合宿系男子
頑張った。褒めて。
『開かずの教室』。
この森崎高校に伝わる七不思議のうちの一つであり、もっとも有名な七不思議と言って差し支えない。
既にこの学校で40年近く教鞭を執る年配の教師でも知っていて、しかもその教師が赴任する前から囁かれていたとされる、それほど昔から語られて来た旧い怪談こそこの『開かずの教室』である。
そして何よりこの怪談の異様な事項として、この開かずの教室とは実在し扉に手を掛けて実際に開けようとすることが可能なのである。
詰まる所、『目の前で実在を確認でき、且つ試してみることができる旧い怪談』。信じる信じないではなくそもそも実在するという、この手の怪談にしては珍しい性質を持っている。
少なくとも数週間前までの浅田真は、そう思っていた。
「…『開かずの教室』の正体が、まさか魔術連盟関係者が学校で活動するための隠れ蓑だとは…何というか現実的というか、寧ろ非現実的というか…」
色々な学校の開かずの教室伝説も連盟関係なのだろうか、とテスト疲れでバテ気味に考えつつ、2階北の最も階段から遠い古びた様子の部屋、『開かずの教室』の前で真は足を止める。
真が扉に手を掛けた瞬間に取っ手部分が淡く光り、少なからず居た周りを歩く生徒が扉に向けていた視線が希薄になっていく。
この部屋へと集まる意識を他方へ逸らす”意識操作”の魔術、それが発動したのを確認したのち、真はさして普通の扉と大差ない様子で横へスライドさせる。
認められたもの以外を拒む”拒絶”の魔術によりこの扉の開閉は妨げられているが、一度認められたものであるなら、普通のボロっちい扉と大差はない。
手早く扉を閉めると、部屋には既に土御門聖がそこそこ金のかかっているソファで足を組んで鎮座していた。
「はい、いらっしゃいませ」
「お前に呼ばれたから来たんだけどな」
仮にも女子が足組んで座ってんじゃねえよ…なんて言ったら確実に符が飛んでくるので真は出かかった言葉を飲み込んだ。多少は彼女の扱い方を学んだようである、残念ながらそれは経験からだが。
「さて、平部員が来たから早速部活を始めましょうか」
「つっても真昼間から活動できる内容じゃねえだろ、さっさと呼び出した理由を教えてくれ。
テストで疲れたからさっさと家帰りたいんですが」
『開かずの教室』は魔術連盟の人員が活動するための地方基地のような役割を持っている、言わば連盟所属員のプライベートスペースに等しい。
そこで土御門聖はこの学校に入学して直ぐ、自身の所属している部活動の活動教室としてこの部屋を部室として運用することを思いついた。
この学校の校長も組織の息のかかった人物であり、従者兼教師である木下緑の放課後の活動時間なるべくフリーにするために彼女を顧問とし、こうして完全に形だけの部活動が誕生した。
その名も──
「ええ、『民俗文化研究部』の活動自体は皆無よ」
「それ、その名前。ものっすごく詭弁だと思うんだが…」
真は既に何度か耳にしたその部名を聞いて苦笑いを浮かべる。確かに妖怪変化の類は民俗学の範疇だろうが、それとドンパチ命の奪い合いをするのは明らかに文化でも研究でもないだろう。
毎度の如く真のツッコミは馬耳東風と受け流され聖は話を続ける。
「じゃあ今から部活の合宿について説明するわ」
「…はい?」
「いい返事ね、じゃあこれからの予定を説明するわよ」
「今の”はい?”は疑問符の”はい?”なんですが」
真の補足をなかったことにしつつ、聖は自身のスマホに送られて来た情報を真のスマホに転送する。ピロリン!という機械音とともに送られて来た情報を、内心嫌な予感たっぷりな真は恐る恐る開いた。
「『依頼内容:虎黙山の怪現象調査、京都西部の虎黙山にて怪異が発生、すぐさま調査の後解決されたし。尚既に派遣された魔術師が数名重症の怪我を負っており、証言によると怪異の正体は”鵺”である可能性が非常に高い』、おい土御門さんよ、こいつは一体なんのことですかね…?」
「何って依頼書だけど?アンタにも前に2、3回見せた事あるでしょ」
百々目鬼討伐から今までの数週間のうちに”魂接”の調整も兼ねて、嫌々ながらコンビで数回の依頼を引き受けている。それもあり真は以前も依頼文を見たことがあるが、今回真が困惑したのはその依頼地であった。
「そっちじゃねえよ、これ京都の依頼じゃねえかよ。前にお前は”神奈川が私の担当範囲〜”って言ってたじゃねえかよ、いつから京の街は関東に下京して来たんだ?」
「手短に説明すると、もうすぐ組織が主催する…術師同士の公式戦があるの。私は兎も角アンタは頼りないから、アンタの強化も兼ねた短期間の合宿だとでも思ってちょうだい」
「……え、俺もその公式戦に参加しないといけないの?俺は魔術は正規じゃ才能皆無なんだろ、術師として参加なんてできるわけねえじゃん」
聖の回答に対して怪訝な顔で反論する真。真が訝しんだのは当然理由がある。
まず、魔術には生まれつきの適性が存在する。あらゆる才能が万人に等しく備わっているのではないように魔術は血脈によって才能が齎される。
百々目鬼との戦いが落ち着いたあと、正式に部員としてこの『開かずの教室』へ立ち入ることを許された真は、聖から魔術とは何かや魂接の再調整など、今後こちら側へと立ち入るための知識や能力の調整を受けている。
だからこそ、自分が魔術という技術に対して一切の適性がないのにもかかわらず聖が魔術師たちの公式戦と謳う『練技大会』への出場を疑問視したのは当然と言えるかもしれない。
当然、ただの関係者なら、だが。
明らかに自覚不足で呑気に無関係を主張する真に対して、聖は大きくため息を吐き出した。
「は〜〜〜……アンタ、自分の立場忘れすぎ。アンタは私の式神、つまり符や道具と大差ない扱いなの、今回は嫌でも活躍してもらうから覚悟しといて」
「…ソウデシタ」
そのため息を見て真がバツが悪そうに頬をかく、心なしか声も小さい。
「改めて合宿の予定だけど、朝の6時に駅前に集合ね。後渡したいものがあるから、そこそこ荷物に余裕を作っといて」
「えっ、何時の?」
「明日だけど?」
「…はあァァ!!?」
まさかの強行軍の超弾丸スケジュールに真は目ん玉が飛び出るかと思うほど驚愕した、何なら顎が外れかけている。対照的に「煩いわね……で、質問は?」とどこ吹く風と言った様子の聖に流石に真は頭が痛くなって来ていた、彼女自身他人に関して無関心とすら思えるレベルであまりにメンタルが強固すぎる。
真の喉元にまで込み上げてくる大量の罵詈雑言を一切無意味と自覚して飲み込むと、心底深いため息をついたのち予定以外の疑問点についての質問を開始する。
「今回の依頼は調査なんだよな?討伐じゃなくていい、そういうことだよな?」
「この手の依頼は基本dead or alive 、生死問わずね。
──でも残念ながら、今回は心を鬼にして言い渡します。浅田真、私の式神。あなたに命令を下します、私と一緒に鵺を打ち倒しなさい」
『式神契約』。魂規模の重大な契約。
その内容は『主人に従順であること』、『主人に尽くすこと』。それを魂に刻みつけられ命令を拒否できなくする悪魔の契約。
つまり、真は命令という形であれば絶対遵守の制約をかけられている事になる。断れない、”断ろうとも思えなくする”のがこの契約の本質の一つである。
「……いつも鬼だろ」
せめてもの反抗、しかし遵守を強制されているが故に口にした言葉には何時ものニヒルさは皆無だった。
「”一緒に”ってところに多少の恩情があると思わない?それともその恩情すらいらないのかしら?」
真は今直ぐにでも逃げ出したくなった。とはいえ、とても美しく笑っている目の前の女が自分を見逃すとは思えない。
今の真は蜘蛛の巣に引っかかった虫、この凶暴で美しい女郎蜘蛛に食いつかれるのを哀れに待つだけの存在。
「承知いたしましたよ、畜生。絶対また命がけになるじゃねえかよ……」
心底嫌そうな真の返事に、聖は無駄に美しい作り笑いを崩して人間臭い笑顔で笑いかけた。
「それでよし、流石私の勇敢な式神ね」
「この野郎、皮肉か?」
真はどこぞの誰かに蛮勇を強制されている立場。聖の皮肉交じりの言葉に、真は青筋を立てて歯ぎしりをするのだった。
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