷子にはならないだろう。
どこか誇らしげに自身の知識をひけらかしている聖の態度に、浮かんだ違和感の正体を確かめるために真は緑に話しかけた。
「緑せんせ、先生…?って呼んだ方がいいですか?」
「いえ、学外ですし普通に緑と呼んでくださって結構ですよ」
確かに下手に先生と呼ぶよりはさん付けで呼んだ方が色々と誤解がないだろうと真は納得する。
そもそも周りの人間が聖と緑の他に真がいる事に気付くかどうかという大前提もあるが。
「わかりました。
緑さん、もしかして土御門って…」
「はい、御察しの通りです。
うちのお嬢様はおのぼりさん気質なんですよ、昔からあまり県外へ外出できなかった上に出られたとしても9割は任務でしたから」
緑は少し悲しそうに笑い、過去を思い出しながら真にそう伝えた。
(ちょっと嘘ね、外出しなかった。
小さな頃からお嬢様は聡明だったから)
次期当主筆頭という立場で長女、それが”土御門家”としての土御門聖。
あまり子宝に恵まれず生まれた子供は運悪く二人とも女児。
そういった背景もあり、物心がついて家についても理解できた頃から聖は自分から当主としての振る舞いや修行に精を出した。
緑が思い出す限り家の者は皆優しかった、少なくとも女だからと言って後ろ指を指すような使用人も親戚もいなかった。
しかしただ、漠然と。
皆んなどこか諦めたような、そういう悲しい優しさがあったと緑は思い出す。
「通りで、都会慣れしてなさそうな雰囲気があるわけだ」
「ええ、関東住んでいるのにお嬢様からすれば東京より京都の方が馴染深いんだと思います。
我々の本部は京都にありますから」
懐かしい過去の回想から真に耳打ちで話しかけられて緑は引き戻される。
その流れで緑は前の席で外の景色を眺める聖を見た。
車窓から外を眺める彼女は普段通りのようであるが長年付き添って来た緑からすればどこか楽しげで、昔の常に何かに焦っていた、焦燥しきっていた彼女はどこにもいない。
それを心底良かったと思いつつも、このまま彼女がずっと笑っていられますようにと願わずにはいられなかった。
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「東京、本当に一瞬だったな」
「バナナの形のお菓子…食べたかったのに…」
午後11時半程。
京都駅のホームに暗い顔をした美少女とそれを見て苦笑いの女性、目をこらしでもしなければ見えない影のような少年が座り込んでいた。
案の定東京駅で迷子になりかけた聖を二人で静止しているうちに新幹線の発車時間は刻々と迫り、結果として東京駅内のショップなど見ている暇もなく急いで新幹線に乗車。
例のばななを食べたがっていた聖は意外なほどにショックを受け、逆に慌てすぎて一瞬のように東京を通過した真は別の意味で疲れ切っていた。
「そんなにあのお菓子が食いたかったのかよ…まあ美味しいけど」
「あはは、まさかそんなにショックをお受けになるとは、私としたことが…」
『というかあのばななは別に千葉でも売ってるだろ』と呆れ半分に思いつつ、ショックで暗澹な雰囲気を醸すせいでホラーチックになった相棒に声をかける。
「…いいじゃない、私だってたまには羽目外したくなることだってあんのよ」
「ダメなんて言ってないだろ、あれは東京土産として帰りに買って帰ればいいじゃねえか」
そう真が言った瞬間聖の体がピクリと跳ねた。
直後聖が顔を隠してプルプルと震えだす、耳が真っ赤になっているのを確認した真は色々察した。
「え、お前帰りのこと失念してたの?
というか忘れるくらいあのお菓子が食いたかったの、マジ?」
「…うっさい、さっさと虎鶫山に行くわよ」
いつもの半分くらいの声量で罵倒したのちに聖は真に顔を見られないように立ち上がって小走りで駅のホームを去ろうとする。
その後ろから真っ赤に染まった顔を見ようと追従する真、その二人を優しい目で見つめながら緑はキャリーケースを転がすのだった。
追記だがあまりにしつこかったため、真の顔に本日2枚目の紅葉が咲いた。
まあ、なんとも割としょうもない事件である。
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